「狂蛇の領域〜BATTLE FIELD IN 狂うJAPAN〜」  

低迷アクション

第1話

「チィッ、また雑魚か」


首都圏獣宮市(けものみやし)漁業組合所属員

“橋川 星矢(ほしかわ せいや)”は、瞬間湯沸かし器のように上がってくる苛立ちを隠そうともせず、目の前の異形を船床に叩きつけた。


「星矢さん、仕方ねぇっすよ。ほら、こないだのニュース、あれ、魔法少女?あのちんまい子が撃ったスーパ〜ビーム?とかなんたらが、この辺直撃したらしいっすから」


後輩の“谷本(たにもと)”が、すっかり諦念という仕草で、海中から網を引き揚げていく。


そこにかかっている全てが自身の定義する雑魚、雑魚ばかり…


目が3つあるもの、腸が飛び出て、尚、動く奴、胎児のような脚が生えた魚?…どんな加工品業者でも、買いはしないだろう。今のところは…


星矢の杞憂に近い感情を谷本が的確に言葉に起こしていく。


「全く、こんなんなら、どっかから飛んでくるミサイルの方がよっぽどマシでさね。少なくともアレは見える形で海を汚す事はないから…


知ってます?駐留軍、撤退の話…


“JAPANにはマジカルガールや改造人間、それに他世界からの友がいるから、安保には、事欠かない”


ってね。


モンロー主義を体現するような爺が治めてるあの国も詰んでますわ。まぁ、ウチノ政府の混乱っぷりは比べモノにならないけど…


ああ〜、また、買い占めと物価高騰、もう、これ切り身にして食いますか?ホント…」


「冗談じゃねぇ…」


答える声には力がない。後輩の諦め顔から逃れるように、海へ視線を移す。

魔法少女なんて言う、漫画やアニメでしか見たことのない存在が現実に現れ、通常兵器では倒せない相手と戦う…


そんな非現実的かつ狂気に満ちた世界を、自分達は生きている事を改めて実感する。


お話なら良かった。だが、現実は彼女、彼等達がもたらす余波により、自身を含む様々な業種、いや、社会全体が被害を被っていた。


(連中なんて現れなきゃよかったんだ。通常兵器が効かない敵?うんなもん、役人がテメェのおまんま蓄えるの夢中で、何もしねぇだけだろうが)心中で毒づく体が、大きく揺れ、生臭い床に尻もちをついたのは、そんな時だった。


「せ、星矢さん!?」


狼狽した谷本の声は、今、星矢の前に現れている、巨大な水柱を見ての事だ。


やがて、青に黒が加わり、最後は黒一色に埋め尽くした巨影が姿を見せる。


それが、生き物の頭部と理解した時、


星矢の口から、数秒前とは真逆の声が絞り出された。


「た、助けて、正義のヒーロー」…



 「で、状況は?“金井(かない)”」


夜風をまだ暑く感じるのは、昨今当たり前の熱くて、もうどうにもならない環境破壊?もしくは鼻先を擽る爆発音&銃声のせいか?


“誰もが豊かに支え合う町、獣宮”と笑顔で掲げられた鉄看板に身を潜め


“帝都 源吉(ていと げんきち)”は、眼の前の“花火大会絶賛開催中”の廃墟を睨み吸える。


「やっかいですよ。大将、元業務スーパー跡地が、外国人グループのアジトってのは、俺等PMC(民間軍事会社)の間では、周知の話…だけど、獣宮市警、警邏のあんちゃんは、ご存知なかったみたいで…」


