第34話 新生!伊織一葉!




 ミャーちゃんの風邪は、結局日曜日まで続いたどころか、その翌日の月曜日まで続いた。その結果、彼女の両親はもちろん、八坂さんや哲平にも土曜日のことがバレる結果となってしまった。


 僕は彼女の家に泊まりはしなかったものの、土曜日は夜九時まで、日曜日は朝から彼女たちの両親が帰ってくる少し前まで彼女の家にお邪魔して、看病っぽいものをしていた。


 彼女のことが心配だったので、バイトは土曜の夜のうちに連絡して、休ませていただきました。ごめんなさい。


 まぁほとんどは、ミャーちゃんと話していただけ――あとは、彼女が寝ている間に漫画を読ませてもらったぐらいである。特にイベントらしいイベントはなかったけど、なんだか幼少期を思い出すような穏やかな気持ちになることができた。


 しかし……ミャーちゃんはいくらなんでも僕に心を許し過ぎている気がする。

 男を無警戒に部屋に入れちゃってるし、男の前で無防備に寝ちゃっているし。


 もしかしたら、ミャーちゃんって僕のことが好きなのか!? なんてことを考えたりもしたけど、もしそうだとしたら、八坂さんと僕の関係を応援しているというのが謎すぎる。


 僕のように、密かに関係を深めることを狙っているならまだしも、彼女の行動とか表情とかを見るに、本気で僕と八坂さんのことを応援してるみたいだしな。


 まぁもしそんなことになっていたとしたら、僕は必然的にミャーちゃんに全力土下座をしなければならないから、平和でなによりである。


 ミャーちゃんのためにも、そして八坂さんに好意を抱いている僕のためにも、土曜日と日曜日のあれやこれやは二人だけの秘密ということにした。ただし、ミャーちゃん、カズくんという呼び名に関しては、彼女からの要望もあり継続することに。


 熱に浮かされていた彼女が『伊織くんのペットでもいいかなぁ』なんて発言をしていたけど、僕はそんな意図をもって呼んでいるわけじゃないから! そこは勘違いしないように。


 彼女の心の奥底にペット願望があるということは僕の心の内に隠しておくことにして、火曜日だ。


 ミャーちゃんは風邪から復帰して(月曜日の時点でほとんど回復していたようだが、念のため休んだとのこと)、僕らに土曜日の件を謝った。


 月曜日の時点で、八坂さんがチャットで『もしかして熱が出てこれなかったのでは?』という追及をして、ミャーちゃんが白状していたのだ。たぶん、長引いてしまったから隠し切れないと思ったのだろう。


 そして哲平は哲平で、バイトのヘルプによるドタキャンを謝罪。僕と八坂さんは『気にしてない』と答えて、この件はおしまいだ。


「そう言えば、聞いてください美弥さん。伊織くんがようやく普通に話してくれるようになったんですよ」


 昼休み、いつものように学食に集まって食事開始。


 八坂さんは箸を動かすことよりも口を動かすことを優先し、ミャーちゃんに声を掛けていた。僕がミャーちゃんと呼ぶことになったのをきっかけに、八坂さんもミャーちゃんのことを名前で呼ぶことにしたらしい。そしてミャーちゃんもまた、八坂さんのことを『麗華ちゃん』と呼ぶようになっていた。


「これからがカズくんの本領発揮だね。すごく話しやすいんだよ」


「えぇ、それはこの二日間でとても実感しています。言葉遣いだけじゃなくて、自信に満ち溢れた言動というか、ちょっと自信過剰なぐらいですけどね」


 八坂さんはそう言って僕を見ると、クスクスと笑う。以前なら彼女に対して『綺麗』という印象を強く持っていたが、一緒に過ごすようになって『可愛い』と思うことが増えるようになった。


 今日も可愛いですよ。抱きしめていいですか? ダメですか……。


「なぜか八坂さんに対しては人見知りが発動しちゃってたんだよな。だけど、もうそれは克服した。これからは新生伊織一葉を楽しみにしていてくれ」


「ふふっ、楽しみにしていますよ」


 またもや八坂さんはクスクスと笑い、その隣でミャーちゃんは「んへへ」と笑う。


 うむうむ。とても良きかな。八坂さんとの距離は言葉遣いが改善されたことによりめちゃくちゃ近くなったようだし、ミャーちゃんとも昔のように――とまではいかないかもしれないけど、また仲良くなれた。


