「夢・創造よ、自由たれ」と、コレットは宣言した

結来月ひろは@『青き瞳と異国の蓮』発売中

「夢・創造よ、自由たれ」と、コレットは宣言した

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


魔法使いギニは胸の中で長い長いため息をつきながら、我が主である王子ミハルに目を向けた。


金色の輝く髪に青い瞳と、誰もが一度はイメージするであろう王子様の風貌を持っており、物腰のやわらかな性格で下々の者にも分け隔てなく接することから周囲からも愛され、王子としてもひとりの人間としても慕われていた。


難点をあげるとするならば、王子は王子でも「あと一国って、どこだっけ?」と忘れられがちな東の端にある小国の王子であること。

そして肝心なところで、ヘタレであることだ。


「なぜだ、なんでこうなるんだ……」

「王子がヘタレで、直接は無理だけど夢ならいけるとか、わけのわからないことを言い出して、俺に相談もせずに夢に入れる怪しい香を行商人から買って、コレット様の夢に入ったせいですね」


無駄に行動力のあるヘタレほど質の悪いものはないなとノンブレスでギニが畳み掛けると、頭を抱えたままミハルは呻き声を上げた。

しかしギニは容赦しない。


「しかも、ただの夢ならまだしも最近考えていることがあらわれる夢とか、どう考えても駄目でしょう。婚約破棄どころか訴えられてもおかしくないレベルですよ」

「だ、だが、コレットがまともに俺と目を合わしてくれないのは気になるだろう!? 俺に隠し事をしているのかとか、俺がうざいのかとか、俺が嫌いなのかとか……なのに、まさかこんな……こんな……」


ミハルはチラリとそちらに目を向けた。

そこには普段は結い上げられているやわらかな茶色の髪をおろし、愛らしい白のネグリジェに身を包んだミハルの婚約者コレットの姿。


いくら婚約者とは言え、本人に許可を得ずに年頃の女性のそのような姿を見るなど許されることではない。


婚約者であるミハルはまだぎりぎり許されるかもしれないが、ギニはただの王子付きの魔法使いだ。下手をすれば、この命をもって償うことになる。


そんなことはごめんだとギニはミハルを止めようとしたが、その中であることを知ってしまった。


できるかぎり姫から目を反らしていたギニはすみませんと心の中で謝りながらコレットを見た。


上気した頬に、キラキラと輝く黄金色の瞳。

その視線の先には婚約者であるミハル。

……と、やけに距離が近いギニの姿があった。


(いやいやいやいや、おかしいだろ……)


まずギニとミハルはこんなに距離は近くない。

主従と言うよりも幼なじみに近い関係であり、互いのおねしょの数も知ってはいる。

しかしだ。断じてギニはミハルの肩にもたれかかる、またはギニの肩にミハルをもたれかからせるような仲ではない。


(待て。それ以上距離を詰めるな、肩を抱き寄せるな見つめ合うな、夢の中の俺!!)


これで9回目とは言え、さすがにこの光景には慣れない。

そう、夢の中で見たものはミハルとギニの非常に仲睦まじい様子を少し離れた場所から祈るように両方の手のひらを組みながら嬉しそうに眺めているコレットの姿だった。


ミハルと同じ18歳には見えない大人びた佇まいでキリッとした雰囲気をまとっているコレットだが、今は心から楽しそうで、いつもよりも少し幼く見える。


(これは、もしかしなくとも……)


庶民の文化に明るいギニには思い当たるものがあった。


「なんということだ……」

「あの、王子。これは……」


そこまで庶民の文化にくわしくないミハルには刺激が強いかもしれない。

どうにかギニがフォローに回ろうとするよりも早くミハルは叫んだ。


「夢の中までコレットが可愛すぎるうえに、こんな熱い視線で俺を見てくれていたなんて! それも繰り返し夢で見るほどに!!」

「なるほど、そうきましたか」


ミハルはバ……、少々天然であった。


コレットの視線に込められた本当の意味に気づいていないことは果たしていいのか悪いのか。しかしコレットの趣味を暴露するつもりなどギニにはない。


ギニ個人の考えからすれば、これは勝手にコレットの考えをのぞいたミハルとギニが悪いのであり、驚きはしたものの、迷惑行為や犯罪行為をしているわけでもないのであれば、こうした趣味は自由である。


