大切なもの、そこにあった存在。

ただの凡人です

 これはたった独りの少女の話。身近にある心の支えを見つけだす、そんな物語だ


 八月の二日。日本国内はまさに夏のはじまりを告げていた。空を仰げば絵の具で塗られた様な青さをした天井が映え、どこに居ようとも聞こえてくる蝉の鳴き声に、人々は夏を感じる。

 そんなうるさくも迷惑しない蝉の鳴く声が聞こえてくるとある部屋の一室。

「あっっっづぅっいぃぃぃぃ…………アイス食べたいいい!」

「冷凍庫どころか冷蔵庫も死んでるから今この世につめたいものは存在しないかもね。うちわで我慢して」

「だぁれか今すぐココに南極持ってきて〜ぇ………、」

 あまりの暑さに思考力と動く気力すら失った少女は、一日中陽の影となっている部屋の隅っこ目指し、芋虫のように這いずりながら移動を開始する。

「暑いのは皆同じだから電気復活するまで我慢してよ。カスミ」

「復活ったてもう三日経ってるんだけど。どっかしらの施設くらいエアコン稼働してたりしないのぉ?」

 カスミと呼ばれた少女は相変わらず地を張りながら、丁度手の届く範囲にあったラジオのボリュームつまみをぐるりと回し、程よい音量を探しながら一緒に周波数も合わせる。

『──ザザッ───報です。アームの被害による電力復旧作業は本日未明から行われているものの、現在も横浜市全域にわたり一般家庭や公共施設の電力、交通の面でも信号や電車等の運行見合わせなど、暮らしに大きな影響を与えています───』

「今回のは出てきた場所が場所だし、中々のデカブツだったからこればかりは仕方がないね。あとカスミがサボったのも原因かな」

「サボってた訳じゃありませんー!ってかユリはよく冷静にいられるね。なんで汗ひとつかいてないワケ」

 影でヒンヤリとする床に転がっているカスミと違い、この暑さの中でも汗ひとつかかずに文句を言わない少女の名前はユリ。

 互いに親元を離れ少しばかり特殊な状況でルームシェアをしている間柄だ。


 なぜこんな真夏の中エアコンすら使えない状況になっているのかと言うと、それはほんの昔、この世界に大きな変化が起きていたからだ。

 それはおよそ七年前のこと。突如として世界各地に謎に満ち溢れる怪物が次々現れ始めるようになった。

 怪物は姿を現すやいなや周辺にあるもの構わず破壊の限りを尽くした。この存在が脅威になっていると結論付けた人類は、早急に怪物の処理を始めたのだが、各国がそれぞれで持つ軍兵器をぶつけてもその怪物は無傷でいた。

 その当時から怪物の脅威が去ることはなく、世界各地で次から次へと出現するその存在を、我々人類は『UARM』──アームと呼ぶことにした。

 アームは個々それぞれの姿、能力をしており、その大きさも大小様々。一体なんの目的があるのか破壊の限りを尽くすその怪物は、視界に入ったものは何であろうと破壊する。

 そこらに生えてる木から車、一般住宅やビルまで。そして動き回る人間ともなれば尚のこと狙いの対象となったのだ。

 アームのその体は対物ライフルの弾丸すらも容易に防ぎ、当時の人間たちが持ち合わせる技術では一向に倒せる相手ではなかった。

「世の中には何も出来ずにアームに怯えて暮らす人達が沢山いる。〝戦う手段〟を持ってる私たちはまだ恵まれてる方、でしょ」

「コイツのおかげで食っていけてる訳でもあるしまー、いいのかな?」

 そう言いながらカスミは手の上でカラフルな立方体のようなものを動かし遊ぶ。

 この立方体──名前をイーシャルと言い、これこそが彼女らの〝戦う手段〟そのものなのだ。

 無論、イーシャル単体でなにかができるというものではなく、この特殊な立方体は持ち主の意思に反応して立派な武器にへと変貌を遂げる。

 そしてこの武器こそが世界で唯一の『アーム』に対して有効な攻撃手段となる。

「ちょっと危ないから部屋ん中で振り回さんでよ!」

 カスミは手のひらに乗せていたイーシャルを、自分の身長と同じサイズはあるんじゃなかろうかと思えるほどの巨大な大剣に姿を変えさせていた。

 見た目よりも重くは無いのか、その大剣を軽々と片手でグルグル振り回すカスミのだらしない姿に、思わずユリが注意を促す。

「何にも当てないよう気をつけてるからだいじょぶだいじょぶ〜」

「もう………」

 と、その時。

 ゴオォォォォンンッッッ!

