獏と名乗った少女は好きで悪夢を食べてるわけじゃない

@suzukichi444

獏と名乗った少女は好きで悪夢を食べてるわけじゃない

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 高校2年生の相沢 達人アイザワ タツヒトは夢の中のベッドの上で上半身を起こす。


 戸建ての2階にある、見慣れた自室。


 眠る前と同じ光景なのだが、1つだけ違うところがある。


 ベッドから見える位置にあるテレビ。


 そのテレビの前に座る少女。


 髪を肩まで伸ばした小学生の高学年くらいの見た目。


 テレビの前には座布団が2枚敷いてあり、その上に寝そべるようにしてテレビを見ている。


 膝ぐらいまであるスカートを穿いているのだが、片膝を立てているためそのスカートがズリ落ちていて結構、際どいことになっている。


「あっ、来てたんだ」


 こちらに気づいた少女はそう言うと片方の座布団に座り、もう片方の座布団をポンポン、と手のひらで叩く。


「早く来なよ。昨日の続きしようぜ」


 仕方なくベッドから降り、空いてる座布団に座る達人。


 少女はゲーム機を出して起動させ、対戦がはじまる。


 始まりは9日前。


 ベッドで寝ていると突然部屋のドアが開き、見たことのない少女が部屋に入ってきた。


 妙に現実味のあるその光景に、夢か現実か戸惑う達人。


 少女はテレビの前で立ち止まると物色しはじめる。


(なんだ……、泥棒か?)


