第八話「二年前の真相」

──澄んだ空気に、微かに甘い香りが混じる。


 都会の喧騒から外れた、小さな花屋。その店内で、一人の女性が静かに花を見つめていた。


 整った顔立ちに涼やかな眼差し。

黒いジャケットスタイルのスーツの下にはラインの美しいシャツ、長身の肢体にきちんと仕立てられたパンツ。

凛とした空気を纏う女性

──クラウディア・バルツァ。


「……このあたりが、季節の花なのか?」


 少し硬めの口調で尋ねるクラウディアに、花屋の老婦人がにこやかに応じた。


「ええ、そうですね。お見舞い用であれば、こちらのスイートピーやカスミソウも人気ですが……」


 しばしの説明ののち、老婦人は小さく首を傾げた。


「……でも、あなたのお知り合いには、こちらが似合いそうな気がしますわ」


 そう言って差し出したのは、ブルーデイジー。

爽やかな青と、可憐さを秘めたその花を、クラウディアはじっと見つめる。


「……そうだな」


 小さく呟くと、クラウディアはそれを一輪、そっと手に取った。


──場面は変わり、とある病院。


 個室の病室で、男がベッドに横たわっていた。金髪に包帯を巻いた額、顔には疲労の色が滲む。


 ふと、扉がノックされた。


「……誰だ?」


 か細く問うた声に、扉がゆっくり開かれる。

そこに立っていたのは

──花を手にしたクラウディア。


「……クラウディア、隊長……!?」


 ベッドの男、元部下である兵士が目を見開く。

2年前軍服姿しか見ていなかったはずなのに───雰囲気ですぐに彼女だとわかった。

長身でスラリとした体型ながら、スーツの上からでもわかるほどの豊かな胸元が目を引く。

艶のあるダークブラウンの長髪を肩の下まで流し、切れ長の瞳には知性と冷静さが宿っていた。

黒と紺を基調としたタイトなスーツはその抜群のスタイルを余すことなく引き立て、大人の女性としての色気と威厳を同時に纏っている。

抑えた化粧と控えめな装飾、そしてきっちりとした口調が、彼女の厳格な軍人としての一面を強調していた。


 まさに、戦場で誰もが一目置く“美しき女性大佐”──それがクラウディア大佐であった。



 彼女は無言でベッド脇の花瓶にブルーデイジーを挿しながら、淡々とした口調で言った。


「久しぶりだな。

あんたが生きていて何よりだった」


「な、なんでここに……いや、それより……あのときの……!」


 男が顔を強張らせたまま言いかけると、クラウディアは椅子を引き寄せ、静かに腰掛けた。


「……話しておくべきだと思った」


 2年前の戦場

彼らは、ルーチェを捕虜として確保した。


 クラウディアが部隊を率いていたその時、捕虜用のテントの中で、ルーチェがひとり、ぶつぶつと何かを呟いていた。


(──実際は、ルーナちゃんとの契約が行われていた瞬間である)


「何をしているのかと思って……中に入った。」


 彼女の表情に、当時の感情が蘇る。


「そして、彼は私を見た瞬間、こう言った。

“今から君の舌に印を刻む”と」


男が息を呑む。


「最初は意味が分からなかった。でも……奴の魔法で忌むべき刻印を舌にされるとこちらの身体を操られて…」


彼女は、口元を引き結び、続ける。


「“命令を聞かないと──君を辱めて、そのあと自害させる”と言われた。

……私はあの時、本当に……抗えなかったんだ」


なお当時の現場は───


「えいっ!………うわっ、すごっ!え?

ほんとに?ほんとに動かない?すごっ!え、えーとじゃ、じゃあ〜パ、パンツ脱いで…

ウソ!ウソウソ!ごめん、ごめんなさい!そんな涙目にならないで!えとここから…あっ!ルーナちゃん!それどこから…

ちょっ、だめ!ペってして、ペっ!

あっ、いい?あっ、ありがとうございます!ちょっ!それコーヒーの粉!コーヒーの粉だから!お湯で溶かさないと…えっ?


お湯!?


いや〜今はちょっと…その下にある氷砂糖食べられるよ!うん!あっそうだ!逃して!その後とりあえず撤退して降伏して!」

──ルーチェが発動させた、淫紋刻印。


 それは、クラウディアという戦場のカリスマにすら片手間で屈辱と絶望を植えつけたのだった。


「信じ難い話かもしれないが事実だ。

証拠と言ってはなんだがこの舌にある刻印は今でも治らない」


クラウディアは舌を出し、男に見せる。


「うえぅえ…も…ううくおおの…おおう」


「え?何ですか?」


 男は舌を出されて話されたのでよく聞き取れなかった。

すぐさまクラウディアは舌を戻す。


「すまない…この刻印は今でも疼くんだ。ただ、効果はないようだがな」


 クラウディアは静かに姿勢を正し、ベッドに横たわる男を見つめた。


「……ここに来たのは、話すべきことがあったからだ。

だが、それだけじゃない」


「……それだけじゃない?」


 男が眉をひそめると、クラウディアはふっと表情を和らげたかと思えば──


 突如、右腕から黒く蠢く触手が何本も伸び出した。


「なっ……!?」


 男が驚愕の表情を浮かべる間もなく、その触手がベッドに伸びて彼の身体を包み込む。


「ま、まさか口封じか!? 隊長っ、待って──!」


 男が必死にもがいた瞬間、その身体から走っていた痛みが、ふっと消える。

折れていたはずの骨が繋がり、裂けた皮膚が再生していくのが分かる。


「な……治ってる……?」


 クラウディアは触手をすっと引き、元通りの右腕へと戻した。

そして改めて椅子に腰を落ち着け、申し訳なさそうに呟く。


「……驚かせてすまない。

だが、あれが“私の力”だ」


 男が目を見開いたまま言葉を失っていると、クラウディアはゆっくりと語り始めた。


「降伏したあと、私は軍で左遷された。

そして……とある戦場で、命を落としかけた」


「その時……何か、現れた」


 彼女の瞳に、一瞬だけ恐れと、畏敬の光が宿る。


「圧倒的な、得体の知れない“何か”……。

そう、“存在”としか言えないものだった。

そいつは……私に、力を与えた。

“治癒”の力をな」


 男が息を飲む。


「おそらく、旧神だろう。

……人の理の外にある、太古の神だ」


 クラウディアは、静かに手を握りしめた。


「だがな、この力には“代償”がある。

定期的に他者を癒さねば、私の身体は内側から──破裂する。

そういう“契約”だ」


「……っ!」


 男が言葉を失ったまま、クラウディアを見つめる。


「──だから、私はあの捕虜だったルーチェに“責任”を取ってもらう。

何処にいるのかもう目星はついている。

私がこうなったのも、始まりはあいつだ。 ……そのためにも、あんたの協力が必要だ。」


 クラウディアは立ち上がり、花瓶のブルーデイジーを一輪指さす。


「この花の花言葉は、“協力”だ。

ピッタリだろう?」


 男はしばらく沈黙したまま──やがて、笑みを浮かべた。


「……あなたの命令なら、喜んで。

今度こそ、あいつに一矢報いてやりましょう。」


 クラウディアはわずかに微笑み、無言で頷いた。


──そして、新たなる動きが、静かに始まった。

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