 地鳴りのように鳴り響く音が二人の耳に入り、少し遅れる形で家がガタガタと振動する。

「この気配……」

「まーた近くに出たみたいだね」

 立て続けに二度目の轟音が鳴り響く。

 やがてラジオの方からも緊急ニュースとしてアナウンスが流れ始めた。

『速報です。横浜市にアームが出現したとの情報が入りました、近隣住民は速やかに付近のシェルターに避難してください───』

 アームの溢れるこんな世界になってからこの手の速報は嫌という程耳にしてきた。聞かない日などない。

 カスミとユリは急いで支度をして現場に急行した。

 シゴトの始まりだ。




 ドンッと全身を揺さぶる衝撃を伝えがら、どこからか投げつけられた軽自動車が熱を吹き出しながら爆ぜる。

「こーりゃまた酷く荒れてるねぇ〜こんなんが続いてたら世界滅びちゃうよぉ……お、トモちゃん見っけ。流石到着が早い」

「油断してないでよカスミ」

「分かってる。とりあえずあっちとバイパスつないどくよん……やっほトモちゃん〜聞こえるー?」

『──カスミちゃんね?ばっちり聞こえてるわよ!本体の他に二体くらいちっこいのもいるから気をつけて』

「ちっこいのね〜了解……!んじゃあパパっと片付けちゃいますかぁっ、よっっ!」

 イーシャルを介した相手との通信共有を開始ところで、カスミは早速その手に持つ大剣を軽々しく振り回しながらアームの元へと突っ込んで行った。

「無理しないでよね!」

『まかせなって』

 ユリはこの如何にも油断してますと言わんばかりのカスミの様子にどこか落ち着かない気持ちを持ちつつも、それでいながら毎度無傷で勝利を収めているその実力に改めて心を落ち着かせ、イーシャルを展開させる。

 ユリの扱う武器はカスミの大剣とは違い、言ってしまえば狙撃銃のようなものだった。遠距離で相手を狙う事があれば今回のような狙撃銃、反対に近接を迫られたときには片手で撃つことが可能な形態にも変化させることができる。

 アームを迎え撃つ『迎撃隊』は特殊なイーシャルのおかげで基礎的な身体能力というものが爆発的に向上している。

 ジャンプすれば家の屋根に降り立つことがてき、本気で腕をふるえばコンクリートの壁にすら亀裂が走る。

 そんな彼ら彼女らにしか『アーム』という存在を倒すことは出来ない、いってしまえばこの世界の生命線だ。

「とりあえず、左腕っぽいのっからっ!」

 先手必勝。

 民家の屋根を軽々と跳び移動しながら、カスミはアームに対してその巨大な剣を振り下ろす。

 グオアアァァァァァッッ─────

 今対峙しているのは体長六〜七メートルほどある一般的な人型のアーム。

 おかしいといえば切り落とされた筈なのにまだ腕が三本ほど残っている事だけか。

「やばそーな見た目してるけど大した事ねーじゃんか!」

『カスミちゃん左から攻撃来るわよ』

「サンキュートモちゃん!」

 七メートルちかくする巨体の割に、なかなかに俊敏な動きを見せるアーム。カスミは湿った砂場のように抉られるアスファルトを見て「おっかねぇ……」と乾いた笑いをこぼす。

『今回の相手、なんだか動きが素早いから気をつけて!』

 トモちゃんと呼ばれている少女が警告する。

 確かに、いつもだったらノロケた相手のペースに既に二撃、三撃と与えられているはずなのに今回ばかりは避ける行動が多くなってしまっている。

「初っパナ腕ぶっ飛ばした私めっちゃ天才的な動きしてたんじゃなーい?」

 恐らく回避行動が多くなってしまっている要因は、アームの腕の数。

 切られた一本を除き残りの三本の腕が絶え間なくカスミとトモちゃんの姿を襲う。

「あっっ、……ぶないわねっ!」

 本体のアームからの攻撃にばかり気を取られていたトモちゃんは、他の小さな個体からの投擲攻撃を食らいかける。

 咄嗟の判断でハンマー型のイーシャルを、持ち手を軸に回転させ投げられてきた巨大なナニかを相殺する。

「ちょっと今回ばっかは強めの援護射撃を貰った方がいいかもしんないな!ちっこいのも居るおかげで本体に近づけないし」

 アームからの攻撃を踊るように軽々と躱しながらカスミはニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

「トモちゃーん!ちょっとこっちの方おびき寄せてもらっていいー?」

『まっかせなさい!』

 そう返事をしながら、トモちゃんはカスミの大剣と引けを取らないほど巨大なハンマーを肩で支えながらアームの背後に近づいた。

「アームさん頼むから変な動きしないでよね……!」

 トモちゃんがアームの背後に着いたことを確認したカスミは、サイズバランスの合わないその大剣を握りしめ、少し距離を置いていたがアームに対して真正面からつっぱしる。

 アームは真正面からやってくるカスミだけしか眼中にないらしく、二度三度攻撃を仕掛けてくる。しかしカスミはその攻撃を大剣で大きく弾きながらもノーダメージで避けきる。

「トモちゃんいくよっっ!」

 カスミは大きな剣を振り被ろうとしながら走る速度をさらに上げる。狙いは片足をぶった斬ること。

 アームはさらに攻撃を加えようとするが、足元に入り込まれた小さい人間に対してその攻撃は当たらない。

 カスミの大きく振りかぶったその大剣は間もなくアームの片足を思い切りぶった斬り、アームは攻撃したすぐ後だったこともあり、すっかりバランスを崩してしまう。

「そのままあっち行けぇぇぇっっ!」

 すかさず体制を崩したアームの背中に巨大なハンマーの重撃を叩き込むトモちゃん。

 ドゴォォォッッ!と

 なんとも重々しい音を鳴り響かせながら、アームは片足を失いズッコケる形でアスファルトを割りながら十五メートルほど元いた場所から滑り移動した。

 なぜわざわざこんな事をしてまでアームの位置をずらしたのかと言うと……

「ユリ!」

『ありがと』

 カスミとトモちゃんは体制を崩し起き上がろうとするアームのいる場から必要以上に距離をとる。

 その約二秒後のことだった。


 ダァンッッ!!という今まで以上に内蔵をふるわす発砲音と共に視界が閃光する。


 そして着弾した弾激はただアームの体を貫くだけでは済まさず、おぞましい衝撃と共に〝アームの巨躯を弾け飛ばした〟

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