 ちょっと気分が良いし、ここらで僕もサポートらしいサポートをしておくか。

 八坂さんから協力をお願いされているのに、何もしないのは申し訳ないし。


「お、八坂さんの今日の弁当、上手そうだな。この端のやつはアジフライ?」


「え、えぇ、そうです……お魚は私、あまり好きじゃないんですよね。このようにフライになっていればマシなんですけど、あのギョロっとした目を想像しちゃって。健康のためにとお母さんが……」


 もちろん知っている。彼女が魚嫌いなことは前の昼食の時に聞いていたからな。

 そして、今日彼女のお弁当にはそのアジフライが二つ入っていた。


「哲平、一つ手伝ってあげたら? お前魚好きじゃん」


 僕がそう言うと、八坂さんはボンっと効果音が鳴りそうなほど急激に赤くした。そして哲平は、「まぁ、残すぐらいなら俺がもらいたいな」と平然と口にする。


 しかし哲平はここで八坂さんのことが好きな僕に気を利かしてくる。


「伊織はいらないのか? 別に魚が嫌いってわけでもないだろう?」


「今日の僕のアンラッキーアイテムは魚だったんだよ。だから食べられない」


「ラッキーアイテムじゃなくてアンラッキーアイテムを教えてくれる占いがあるのか……」


 僕の言った適当な嘘を信じてくれたようで、哲平は肩を竦めた。そして、八坂さんに向けて「いらないなら俺が貰おう」と口にする。


 その言葉を聞いて、八坂さんは勢いよく僕を見た。助けを求める視線である。

 これ、どうしたらいいんですか!? という心の叫びが聞こえてくるようだ。


 大丈夫さ八坂さん。僕はきちんと最後までサポートしますとも。僕と八坂さんの距離が縮まっていることはたしかなのだし、これぐらい余裕を見せても大丈夫だろう。


 この余裕が命取りにならないように、適宜気を付ければ良し!


「へい、ミャーちゃん」


「ん? どうしたのカズくん」


「ミートボールちょうだい。僕のうどんと肉とトレードしようぜ」


「う、うん――え?」


 ミャーちゃんは弁当箱をこちらにスライドさせようとして、止まる。僕が手を引っ込めて、口を大きく変えて顔を前に突き出したからだ。


「あー」


 声を出しながら、エサを欲する燕の子のごとく待機。すると、ミャーちゃんはおずおずと僕の口中にミートボールを突っ込んでくれた。


 もぐもぐと咀嚼しながら八坂さんにアイコンタクト。さぁ、やるんだ八坂さん。キミの憧れた『はいあ~ん』のチャンスだぞ!


 僕の視線を受け取った八坂さんは、顔を赤くしながらも神妙な面持ちでゆっくりと頷く。


 しかし彼女がアジフライを掴もうとしたところで、哲平が自らの割りばしでひょいとアジフライを摘まみ上げた。


「ん? やっぱり食べたらダメだったか?」


 三人の視線が集中したことで、哲平が戸惑いの声を上げる。今日はパンではなく、僕と同じく学食だった哲平の手には、しっかりと箸が握られていた。


「い、いえ……どうぞお食べください」


「じゃあありがたく。八坂も俺の定食から好きなものを持って行っていいぞ。等価交換だ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「そんなに学食が好きなのか……?」


 哲平は八坂さんの喜びように若干引いた様子を見せていた。

 まぁ、好きな人の食べていたものを分けてもらえるから、嬉しいんでしょうよ。僕もいつか、八坂さんの弁当のおかずをもらいたいものだ。


「はい、ミャーちゃんも。好きなだけ食べていいよ」


「うん! ありがとねカズくん」


 そう言って笑うミャーちゃんを見て、ふと数週間前に考えたことが脳裏によぎる。




 この僕の恋愛の物語にタイトルを付けるとすれば、『片想いをしていた才色兼備の美少女に、不意打ちで告白された件』みたいな感じになるのだろうと勝手に思っていた。


 だけど、その張本人から告白されたのは俺の親友のことが好きだということ。


 そのためタイトル変更をするしかない状況になってしまったわけだが――なんだか、そんな単純な変更では済まないような……そんな予感がしている。





~~~~~作者あとがき~~~~~


これにて一章、完なのでございますが、

私の力不足&諸事情により、ここでこの作品は終わりにさせていただこうと思います。

楽しみにしていただいた方々、大変申し訳ございません。

この経験を糧に、自作に繋げたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします┏○ペコッ

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タイトル変更のお知らせ~なんか思ってたラブコメと違う!~ 心音ゆるり @cocone_yururi

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