眠り姫の秘密

平 遊

信じる/信じないは貴方次第

 K大学には、ふしぎ現象同好会、なるものが存在する。メンバーは二十数人。ただし、専ら飲み食い専門のゆるいサークルで、これといって活動をしているわけではない。ただ、不思議な現象に多少なりとも興味がある人がメンバーとして名を連ねている。それだけだ。

 だがそんな中、たった2人だけ、熱心に不思議な現象を追い求めているメンバーがいた。

 ひとりは、加来文乃かくふみの

 もうひとりは、夜見陽汰よみはるた

 1年生の文乃と陽汰は、ただ集まって飲み食いしながら、使い古された七不思議や都市伝説を聞くだけではモノ足らず、自らを「ふしぎハンター」と名乗って、不思議な現象を集めて回っている。



『襲い来る侵入者を布団で撃退!』


 その記事は、よくあるネットニュースのひとつに過ぎなかった。だが、記事の最後に書かれていた言葉に、文乃も陽汰も興味を惹かれた。


『Hさんは言った。「ご先祖様が助けてくださったのだと思います」と』



「このHさんて、K大学卒らしくてさ、先輩にお願いしてアポ取ってもらったんだよ」


 そう得意げに話す陽汰の隣には、図書館から借りた本を片手に、考え込む文乃の姿。


「ちょっと文乃? 聞いてる?」

「聞いてる。ちょっと気になって」

「なにが?」

「Hさんの、出身地」

「は?」

「とりあえず、話聞きに行こ」

「お、おう」


 文乃の眉間に寄る皺が気にながらも、陽汰は目的地のカフェに到着すると、目当ての人を探した。


「はじめまして。音木姫乃おとぎひめのです」

「はじめまして。今日はお時間いただき、ありがとうございます! 俺たちはK大学1年で、ふしぎハンターをやっている」

「夜見くんと、加来さん、ですよね? ふふっ、ふしぎハンターって、面白い。私の話がおふたりの求めているものであれば、いいのだけれど」


 そう言いながら、音木姫乃はバッグから古びた一冊の本を取り出す。


「これ。我が家に代々受け継がれているものなの。まずは読んでみてくれる?」


 差し出された本を受け取った文乃と陽汰は、丁寧に表紙をめくると、書かれた文字に目を落とした。


 ※※※※※※※※※※


 眠り姫物語


 昔むかし、ある小さな国によく眠るお姫様がいました。

 その国の領主の家の子供はお姫様ひとりだけ。お姫様は跡取りとなるべく、文武両道に優れた美しい姫君に成長しましたが、大きくなってもよく眠る姫君でした。


 そんなある夜。

 隣国の若殿様が突然、夜中に大群を率いて攻め入ったのです。

 若殿様の狙いは、美しいと評判の姫君。実は、何度も縁談を申し込んでいたのですが、尽く断られて頭に来ていたのです。


「姫を探せ! 見つけ次第捕らえろ!」


 兵士たちは領主の屋敷に押し入り、姫君が眠っている部屋を探し当て、布団で熟睡している姫君を捕らえようとしました。


 ところが。


「うるさいっ! 誰じゃっ! 我の眠りを妨げる不届き者はっ!」


 不機嫌そうに目を吊り上げた姫君は、そう怒鳴るが早いか掛け布団を左手に、枕を右手に持ち、襲いかかる屈強な兵士たちを次々となぎ倒していったのです。

 その、天下無双な勇ましさは、軽やかなステップでさながらダンスを踊っているかのよう。

 気づけば、その場に残っているのは、隣国の若殿様ただひとり。若殿様は、姫君の優雅で華麗な姿に見惚れてしまっていたのです。


 ただ突っ立っているだけの若殿様に、危害を加える危険はないと判断した姫君は、右手の枕を布団の上に戻し、両手で掛け布団の端を持つと、


「さっさとね」


 と言い捨てて、再び布団に潜り、眠りにつきました。



 一方。

 なぎ倒された兵士たちは、気を失っただけで、誰一人として傷ついてはいませんでしたので、姫君が眠りにつくと共に、どこからともなく現れた兵士たちによって、素早く捕らえられました。もちろん、姫君に見惚れて動けずにいた隣国の若殿様も捕らえられました。国に攻め入り、姫君を攫おうとした為です。

 ですが、領主夫妻は隣国の若殿様に、こう言いました。


「これより先、我が姫君の婿となり、毎朝姫君を眠りから目覚めさせてくれるならば、今宵の事は水に流そう」


 実はこの国の領主夫妻は、寝起きがすこぶる悪く、誰に対しても心を閉ざしている姫君にほとほと手を焼いていたのです。朝、姫君を起こすという仕事を引き受けてくれる者は、この国にはもう一人もいません。

