地球滅亡
虫十無
すべて夢だと
世界で一番強いのは誰だ? それは世界がこんなことになる前の、平和な世の中で決まっていた。つまり俺だ。だから俺がやらなきゃいけない。俺以外の誰にもできないということがわかっている。
天下一武道会なんていうどこかで聞いたような名前の大会も今回で三十回目だった。天下一と言うのだから地球上のあらゆる生命体が参加できなければならない。けれど武道会だから一応は動ける存在だけとなる。それでも天下一武道会なんて言葉がわかるのは大体人間だからその参加者もほとんどが人間だった。人間以外だと一番多かったのは犬で、その次が猫、鳥が少しと爬虫類も少し、くらいだったはずだ。全ての動物が人間の言語がわかって、この大会の意味がわかっていることを確認したはずで、それでもそれだけの人間以外の動物が参加する状態だったのはすごいことだろう。けれどそういった動物は意外と弱かった。こんな大会に参加しようという人間よりよっぽど弱かった。そもそも人間がほかの動物のことを顔で見分けることができないように、動物たちも人間を顔で見分けることができないらしい。そして人間の言語を理解できるような動物は大体人間に近く、飼われているようなものも多かったから、戦う相手に対してもあまり本気を出せなかったみたいだ。人間だってやさしくしてくれた人を殴ろうとしても殴れるのは一部だろう。まあこれはそういう人間が集まりやすい大会ではあるけれど。
この大会は世界が平和になってから行われ始めた。一年に一回だから今年で三十年目ということになる。人間は理性を獲得して、国同士は戦争をしないという約束を守れるようになった。けれど個人の闘争心はそれで抑えられないこともある。だからそれを大会にしてエンターテインメントにしてしまおうというのがそもそもの始まりだ。そしてキリのいい三十回目の今年の優勝者が俺というわけだ。俺は去年の優勝者を倒して優勝を勝ち取った。前年の優勝者は必ず出場しなければいけない決まりだから、前年と違う優勝者が出たときは前年の優勝者に勝つか前年の優勝者に勝ったものに勝つかをしたということだ。もちろん俺も前年の優勝者の優勝者を倒した。それで俺がそのとき世界で一番強いということになった。この大会で優勝したものには天下無双の称号が与えられる。この大会で勝ち続ける限りは天下に並ぶものなしということだ。最高の称号だろう。ずっと俺の夢だった。天下一になりたかった。
けれどその喜びは長くは続かなかった。隕石が地球に接近してきたからだ。前々から天文学者とかが警告はしていたらしい。それはそうだろう。だってあんな大きなもの、地球にぶつかる可能性が高いほど近くなるまで観測できないなんてことはあり得ないんだから。それでもほとんどの人間が知らなかった。肉眼で見えて、最初は点だったのがどんどん大きくなって、月の半分くらいはあるかもしれないという大きさになって、まだ地球に向かっていて、どう考えても地球に当たるという状況になって初めてみんな知ったんだ。世界が平和を失ったのはそれからすぐだった。それでも、俺の天下無双という称号はまだ使えるものだった。
天文学者たちは隕石にこの角度こういう形でこのくらいの大きさの衝撃を与えれば地球に向かっているのをある程度逸らすことができるということまで計算していた。けれどそれはミサイルみたいなものでは実現できないような繊細な力を必要とするもので、誰もがそんなことはできないと諦めていた。隕石を砕いてもまだ大きすぎて地球への被害は変わらないか下手するともっと大きくなる。そうならないようにするには天文学者の計算を実現しないといけないがそれがどう考えても難しい。それでもそれができるのではないかとわかったのは偶然天文学の権威が俺の優勝した大会の映像を見たから、らしい。俺が宇宙に行ってでかい棒で指定された向きから思いっきり叩けば計算の通りになる可能性があるということらしい。まだ可能性の段階だけれど、ゼロがイチになるだけでもやる価値はある。それを伝えられた日から俺は宇宙空間で地球上と同じように動き同じような力を発揮するための訓練を始めた。時間はほとんど残っていないけれど、それでも宇宙空間でしかも宇宙服を着て地球上と同じように動くためには訓練は欠かせなかった。
俺が訓練をして宇宙に行くということは大多数の人々には伏せられた。俺が失敗しても俺に怒りが向くことがないように、らしい。けれど別に失敗するときは俺はきっと死んでいるから怒りが俺に向いたところで痛くも痒くもないと思うのだが、それでもその好意は受け取っておいた。情報が伏せられるということはその人々にとって絶望しか残っていないということだ。わずかな希望に縋って、地球の軌道を変えるためにジャンプした人たちもいたらしい。けれど大多数の人は絶望し、自殺をしたり殺人をしたりと絶望から目を背けようとしたらしい。死の舞踏、ダンスマカブルとはこういうのを言うのだろう。目の前に迫った死という恐怖からどうにか逃れようとして、それでも逃れられずに絶望の傍で暴れている。その希望となってしまう俺の情報がないのは良かったのか悪かったのか。希望を裏切られることが一番の絶望を呼ぶだろう。地球に大きな隕石がぶつかることは初めてではないはずだ、まあここまで大きなものではなかったとしても。それでも、生物は何かしら残ってきた。けれど今の状況が長く続けば隕石が急に進路を変えて地球にぶつからなかったとしても地球上の生物は人間だけでなくすべてが死に絶えるだろう。それが一番警戒すべきことだ。
俺の準備が整って、ようやく宇宙に行くことになった。準備万端とは言えないけれど、これ以上隕石が地球に近づくとこの作戦も実行できなくなるから今このタイミングしかないらしい。俺は覚悟を決めた。宇宙には一人で行くことになる。俺が成功したら戻るための手順は丁寧に教えられた。本当は誰かを同行させるべきなんだろうが、俺は一人で戦いたかった。今までだって戦うときは一人だった。一人で集中したかった。それに、同行させてそいつに成功した俺の回収という任務があるとその任務が失敗したときのプレッシャーがすごいだろうということで誰もできると言えなかったらしい。利害の一致というやつだ。一人、隕石に近づいていく。宇宙船は適度に離しておく。俺だって帰りたいという気持ちはあるから帰る手段をなくすようなことはしない。そうして教わったように隕石に打撃を打ち込まなければいけない。宇宙船の外に出て身体を動かす。地球上と全く同じというわけにはいかない。訓練と全く同じというわけでもない。ただ訓練のおかげでどうにか動き方はつかめる。集中、タイミングを計る、呼吸する。今だ、手を動かす。隕石と棒のぶつかる地点をしっかりと見ていた。
目が覚める。布団の中だ。いつもの、俺の部屋の布団の中だ。何か壮大な夢を見ていた気がする。天下無双、隕石、死の舞踏、そんな単語が頭に戻って来る。確かにそういう夢を見ていた。けれどそんな荒唐無稽なストーリーを変だとは思わなかったあたりやっぱり夢だと確認する。俺が天下無双なんて、そんなことがあるわけがない。ちょっとした喧嘩にもすぐ負けるんだから。あんな大きな隕石が落ちてくるなんてそんな馬鹿な話はない。死の舞踏なんて覚えたばかりの単語まで夢に出てくるなんて。
安心する。世界はいつも通りだと思う。だってすべては夢だったんだから。そんなことを考えながら布団を畳んでカーテンを開ける。大きな隕石が落ちてくるのが見えた。
地球滅亡 虫十無 @musitomu
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