「ならば、なぜ昼間はあんなにも俺にそっけないのだ。すぐに顔を背けて、まともに目も合わせてくれず……かと思えば、こちらをじっとにらんでいるし」

「それは自分の顔を見られるのが恥ずかしいと言うか、まあ、いろいろな感情を抑えられているんでしょうね」


(だから俺と王子がふたりの時に、やけに見られていたのか……)


やけににらまれているなという自覚はあった。

最初は王子であるミハルに対するギニの態度が気に食わないのかと思っていたが、あれは自分たちを見て、己の中からわき上がってくるいろいろなものを抑え込んだ結果だったのだと、今ならばわかる。


「何やらぶ厚い手紙を送っているようだし……俺は文通なんてしたことないのに! 羨ましい!」

「文通通り越して同棲してるやつがなに言ってるんですか。悲恋モノの主人公たちにぼこぼこに殴られたいですか」

「いつも以上に辛辣すぎないか!? これでも俺は本気で悩んでいるんだぞ。俺が見たことのある顔と言えば憂いを帯びた顔や悩みを抱えたような顔……愛しい婚約者ひとり笑顔にできず、何が王子だ……」

「はいはい、その無駄にいいツラで弱音吐きまくるの解釈違いなんでやめてもらっていいですか?」


そういう表情を見せればコレット様もお喜びになりますが、と言いたくなるのをぐっと我慢してギニは告げた。


「とにかくコレット様を幸せにしたいのですね? その覚悟もおありですか?」

「もちろんだ。俺はコレットを愛している! 婚約した時からそのつもりだ!」


こんなにもコレットを心から愛しているミハルにならば趣味のことを話しても大丈夫なのではとギニは思うが、それはコレット自身が決めることだ。

ギニにできることはふたりの幸せを後押しすることのみ。


「では言いますが、これを名物にしませんか」

「名物!? 可愛いコレットをか!?」

「ちがいます。コレット様のような趣味を持つ人たちが思う存分語り合える年間行事を定期開催するのですよ」

「なるほど、コレットは本が好きだと言っていたが、本に関する行事か?」

「様々な種類の書籍を売り買いする行事です。それも有名な作家だけでなく趣味で書いている人たちも自由に本を売れるようにするんです。そうなると宿屋や飯屋も儲かりますし、印刷屋もあればいいですね。インクやペン、紙なんかもその行事で売ればアピールになりますし、新たな国の名物にもなるかと」

「なるほど……たしかにうちは紙やペンの生産は盛んだが、そんなものがうまくいくのか?」


こういうところは腐っても王子なのだ。

ギニはため息をつくとミハルをにらんだ。


「王子にとってはそんなものかもしれませんが、趣味に生かされてる者もいるんですよ? コレット様の身にもなってみてください。家族や親しき者と別れ、見知らぬ国にやってきて、なんと心細いことか……それこそ薄い手紙の封筒がぶ厚くなるくらいの感情を抱えられているはず……さみしさを慰めるものを王子はそんなもの呼ばわりですか? コレット様を幸せにする覚悟は嘘なのですか?」

「いや、あれは本心からの言葉だ。悪かったな、ギニ……国のために、そしてコレットのためにも動いてみよう。お前も手伝ってくれるか」

「もちろん。ですが、ぜひコレット様に意見を求められるのがよろしいかと。コレット様も絶対にお喜びになりますよ」


(俺は噓は言っていない、なにも……)

ギニが求めるものはミハルの幸せ、そしてコレットの幸せであった。


***


こうして優秀な魔法使いに助言を受けた王子様はお姫様と手を取り合い、新しい国の名物としていろいろな本を売り買いできる行事を作り上げました。


やがて王子様の国は「創造あふれる国」として有名になり、夏と冬の行事の時期になると、たくさんの人が国を訪れるようになりました。


国の名物行事を作り出した立役者としてミハルとコレット、そしてギニの名前は後世に伝わっています。


しかしなぜでしょうか?


多くの書物にはミハルとギニの名前が必ず横並びで書かれているうえに「ミハル・ギニ」「ギニ・ミハル」と書物によって並びがちがっているのです。

そのことに後世のある者は首を傾げ、またある者はなにも言わずに本を手にして深くうなずくのでした。

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