幸せな夢を

ホイスト

目覚めの時

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 溢れる涙を拭う事もせず、私は身体を起こした。

 

 あと1回、あと1回で────────


「お兄様に会えなくなる」



✖️✖️✖️



 コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


「お嬢様、お召し物を返させて頂けませんか?」


 お付きの侍女だ。何か返事しようと思っても、私の心は言葉を紡げない。


「…………失礼させて頂きます」


 侍女はそう言い離れて行った……かと思えば、ノブがガチャリと回される。

 

 返事も聞かずに入るのは、無断で侵入した事になる。それが王女の部屋に入ったともなれば、許される事ではない。

 彼女がそんな事する筈が無いのに……。


「申し訳ありません、王女様。王妃様より本日は何があっても部屋から出す様にと仰せつかっておりまして……」


 彼女は部屋に入って深々と腰を曲げる。


「本日は、一番隊が到着します」


 ────────────!!!!!!


「いやっ! いやだ!! いやい、いやだあぁぁ!!!」


「っ、おひいさま!!」


「いやだ、嘘だ! 嘘だ!! 見たく無い、見たく無い!!」


「落ち着いて下さい! おひいさま!!」


「いやだ、いやだよ……にいさま…………」



✖️✖️✖️



 おひいさまがジタバタと暴れるのをやめました。

 

 そっと身体を離すと、すやすやと寝息を立てています。


「おひいさま……」


 寝られなかったのでしょう。

 顔には深い隈が出来ていました。


 枕へ頭を預けさせ、布団を被せます。

 私は椅子をベッドの側に置き、腰掛けました。


 顔を青くした伝令が王へ知らせを届けたのは1週間と少し前。

 それは国に大きな喜びと、酷い悲しみを伝える物でした。


 下々の者へは……詳しく知らされておりません。

 ですが、周囲の反応や噂から察せられる物があります。


「もう少し時間を頂いて来ますね」


 おひいさまを少し撫で、私は王妃様の所へ向かいました。



✖️✖️✖️



「────────そして、我々は龍を倒しました」


 一番隊、副隊長は一つ目の報告をそう締め括った。

 

「…………そうか、そうか! よくやった!! 其方たちは未来永劫語り継がれる英雄だ」


 王は立ち上がり、大きな拍手を贈る。そして家臣達からも拍手が贈られた。


 報告をした副隊長はその拍手を受けるが、表現は硬く、喜んでいる様には見えない。

 また、皆の拍手も、どこか乾いた様な音に聞こえる。


「王よ、まだ報告があります」


 その言葉に拍手がぴたりと止む。


「なんだ……申して、みよ」


 王は言葉を返す。

 表情は暗く、何かを堪えている様だ。


「……っ…………ぐ…………」


 副隊長は王の返答を聞き、何が話そうとする。

 だが、言葉は出ない。硬く握った拳は震え、目からは涙が溢れている。


 王は急かさない。皆も、急かさない。

 ただ彼が話すのを待つ。


 しばらくして、副隊長は心を振り切る様に話し出した。


「龍を倒した後! 我々は解体する為、龍の頭部に集まりました」


「始める前、入刀は隊長にしてもらおうと……ぐっ……なり、隊長は皆に礼を言いながら龍の首元に立ちました」


「そして、腰から抜いた剣を喉元に突き入れた……それがトドメだったのです」



「なに?」


「龍はまだ死んでいなかったのです。瀕死になり倒れただけでした。そこへ隊長の剣がトドメになり…………」


 副隊長は何度も頭を振り、地面を見た。


「龍は呪いを持っていました」


「呪いだと……?」


「はい……後に、隊の魔術師による分析で判明しました……この龍は、殺した者に呪いを…………」


「……なんと………………」


 呪い。

 それは魔力のみを消費する魔術とは違い、心と縁と代償を必要とする神秘。


 副隊長の嗚咽が響く。


「血と共に吹き出した黒い靄は、隊長を包み……助けようと駆け出す私たちを、隊長は来るなと、止めました」

 

「それでも近付こうとする私たちを見て、隊長は『阻む光の壁』で自らを覆い、私達を近づけない様に…………」


 『阻む光の壁』は光で出来た壁を張り、味方を守る魔術。矢も魔法も阻む強力な壁だ。


「解いて下さいと叫んでも壁は消えず、靄に集られて倒れる隊長を見る事しかできませんでした」

 