「今は何処も混乱ばかり、まともな奴じゃ対応できん。続けろ」


「ハイ!奴さん、半グレ連中と外国勢の武器取引に鉢合わせたみたいです。パニクったのは向こうさんも同じらしく、梱包してたM4やら、MGLを乱射し、今に至ります」


「突撃銃にグレネードランチャー、撤退の…あめさんから流れたか…

厄介だな」


頷くと同時に榴弾が飛び、彼等の数歩前のパトカーと警官が宙に舞い上がった。


横目で確認した金井が頭を振って、答える。


「駄目だ。大将、武器でも人数でも負けてらぁ。これはSATを待つか、奴等を逃がした方がいい。残りのお巡りも後ろに控えて、出てきやしな」


「その前に、俺がやってみる。掩護してくれ」


金井を遮ると、持ってきたカバンから、銃身を切り詰めたショートバレルスパス(散弾銃)と45口径自動拳銃を取り出し、無人のパトカーへ、にじり寄る。


「金井、チョッキ脱いでフロントに被せろ」


手早い指示と自分のモノを素早く脱ぎ捨て、「プレ◯ターっすか?」との声を背に、車内へ滑り込んだ。


「行くぞ」


キーを回し、アクセルを一杯に踏み込む頃には、金属が銃弾を叩く大合唱の嵐…


「やはり、映画のようにはいかねぇか?弾が抜けるぞ。畜生」


悪態をつく口を黙らせたいのか?左の前輪に擲弾が炸裂する。


…が、構わずアクセルを踏み続け、足の感覚が飛ぶ程の衝撃と共に、スーパーの入口に激突させた。


「くそ…労災なんか出ねぇってのに」


自身の怒号に呼応して、辺りが騒がしくなる。銃を構え、パトカーから抜け出た帝都は、音のする方へ散弾を見舞っていく。


悲鳴と肉の爆ぜる手応えを感じながら、片足を引き摺り、工業用ライトに照らされた通路を進む。 


途中で殺到する者には漏れなく、散弾を見舞う事を忘れない。


勿論、反撃の銃弾は体を掠めるが、狭い室内…


広範囲に飛び散る散弾を恐れ、正確な射撃が出来ない様子…油断したのが、不味かった。


ゴムボールのバウンド音そっくりの反響が響くと同時に、眼前の区画が爆発する。


粉塵と破片が全身を裂くが、構わず突撃を敢行した。


驚いたのは敵の方だ。


まさか爆発の中を突っ込んでくるとは思わなかったと言う驚愕顔の若者が、煙の先に現れる。


「ワリィ」


何となくの謝罪と額に穴を穿ち、その骸を抱え、なだれ込む。


開けた部屋にいたのは、6人の武装した敵…


相手のライフル弾が、骸の盾を貫通するのに負けじと、引き抜いた45口径で応戦する。


単発の銃声と連射音の共鳴が起こり、7発入りの弾倉が空になる頃には、立っているのは、帝都だけになった。


弾切れの銃に、新たな弾丸を刺そうと、盾を放ると同時に横合いから、鋭い銃弾の奇襲。


「クソッ」


声をあげ、素早く装弾した拳銃を向ける。


一足遅く遠ざかっていく相手の靴…だが、それは何か重い、砂袋を引き摺る、湿った音に覆い被され、数秒後…


断末魔の絶叫と空気を吸う、異様にデカいシューッと言う生物の呼吸に掻き消されていく。


「蛇?それも恐ろしくデカい?」


呟きながら散弾を詰め、脇腹の銃創に鎮痛剤を刺す。まだ、終わりではない。


後方から今一番聞きたくない呻き声が聞こえてきたのは、その時だ。


振り向くと、射殺体に紛れて、ボロ雑巾のような衣服が動いている。


渋々と言った様子で駆け寄り、抱き起こしていく。恐らく未成年と見られる少女が、力の入らない様子で両腕を投げ出す。


その、左右どちらにも注射跡の残る様子が見てとれた。


「ヤク漬けの人身売買、それとも売春?どっちにしろ酷ぇ」


自身の声にビクッと反応した少女の眼がゆっくり開く。何かを探す視界は、そのまま


「妹が、妹がいる筈なの」


と聞いてもいない質問と細い指先を上げた。


示す先は件の方向…思わず出るため息を、返事と受けとった顔は一気に苦渋へ豹変する。


「わかってる。無理だよね?全ては私のせい、最低だ。こんな、ひと舐めで終わる量で、あの子を行かせた。生きてる資格なんてないよ。ない、ない」


「やめろ」


圧し殺した声で、全てを黙らせると、辺りに散らばった、使えそうなモノを、集めていく。


「何で?無理だよ?血ぃ止まってないじゃん。もう何やってもむ」


「そこまでだ。お前がどう生きようと、別に構わん。自身に必要な事をやる。それを止める権利も義理もない。だが、後悔するならやるな。ただ、それだけだ」


再び、黙る少女と入れ替わりに、自身の端末が振動する。


恐らく金井の連絡…


どうせ、不確定要素で化け蛇になったのが、すぐ近くで、一人の幸薄を腹に収めようとしている事実を声に出すだけだ。


後、正義は間に合わない。ここは”そーゆう場所”と言う話も加わる。


装備を整えた帝都に、三たびの声が被さる。


「ねえ…」


「…?」


「じゃぁ、どうして行くの?」


その答えはもう決まっていた。


擲弾発射機を装着したM4突撃銃を掲げ、呟く。


「まだ、生きているからだ」…



 姉はすぐに終わると言っていた。悪臭の漂う部屋から、今度は黴臭い廃墟へ…そして、今はとても生臭い…


自分の前に、お化け蛇がいた。黄色く輝く目は、こっちの背丈と同じ大きさ、頭の下は沢山の汚い人を飲み込んで、大きく膨らんでいる。尻尾の部分は元の細さだ。


これは


「ツチノコ?」


テレビがまだつく頃のアニメで観たモンスター、変身ヒロインが倒した。


少女は実際に彼女達を見た事があった。


だから、自分は助かるのだ。


蛇が大きすぎる口を開いても、まだ信じている。


生臭さと鉄臭さに全身が包まれた時、体が一気に冷え


(あ、食べられる)