 そう思ってベッドから様子を伺っていると、


「ねぇ、見てないで一緒にやろうよ」


 少女が話しかけてきた。


 達人に緊張が走る。


「1人じゃ楽しくないからさぁ、一緒に遊ぼうって言ってるの!」


 そう言って少女は布団をめくり上げる。




「大丈夫、大丈夫。ここは夢の中だからいくら遊んでも夜ふかしにならないって」


 少女は自分は獏だと名乗った。


 徘徊していたらたまたま能天気そうな夢を見つけて入ってきたと言う。


「獏ってあの悪夢を食べてくれるっていう……」


「ああ……、それね。別に食べれなくはないんだけどさぁ、悪夢っておいしくないんだよねぇ。だからこのんで食べてるわけじゃないの」


 どうやら達人の夢はこの少女の休憩場所に最適なようで、しばらく居着くと宣言された。




「あっ、もう朝か。じゃあまた今晩ね」


 その言葉で目が覚める。


 はっきり言って『獏』はゲームが上手くない。


 少なくともいつも対戦を誘ってくるゲームは下手だ。


 かと言って手を抜くと怒りだすし、本気でやると物理的に手を出してこちらの操作を妨害してくる。


 昨日も途中から両脚で蟹バサミを仕掛けてきてその状態で朝まで戦わされた。


 蟹バサミが邪魔なだけではない。


 女の子がなんて格好しいるんだと言うのが達人の本音だった。


「相沢くんどうしたの、 元気ないみたいだけど?」


 学校の教室、その中にある自分の席でため息をついているとクラスメイトの朝霧 澪アサギリ ミオに声をかけられる。


「なんだかボーっとしている事が多いよ? 夜、眠れないとか?」


「えっ、ああぁ、まぁ」


 っと、言葉を濁す。


 自称『獏』の少女が毎晩テレビゲームをしにくる、なんて言ったらおかしな奴と思われるだろう。


「そうだ、これあげる。病魔退散のお守りなんだって。この間親戚にもらったの」


 そう言って達人の制服の胸ポケットに白いお守りを入れてくる澪。


「あっ、ありがとう……」


 と、礼を言う達人だった。


 そしてその夜、10回目のあの夢を見る。




「達人、なんか連れてきたね……」


 少女の反応がいつもと違う。


 夢の中に入ると寝たときと同じ状態ではじまるのだが、たいてい自称『獏』の少女は部屋の中でくつろいでいる。


 しかし今日は枕の横に立ってのぞき込んでいる。


 達人は気づく。


 自分の身体を黒い影のようなモノが覆いはじめている事に。


「うわっ、なんだこれ?!」


「落ち着いて。達人の脳天気さにはばまれて侵食できないでいるだけ」


「し、侵食って……」


 何か言いかけた達人を無視して、少女は右手を振り上げて勢い良く振り下ろす。


「えっ?!」


 自分が攻撃されたように思えたが、覆っていた黒い影のようなモノが消滅していた。


「コイツは先兵。多分本体が近くにいる」


 そう言って部屋の窓を開けて外を見回す少女。


 夢の中なのだが、外と同じ深夜の闇の中。


「舐められてるわね」


 呟く少女の視線の先に、笑顔で小さく手を振る朝霧澪が居た。


「朝霧さん……」


「アイツが夢魔ね」


 その言葉に達人は衝撃を受ける。


「夢魔に襲われた人間の末路は3つ。1つ目は消滅、『死』ね。2つ目は夢魔に取り込まれて夢魔になってしまうというもの」


「まさか朝霧さんも……」


「多分そのまさかね」


 2人の会話の最中、朝霧澪の身体がフワリと浮き上がりコウモリの様な翼を広げる。


 ゲームとかに出てくるサキュバスのイメージが近い。


 獏の少女も空中を歩くように空を飛ぶ。


「下がってて。アタシが憑いているってわかってて達人を狙ったのだとしたら、相当なバカか自信家って事になる。前者なら何も問題ないけど、後者だと骨が折れるかも」


 そう言って両手の平に光の玉を作り出し、夢魔こと朝霧澪に投げつける。


 澪はソレを余裕でかわし、同じように手のひらに黒い球体を作り出し、獏に向けて放つ。


 双方、球体の撃ち合いになるがどちらの攻撃も当たらず、時間が過ぎていく。


「しまった?!」


 獏が叫ぶ。


 撃ち合いの最中、澪は達人めがけて大きめの球体を放った。


 咄嗟に獏は達人の前に庇うように移動し、光弾で相殺するが、その球体の陰に隠れて放たれた小型の球体を食らってしまう。


「ユキ?!」


 直撃を受けた獏の姿を見てとっさに出た言葉に達人は困惑する。


 何かを思い出しながら言葉を紡ぐ達人。


「ミハラ ユキエ」


 それは昔よく遊んだ幼馴染の名前だった。




 夢魔に襲われた人間の末路、その3つ目は獏になるというモノ。


 夢魔に襲われる事によって悪夢に対する抗体の様なものができ、悪夢やソレを力の源にする夢魔に対抗できる存在になるのだ。


 達人の幼馴染、三原 幸恵ミハラ ユキエも夢魔に襲われ獏になった少女だった。


 小学校5年生のとき引っ越しした先で襲われ、人間ではなくなった幸恵。


 夢魔を狩る旅の途中、懐かしい町に立ち寄り、人間だった頃中が良かった達人之夢に潜り込んだのだった。


 小型の球体を食らい体勢を崩した獏、こと三原幸恵は澪と同じコウモリの様な翼を広げて立て直す。


「貴女もだいぶ私達に近づいているようね」


「近づいているって……」


 澪の言葉と幸恵の翼を見て動揺する達人。


「まぁ、普通の人間は知らなくて当然よね。獏って言っても悪夢に対して耐性があるってだけで、許容量を超える悪夢を取り込めば結局夢魔になっちゃうの。私みたいに」


「そんな……」


 澪の言葉に絶句し絶望する達人。


「大丈夫、勝つのはアタシだから。ドンと大船に乗ったつもりで構えてなよ」


 かばった背後で意気消沈する達人を幸恵が励ます。


「強がりとかじゃないよ。だって達人はアタシの事、思い出してくれたじゃん。夢魔に襲われた人間はね、獏になろうと夢魔になろうと消滅して人間の記憶から消えちゃうの。ソレを思い出してくれた達人がいるんだから絶対に大丈夫」


「絆の力って言いたいのかしら? 確かに貴女の事を思い出したのには驚いたけど、それだけよ。この状況からの逆転は無いわ」


 そんな澪の言葉を不敵な笑みで返す幸恵。


 達人にはこの笑みがハッタリや強がりではない事がわかった。


 過去に何度も彼女にイタズラをされ怒って追い詰めて、この笑みの後さらなるイタズラで酷い目にあっていたからだ。


「アンタが達人の夢に入った時点で勝負は決まっていたの。知ってる? 良い夢でも悪夢でもない『能天気な夢』って。この達人の夢がまさにそれよ!」


 そう言って幸恵が指をパチンと鳴らすと、夜だった夢の世界が急に明るくなる。


「えっ……、そんなバカな?!」


 急に慌てだす澪。


「ようやく自分の置かれた状況に気づいたみたいね。そう、これが達人の本来の夢よ。能天気な夢の力であたしの中の悪夢を浄化していたからその気配を隠していただけ。でもここからは違うわよ!」


 そう言った幸恵の翼がコウモリのソレから猛禽類の様な翼に変化する。


「昔、保育園で絵を描いたんだけど、達人が太陽を10個も描いていて度肝どぎもを抜かれたわ。4度見なんてしたのはアレが最初で最後ね」


 自分の過去のやらかしを晒されて頭を抱える達人。


 そして幸恵の言葉通り夢の中の空には10個の太陽が……。


 いやっ、それ以上の太陽が輝いていた。


「ふっ、増えてるぅ?!」


 幸恵が絶叫する。


「いったい、どんだけ能天気に拍車をかけてんのよ。アイツを脅かすつもりがアタシまでビックラこいたわ!」


「相沢くん、私達もう高校生よ?」


 澪にまでなんだか憐れみをかけられる達人。


「まぁいいわ。おかけでアタシの勝利が揺るがなくなったわけだし」


 そう言って澪に向かって両手をかざす幸恵。


 くっ、と澪が反応するより早く、その両手から放たれた閃光が彼女を包み込む。


「こんな……、こんな事で……」


「はいこれオマケ」


 必死に耐える澪に能天気な太陽から閃光が降りそそぎ、その姿を完全に消し去る。




 あの夢を見たのは、これで99回目だった。


「あっ、きたきた」


 ベッドの上で上半身を起こす達人に気づき、幸恵が振り向く。


「こんばんわ、達人くん。お邪魔してます」


 続いて澪が挨拶する。


 あの戦いの後、悪夢が浄化された彼女も達人の夢に住み着いていたのだった。


「せっかくだから3人で遊べるやつやろうよ」


 そう言ってゲームを物色しはじめる幸恵。


 そんな達人の部屋の外を照らす大量の太陽。


「私達みたいなのがあと1ダースぐらいいても平気そうよね」


 澪の言葉に苦笑いを浮かべるしかできない達人だった。

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