「壁を叩き割ろうと剣を打ち付けても、罅すら入らず、それでも諦めずに何度も打ち付けて……」


「不意に壁が消え、私は前に倒れました。急いで身体を起こし隊長を見ると…………」


 地面を向いていた副隊長は顔を上げた。

 我慢できない思いが目から溢れている。


「隊長から靄が消えていました」


 王は目元に手を遣っていた。


「皆が隊長に駆け寄り、治癒術師が魔術を掛けても、何度掛けても、隊長は動きませんでした」


 皆、何も言わない。

 啜り泣く声だけが聞こえてくる。

 糾弾する声すら、上がらない。


 皆、知っているからだ。


 呪いに対抗できる事は無いと。


 呪いは心と縁と代償を必要とする。


 心とは、熾したい事に対する思いである。死んで欲しい、もう一度会いたい、そんな強い思いを、常に心へ埋める必要がある。


 縁とは、相手との繋がりだ。何かをやられた、貰ったなど。何かしらのつながりが必要だ。


 代償とは────相手に熾したい事、それと同じ事だ。

 相手に必然の死を与えたいなら、自らにも死を。

 もう一度会いたいなら、自らも会いにいく。


 心と縁があり、代償が揃った時……呪いは成される。

 成された呪いは心から溢れ、縁を辿り、相手に届く。

 相手に届かない呪いは無く、遮るモノがあれば、纏めて呪う。

 

 

 呪いが成された時点で、助かる事は無いのだ。



 暫くして、副隊長はポツリとこぼす。


「わたしを……処刑してはくれませんか…………」


「隊長を守れない……それどころか、トドメを勧めてしまったわたしを…………」


 

 すると、ガタンと大きな音が響いた。

 皆がその方向へ目をやると、豪華な椅子が、ガタガタと揺れていた。

 そこへメイドが駆け寄り、ナニカを抱きしめる様な格好をする。

 まるで、そこに誰かが座っている様に…………。


 副隊長は、そこに誰がいるのか気付いた様に、その方向へ頭を向けて身体を地に伏せた。


「わたしは……わたしを…………」


 副隊長は何か口に出そうとするが、言葉にならない。


「一番隊副隊長よ」


 副隊長はピクリと身体を震わす。


「其方を……其方たちを処刑など出来るものか」


 副隊長は顔を上げる。


「わからぬか?」


 王は立ち上がり、副隊長へ近付いた。

 そして、その肩に手を置く。



「其方たちが……一番隊隊長の────我が息子の遺産だからだ」


「我が息子が命を賭けて守った遺産を、処分など出来るものか」



 副隊長は唖然とし……身体を震わせた。


 周りから拍手が響き始める。先程より心の籠った、確かな音が。

 


✖️✖️✖️



 天蓋を見つめ、私はただ涙を流していた。


 にいさまの死に様を聞かされて────


 あの男が、自身を処刑してくれなどと言い、私は激昂した。


────なら死ね! お前が死ねばよかったんだ!! にいさまに合わせろ!!!!!!