と、ようやく恐怖を覚えたが、  


それも束の間…


打ち上げ花火みたいな音が響き、蛇の頭が大きくブレた。


「俺が相手だ。蛇野郎」


続く花火の連続音と汚いドラ声を聞き、少女はとても残念な気持ちになった…



 クレーンばりの尻尾に吹き飛ばされたせいで、端末が起動したらしい。


「大将、聞こえてますか?今…こです?」


口から大量の血反吐…


「…の蛇が、漁船を襲って…のまま…っちにきた…しい…」


んなん、知ってる。今、目の前だ。アバラも何本か逝った。


「政府と…義の連中…ちらが…るか…ま…めてます」


だから、それもいつもの…ああ


「うるせえ」


吠え声を上げ、腰だめに構えたM4から擲弾を放つ。


引き起こす爆発は、巨大な頭を仰け反らせ、帝都と化け物の間隔を広げた。


間髪入れず、5.56x45mm NATO弾を連射し、弾幕を張っていく。正直、人間よりデカい奴と、数分間でも奮闘できている事自体が奇跡だ。


大蛇はその巨体をしならせ、蹲る少女を忘れたかのように、自身の方へ向かってきている。注意を逸らす目的は達した。後は


(どうやって倒す?)


鱗をだいぶ散らした擲弾は弾切れ、小銃弾は時間稼ぎ…


で、トドメは?一瞬感じた焦燥は相手への照準をズラし、赤黒く爛れた口腔に自身の体が収まってしまう。


走る激痛に今度こそ各部位が麻痺する。かみ砕かれると言うより、これは…

恐らく、毒…


全身に回っていくのを感じる中、ピタッと腰へ押し付けられた両手に触れるのは固いモノ…


形状を把握する程には動かない指でも、安全ピン付き榴弾だと理解できる…


破砕?閃光?煙幕?迷えば死ぬ。


「クソッタレ」


叫びと同時にピンを抜く。数秒のシンキングタイム…正解は?


軽い爆発音と無事な指でわかった。


蛇の目が大きく開かれ、口から煙と一緒に吐き出される。だが、退く気はない。伸ばした銃床のM4をつっかえにして、


開いたままの口へ、散弾銃と手榴弾を叩きこむ。


連続した爆発と散弾の雨に大蛇の全身が蠢動した刹那…


魚何十倍もの腐臭を纏わせた中身が、帝都を巻き込み、一気に室内へ溢れ出した…



 「どうして、助けたの」


腐汁だらけの全身を拭い、立ち上がると、何の感情も籠っていない少女の声が聞こえた。


帝都は答えない。金井からの通信によれば、まもなく、役立たずの警察が助けに来るとの事、狂ったご時世を逆手に取り、汚れ仕事を生業としている自分達の役目はここまでだ。


「結局、同じだよ。どうせ、また売られる。おねーちゃん、薬やめられない。いつも繰り返し、繰り返し、もう疲れた。だったらいっその事…魔法少女さんだったら良かったのに、魔法の力で助」


言葉を続ける少女の後ろから何かが飛び掛かる。見れば、青臭い骸から、いくつもの幼体が生まれていた。


悲鳴を上げる小さな体は、あっという間に覆われる。


拳銃弾は貫通の危険があった。加えて自身の体は、既に満身創痍…


(死にたい…って意味だよな。さっきの言葉は?)


少女は間違っていない。劣悪な環境下で育った経験から、立てた見通しだ。


恐らくこれからも困難が続く。別に彼女だけの話じゃない。この世界を生きる全ての人間の事を言っている。


力だけが乱立し、治める者のいない世界は、混乱と生まれ続ける予測不能の事態で手一杯、


生きるために戦う事を選ぶのなら、まだしも…


弱者に手を差し伸べる余裕はない。


思考お構いなしに近づいていきた一匹を踏み潰す。似たような音が響いたのは、その時だ。


「こんな化け物、こんな、奴等なんかに、この、このっ、このおっ」


少女が、瓦礫片を蛇の群れに打ち下ろしている。


何度も噛まれ、全身血だらけの様相だが、瓦礫を振るのを、やめない。


自然と頬が緩む。


散弾銃を逆さに構え、少女の方へ進む。


「確か、ツチノコって賞金出たよな?」


軽口一つ、痛みの残る腹を抑え、眼前に迫るそれらに向け、帝都は銃の台尻を大きく振りかぶった…(終) 

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