虫嫌いの中心教蟻

浅葱ナ

第一章「アーマイゼ・ラングトンはアリが大嫌い」

第1話「天才落ちこぼれ魔女の最高な1日」

「アーマイゼ、魔法ってのはイメージが大切だ。お前は【蟻魔術】のことをどんな魔法だと思ってる?」


「【蟻魔術】…イメージ…」


 蟻、蟻。ちっちゃくて、わらわら群がってて、それから…

 イメージ。ちっさな蟻が、沢山私の足に群がって……!


「う゛ぉえっ、吐ぁき気がっ…!」


 口の中に酸っぱさが広がり、それらは口を飛び出して…


「アーマイゼーー!!!」




⬛︎⬛︎⬛︎




 鬱蒼とした森の中を駆ける影が一つ。

 その影は木の間を走り抜けながらも何かに怖がるような素振りを見せる。


「はぁっ、もう少しでお家、もう少しでお家ぃっ!」


 しばらく走っていると陽の光を遮っていた頭上の木々が消え、影に光が当たる。


「到着〜っ!」


 急いで背負った籠を肩から下ろし、ドアノブを捻って素早く屋内にフェードアウト。




「危なかったぁ〜…なんとか今日も虫とのエンカウントは避けられた…視認してなきゃいないのとおんなじ!」


 机の上に籠を置き、頭に被った黒いとんがり帽子を壁のフックに引っ掛ける。

 …そう、彼女…アーマイゼ・ラングトンは魔女である。




 【魔女】…シンプルに言い換えれば生まれながらに魔法が使える人間の亜種。

 その名称の通り女性しかいない…訳ではなく、男性の魔女も存在する。ただし種族特性なのか体つきが女性らしくなってしまう。見た目だけでは皆女性に見えてしまう為魔女…なのだ。

 魔女は各地に部族があり、各部族がそれぞれ棲まう大自然を管理している。大森林、平原、砂漠、火山、海などなど…魔女は人口数が少ないものの各部族で団結し、魔女にだけ使える魔法の力を使って今日も生き延びている。




「えっと…これはケシ、こっちはイヌホオズキ…」


 カゴに入った薬草の名前を呟きながら一つ一つ仕分ける。薬品を作るのに使うのだ。


 魔女は生まれつき『固有魔術』を持っており、自然界に存在するエネルギーである『魔力』を集めることで『魔術』を発動することができる。固有魔術は様々な種類があり、例を挙げると火を操る【火魔術】、植物を繁茂させる【植物魔術】、物を収納できる【収納魔術】などなど多岐にわたる。

 魔女が使える魔術は基本的にこの固有魔術のみであり、後天的に固有魔術を獲得する方法は存在しない。


 しかし『魔法』は別だ。

 魔女の中では『魔法』と『魔術』は明確に区別されている。

 魔力を『固有魔術』を通して現象化するものを『魔術』、魔力をそのまま扱って何かしらの現象を引き起こすものを『魔法』と呼称する。

 故に魔女にとって魔法は共通の理論であるが、魔術は各人にとっての個性でありアイデンティティーそのものなのだ。


 そしてアーマイゼは魔法理論の天才である。この魔法理論というのは結界術などの基礎から魔法薬学などの応用を包含した魔法技術全体の理論に対する呼称で、いわば「魔法の使い方」である。アーマイゼは超天才的頭脳(自称)と天下無双の才能(自称)を持っており、幼い魔女が通う『幼き魔女の学舎ヘクストレーガ』の入学試験は当然主席、同級生で魔法理論においてアーマイゼに勝てるヤツは誰1人としていなかったのだ!


 しかし現実は無情。いくら頭が良くても、あるべき素養が欠けていては一人前とは認められない。




「えっと、これが…ベラドンナ?…いっぺんに何種類も採ってこなきゃよかった…仕分けがめんどくさいったらありゃしないのです」


 仕分けが終わり、種別に纏められた束の一つを持って部屋の中央に鎮座している鍋の中に放り投げる。


 アーマイゼは首につけていたスカーフを上げ、鼻と口を覆うようにして再度結び直す。


「なんで魔法薬学はこんな無駄に場所使う鍋使うこと前提で教えられるのか理解に苦しむのです。邪魔すぎなのです」


 壁に設置された棚からいくつかの瓶や袋を抱え、テーブルに置く。ビンの蓋を苦労して開け、中に入っている液体をじょぼじょぼと注ぐ。続けて色々な液体や小さな何かの塊、粉を鍋の中に続々と投入すると、部屋の中が変な匂いで満たされてきた。