 私は喉が潰れるほど絶叫したが、あの時の私には『半視の窓』と『音無の調べ』が掛けられていた。

 皆からは見えず、私の出す音は聞こえない状態だった。


 私の声は誰にも届かない。


 あぁ、会いたい…………私の声を聞いてくれるおにいさまに。


 でも…………。



 わたしは今朝の夢を思い出す。

 あれは9回目の夢だった。


 ────────【奇術:十の輝きの泡沫】


 魔術と呪いを扱う、おかしな術。

 おにいさまと城の図書室で見つけた本にあった。


 魔術で自らを眠らせ、呪いで死んだ者の魂を捕まえて、10の晩に分けて夢で会う奇術。

 どうしても会いたいという思いと、相手の縁と、昇る前の魂が必要だ。


 嘘だ、うそだ、と唱えたこの奇術が発動した時、私は理解してしまったのだ────にいさまが死んだ事を。


 絶望しながらも夢の中でにいさまに逢えた事で、なんとか耐えられていた。


 でも、それも今晩で終わり。


「…………」


 私は枕の下に手を入れ、鞘付きの短剣を取り出した。


 にいさまから護身用と贈られた物だ。


 それを鞘から抜き……心臓の位置に当てた。そこから腕を上げて行き─────


『空の待ち針』


 物を空中に縫い付ける魔術だ。

 夢から覚めるまで持つだろう。


 今晩でにいさまには逢えなくなる。

 にいさまに逢えない世界など必要無いのだ。


 わたしは両腕を広げ、目を閉じた。


【十の輝きの泡沫】


 意識が消える。



✖️✖️✖️



「にいさま!!!」


 私は草原に座るにいさまに駆けつけ、抱き付いた。


「うぉっとと、元気だなぁ」


 にいさまは笑いながら頭を撫でてくれる。


「えへへ、にいさまが居たら元気だよ!」


「にいさま、聞いて────





 ────でね、綺麗なお花が咲いたからね、おにいさまが帰って来たら、あげようと思ったんだ…………」


 たくさん、沢山話して、そこで声が詰まった。


 それは、今から1ヶ月程前の話だった。


 それからも早く帰ってこないかな。そう願っていて、帰って来たのはあの知らせ。


「おにいさま……どうして死んじゃったの…………」

 

「…………ごめんな」


 そっと私の髪を撫でる。


「いくら俺でも、呪いには勝てなかった」


「あんな呪いをずっと心に持ってるヤツが居るなんて、思ってもなかった…………」


「あっ………」


 にいさまの驚いた声がして、ふと顔を上げる。

 見えたのは、遠い向こうの空が割れ、真っ黒で何も無い向こう側だ。

 夢の終わりが来たの…………?


「…………もうお別れか」


 にいさまが悲しそうな声で呟く。

 にいさまも、離れたく無いんだ。


 わたしは、そんなにいさまに、ほほえみかける。


「にいさま」


「ん?」


 にいさまは私をみる。


「大丈夫、もう、ずっと一緒だよ」


 わたしは心臓の辺りを手で抑える。

 朝には、にいさまと同じところに行ける。


「────」


 にいさまは何かを感じ取った顔で、私のもう片方の手を取った。


「おひめさま」


 その手を、心臓をおさえる私の手の上に重ねた。


「俺の夢は……お前が元気いっぱいに暮らせる国を、皆んなが幸せに、安全に暮らせる国を作ることだった」


 片腕で、わたしを抱き締める。


「この国を破壊しようとした龍を倒した事で、それで、少しは叶ったと思う」


 私の頭にキスを落とす。


「でも、まだだ」


 にいさまは少し身体を離し、私と目を合わせる。


「まだ、そんな国には程遠い」


「おひめさま」


「どうか、どうか俺の夢を……」


 こつんと、お兄様は私のおでこにおでこを合わせた。


 心に幸せな気持ちが、それを願う気持ちが流れ込んでくる。


 ────────あぁ……これは…………


 

 呪い



✖️✖️✖️



 わぁーわぁーと騒がしい音で目を覚ます。


 横を見ると、侍女と目が合った。


「おひいさまっっ、もう! 何を、なにを…………!」


 侍女は寝ている私に抱き付き、泣き喚く。

 

 彼女に手をやろうとして痛みに襲われる。


「いたっ」


「っ、おひいさまっっ」


 侍女は離れて、私が痛いと言った原因を探す。

 私が手を視界に入れた事で、なにかわかった様だ。


「おひいさま……何を考えているのですか!! 心臓に短剣を落とそうなんて……命を粗末になさらないでくださいっ…………組んだ手がなければ達していました!!!」


「えっ? 手を組んでなんて…………」


 すぐに思い出す。


 10回目の、あの夢の最後。お兄様は私の手を……。


 お兄様は、最期まで────────


 


 その後、私は色んな人にめちゃくちゃ叱られた。侍女、治してくれた人、父、母…………。特に父はショックが大きかった様で、私を抱き締めて暫く離してくれなかった。


 みんなに謝って……数日後。


 私は母とガゼボで紅茶を頂いていた。


「それで…………何が合ったの?」


 母は私が紅茶を置いたのを見て、そう投げかけた。


「えっと……なにか、とは……?」


 母の疑問が分からなくて訊き返す。


「自殺未遂の後、皆は貴女が立ち直っただけと思っているけど、私には少し違う様に見えるわ」


 その言葉を聞き、私は少し悩んだ。

 悩んで────少しぼかしながらも、本当の事を話した。


「夢の中で……にいさまからお願いされました」


「そう……何を?」


「みんなが……幸せに暮らせる国を」


 わたしは紅茶で口を少し湿らせる。


「安全で……幸せで」


 ガゼボの外を見る。白い鳥が空を舞う。



「元気いっぱいに暮らせる国を」


 


 





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