夢オチ、のち夢墜ち、のち夢堕ち

冬野瞠

※全て夢オチです

 ふと気づくと、大勢の観客が俺を囲んでいた。コロッセオに似た巨大な建造物に何千何万もの人間が詰めかけ、一体の怪物のようにどよめきながら、こちらを見下ろしている。俺がいる平坦な場所――競技場でいえばフィールド部分――にいるのは自分と半裸の男だけだ。見ると俺も相手も血塗ちまみれだった。

 そうだ。天下無双の男を決める命懸けの大会に、俺は騙されて出場する羽目になって、それで。

「一方が戦闘不能になるまで試合は続きます! それでは、試合開始ィ!」

 大きすぎて割れた音を合図に、相手が肉薄してくる。しゃにむに取っ組み合い、徒手空拳で殴り合う。いつしか痛みも意識も薄れて、いっ、て。


 気を失ったと思えば、次はきらびやかな屋内にいた。高級ホテルのホールか、ヨーロッパの宮殿のような。頭上にシャンデリアが吊り下がるそこは、雰囲気にそぐわない殺気で満ちている。

 一段高い壇上で、気取った男がマイクを握っていた。

「皆様にはこれから、死ぬまで踊り続けて頂きます。最後に残った一組が優勝です。さあ、レッツ・ダンス!」

 爆音でワルツが鳴り始め、急に手を取られる。ぎこちなく脚をさばきながら相手を見ると、顔のないマネキン的な何かが人間のふりをしていた。

 そこで俺は悟る、これは夢だと。本当の俺は温かいお布団の中で悪夢を見ているのだと。

 早く醒めてくれ。こんなのはもう懲りごりだ。


 そこではっと目覚めた。窓から朝陽が射しこんでいる。何か気がかりな夢を見た気がする。

 トントンと階段を上がる音がして、

「いつまで寝てんの! 遅刻するよ!」

 聞き馴染んだ母親の声がして、間髪入れず扉が開いた。

 懐かしい姿はそこにはなかった。百本以上ある鋭い脚をうねうねとうごめかせる、どでかい毒虫がいるだけだった。

 吐き気がした。夢の中でも嘔気おうきの感覚は鮮烈だ。

 夢、夢、夢。醒めても醒めても、いつまで落ちても、悪夢の中、で。




「あの治験者、うなされてますね」

「だがバイタルは安定している。目覚めるまでは続行だ」

 全ての疲労を一夜で解消する新薬の治験に男は参加していた。

 薬の副作用に時間感覚の極端な変化と、強烈な悪夢があることは、まだ誰も知らない。


 男が目覚めるまで、彼の体感時間ではあと二千年ほどかかる。






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夢オチ、のち夢墜ち、のち夢堕ち 冬野瞠 @HARU_fuyuno

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