 鍋の内容物を大きめのスプーンでかき混ぜ、火打石で薪に火をつけて鍋を加熱する。


 内容物が怪しげな色に変わってきたところでかき混ぜるのをやめ、鍋の下…床にデカデカと描かれた魔法陣を確認して鍋から離れる。


 棚から分厚い本を取り出し、ぺらぺらとページをめくって何かを探す。




「ふぅ……かつて病に伏せりし時、賢者の呪言が汝を救った。今病に伏せりし時、凡人の智識が汝を救うだろう。三つの神秘の名の下に命ずる。『調和をもたらしたまえ』」


 アーマイゼがそう唱えると魔法陣が淡く発光し始め、鍋の中に変化が生じ始める。

 ぼこぼこと泡が立ち、鍋の内容物が妖しく光る。辺りに臭気が漂い…煙を上げて爆発した。


「けほっけほっ…くっっさ!何度やっても慣れないのです…」


 ぱたぱたと手で臭いを払いながら鍋の中を覗き込むと、内容物は少し濁った緑色の液体に変化していた。


「えーっと、容器はどこに置いて…あったあった」


 液体を掬い、瓶に注ぐ。最後に鍋の下に残った沈殿もスプーンでかき集め、布で水気を絞って袋に詰める。


 換気のために窓を開け、モップを取り出して鍋の周りの床を拭く。


「今日のノルマはこれで終わりっ!休憩にするのです!」


 お皿にクッキーとお茶を乗せ、とんがり帽子を再び被って外に出る。家から少し離れたところにある木製のテーブルに荷物一式を置き、近くに流れる川まで歩いて手を洗う。




「はー…至福のひとときなのです…」


 暖かいお茶を啜ってクッキーをひとかじり。どちらもアーマイゼのお手製だ。


 口をもぐもぐと動かしながら天を仰ぎ、これまでの苦労の日々を振り返る。

 なんだ、暮らしていけるじゃないか。


「師匠…私は元気にやってますよ…草葉の陰から見守っていてください…」


 さわさわと、風が木々を撫でる音が心地よく鼓膜を打つ。木の葉の間からきらきらと陽光がきらめき、幸せな気分になる。

 …たった今、アーマイゼが違和感を覚えるまでは。




「…誰かが森に入ってきたな」


 アーマイゼは家を中心とした森の広域に結界を設置しており、生物の侵入はもれなくアーマイゼに筒抜けなのである。

 反応は動物にしては大きい。人か…魔女か。右へ左へと拙い足取りで進んでいる。この様子だとアーマイゼのことは知らず、ただ迷い込んだだけの可能性が高い。


「どうやって追い返そうかな…私が出張るわけにはいかないし…私には動かせる眷属もいないし…」


 できる限り他者とコミュニケーションを取りたくないし、家の場所がバレたらマズい。しかし侵入者は徐々にアーマイゼの家の方に近づいてきており、このままでは接触は避けられない。




「……仕方ない。ほんとに嫌だけど、やるしかないのです…」


 スカーフを今度は目元まで上げ、目を覆い隠すように頭の後ろで結ぶ。

 そのまま椅子を後ろに引いて深く座り、渋い顔をしながらクッキーを遠くの地面に投げ捨てる。


「視認しなきなきゃいないのと同じ、視認しなきゃいないのと同じ…っ!……………よし、やろう。【蟻魔術】、発動」




 放り投げたクッキーを中心として紫に発光する巨大な魔法陣が地面に刻まれる。




「小さき軍勢よ、アーマイゼ・ラングトンの名の下に命ずる。我が招きに応じ、その命を捧げよ…『蟻湧軍アーマイゼ・ゾルダート』」




 魔法陣の上からクッキーが消失し、魔法陣が一際強い光を発する。


 そして…蟻。見える範囲の地面を覆い隠す程に大量の蟻が顕現する。


「ゔ………行け。侵入者を追い返せ」


 蟻の大群は一つの意思を持った生物のように蠢き、進軍を開始する。




「はぁぁぁ…行った?気持ち悪ぅぅぅ…」


 アーマイゼは今、ティータイムを妨げられた上に大嫌いな虫を近くに感じてしまい最悪な気分なのだ。


「…ったく、最悪なのです。侵入者が気に食わなかったらそのまま食ってやるのです…」


 スカーフに覆われた暗い視界の中、アーマイゼは呟く。

 そう、彼女は気付かれるわけにはいかない。勘付かれるわけにはいかない。




 なぜなら彼女は…黒魔女エキドナなのだから。




★★★




 おはこんばんちは、作者です!

 黒魔術ファンタジー、開幕だー!!


 ちょこっと説明にあった魔女の男性が…の件ですが、設定的には女性ホルモン的物質が分泌されやすい種族ってコトです。ホルモンはちょっと世界観にマッチしてないかな…と思い説明をはしょりました。


 ぜひアーマイゼちゃんの冒険譚を楽しんでくれよな!


(見切り発車なので次のお話の更新日は未定です。ストックができ次第放出していきます!)

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