 姫君は、誰が名付けたか【秘技・布団DEダンス】の使い手。起こしに行く者全てが、寝ぼけた姫君からこの秘技を受け、その後暫くの間は頭が朦朧とし、日々の生活もままならなくなるからです。姫君の縁談を断り続けていたのも、心を閉ざしたままの姫君のこの寝起きの悪さを心配してのことでした。

 ですが、もともと姫君との縁談を望んでいた若殿様でしたから、若殿様は喜んでその条件を飲み、姫君の婿として毎朝姫君を起こすこととなりました。

 若殿様も、隣国の跡継ぎ候補の一人として、武芸を嗜んでおりましたから、腕には自身がありましたし、なにより毎朝、姫君のあの優雅で華麗な【秘技・布団DEダンス】を見られるということに、喜びを感じていたのです。


 この日より、姫君の部屋からは毎朝


「うるさいっ! 誰じゃっ! 我の眠りを妨げる不届き者はっ!」


 の声に続く姫君と若殿様との戦いが行われ、若殿様の顔や体には、生傷が絶えることがありませんでした。

 若殿様は姫君の婿となったものの、名ばかりの婿。姫君の心は固く閉ざされたままでした。


 文武両道に優れた美しい姫君。

 幼い頃より跡取りとして両親や家臣から学問と武芸を叩き込まれた姫君の唯一の楽しみは、夜眠っている間に見る夢の中で、自由に遊ぶことだったのです。その楽しみを邪魔されることは、姫君にとっては我慢がならないこと。

 それを知った若殿様は、姫君に言いました。


「この国を、あなた一人で背負う必要は無いのですよ。わたしはあなたの側におります。ですからあなたはもっと自由に生きていいのです。起きている間にも、わたしと共に楽しい夢を見ませんか?」


 この後。

 ようやく閉ざされた心を開いた姫君は、若殿様と心を通わせ、寝起きも抜群に良くなったのです。

 姫君の持ち技【秘技・布団DEダンス】は若殿様のお気に入りでもありましたので、一族継承の技として、代々引き継がれていきましたとさ。


 めでたし、めでたし。


 ※※※※※※※※※※



「この秘技って」


 本を読み終えた陽汰の言葉に、音木姫乃は深く頷く。


「そう。私が侵入者を撃退した時に使ったものよ」


「一族伝承の技、と書かれていますが」

「そこなのよね」


 苦笑いを浮かべ、音木姫乃は言った。


「私はあの技を、小さい頃に祖母から教わったの。この物語と共に。だから、どこの家庭でも同じで、この物語もあの技も、みんな知っているものだと思っていたのだけれど……そうじゃないって知って、驚いてしまって。だからきっと私は、この姫君の末裔なんだなって、思ったのよ。そして、私を助けてくれたのは、ご先祖様なんだ、って」



 音木姫乃が帰った後のカフェ。


「なんか、ふしぎな話だったな」

「ほんっと、それ以外の感想無いの!?」


 呆れたように陽汰を見ながら、文乃は図書館から借りた本に目を落とし、言った。


「でも本当に、音木さんを助けたのは、ご先祖様だったんだと思う」

「えっ?」

「ある地域では、まぁまぁ最近まで『嫁にしたいと思った娘は、我先にと寝込みを襲ってまで手に入れる』っていう風習があったみたいだから」

「はぁっ?! なんだそりゃ! 普通に犯罪だろ、それ!」

「今の時代では、ね」


 冷めたカフェオレで喉を潤し、文乃は続ける。


「でも、風習だったから。女はその風習を受け入れるしかなかった……表向きは」

「表向きは?」

「そう。表向き。女だって、黙って受け入れてた訳じゃ、無いと思うんだ。そこで編み出したのがあの秘技、布団DEダンス、だと思う。表向きは、ダンスの練習、って言い訳もできるし。きっとあの秘技は、音木さん一族だけじゃなくて、特定の地域の家には代々伝わっているんじゃないかな」

「なるほどなぁ……」


 小さくつぶやき、陽汰も冷めたコーヒーを口に含んだのだが、


「あたしも教えてもらおうかなぁ、あの秘技」


 文乃の言葉に、飲み込んだコーヒーが気管に入り込み、激しくむせ返る。


「ごっ、げほっ……なっ、なんでっ?!」

「だって困るでしょ、寝込みを襲われたら」

「誰にっ!?」

「さぁ?」


 ニヤリと笑うと、文乃は鞄を手に席を立つ。


「襲うなよ、陽汰」

「ばっ!……おっ、襲わねぇよっ!」


 はははと笑いながらカフェを後にする文乃に、陽汰は慌てて支払いを済ませて文乃を追いかける。


(襲いたいけどさ……いやいや、襲わねぇし。でも、文乃の【秘技・布団DEダンス】、ちょっと見てみたいかも……なんちゃって。何考えてんだ、俺)


【終】

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