第17話 伊織くんなら、いいよ……?
ミャーちゃんの目が気になり過ぎて暴走してしまった八坂さんだが、結局ミャーちゃんが頑なに拒んだことで彼女の目を見ることはできなかった。何気なく見られる分には構わないけど、注目されると嫌になるってこと、あるよね。
喫茶店で親交を深め合った僕たちは、夜の七時に解散した。
八坂さんとしても家でのグータラ状態を明かすのは想定外の暴走だったらしく、喫茶店を出ることには『私はなぜあのようなことを……』と大層恥ずかしそうにしていた。僕はそういう八坂さんも好きですよ。恋は盲目というやつなのかな?
僕とミャーちゃんは八坂さんを駅まで送り届けたのち、いつも通りのバスに乗る。
降りるのはミャーちゃんが先なので、僕が窓側、ミャーちゃんが通路側。それなりに人はいたけれど、僕らが乗るバスは駅出発だから人もまだ少なく、座るのは簡単だった。
「ぬいぐるみありがとね、伊織くん」
「おー。しかしまさかそこまで羽仁麻さんがそのぬいぐるみが好きとは思わなかったな。あれからずっと抱きかかえたままじゃん」
「んへへ、気に入ったの」
「そりゃよかった。獲ったかいがあるよ」
「うん、よかったの」
ミャーちゃんはそう言って、愛おしそうにぬいぐるみを抱きしめる。それから、思い出したように「そうだ」と口にして、胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
そしてスマホをテシテシと操作して、僕に画面を見せてくる。
「これ、ぬいぐるみのお返しになるかと思ったんだけど、いる?」
「――っ!? ほ、ほしいです!」
ミャーちゃんが見せてくれた画像は、僕が八坂さんにクレーンゲームの指導をしてもらっているときの写真だった。ツーショットである。ばっちり盗撮していたらしい。
僕は顔を赤くしていて、八坂さんは真剣な表情。どっちが意識しているか丸わかりの写真だな。
「八坂さんには内緒だよ?」
「もちろんだとも――しかし、羽仁麻さんは意外と行動力あるよなぁ。学校にも漫画を持ってきてたろ? あれ先生に見つかったら没収だから気を付けろよ?」
「ば、バレなかったらいいの――画像、送っておいたからね」
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
ははー、と土下座する勢いで頭を下げて、自分のスマートフォンを確認する。そこにはしっかりと僕と八坂さんのツーショット写真が納められていた。
こいつは絶対に出回らないようにしておこう。ミャーちゃんは僕に送信したあとに画像を消したようだし、僕がこの写真をしっかりと管理すれば問題ないはず……!
「ふう……それで、今日は羽仁麻さんに付き合ってもらったわけだけど、ちゃんと自分も楽しめた? 僕らだけ楽しんじゃってない?」
「全然そんなことないよ! 誘ってくれてありがとう。――あ、これは今日一緒に遊んでくれたお礼」
そう言いながら、ミャーちゃんは鞄をごそごそと漁る。やがて、一本の棒キャンディを取り出した。持ち手を持って、「んへへ」と笑う。
「はい、伊織くんが好きなのはコーラ味だよね?」
「おぉ……よく見てるな――じゃなくて、もしかして昔のこと覚えてたのか?」
「うん、伊織くん、そのキャンディのコーラ味が好きだもんね」
ニコニコと嬉しそうに言いながら、彼女は僕の手に棒キャンディを乗せる。というか、ミャーちゃんも同じものが好きなのだろうか? だって鞄に入っているってことは――あぁいや、僕に渡すために事前に買っておいたのか。
「これじゃ僕が貰いすぎじゃないか? というか、『遊んでくれたお礼』ってのは良くないと思うぞ僕は。それは人間関係として公平じゃない」
「だ、だめかな?」
「ダメです。だからこのキャンディは……そうだな、また羽仁麻さんと仲良くなれた記念ってことで。僕も何か今度買っておくよ」
「もうぬいぐるみ貰ってるよ?」
「そのぬいぐるみは写真で相殺されたんだよ。だから棒キャンディの分は、期待せずに気長に待っていてくれ」
「んへへ、わかった、そうするね」
よし、納得してくれた。貰いっぱなしは良くないですからね。
さっそくミャーちゃんからもらった棒キャンディを開封して咥えると、スマートフォンが震えた。
「――ん、八坂さんがチャットのグループ作ったみたい。羽仁麻さんにも通知がいってると思うよ」
「あ、本当だ。参加しておくね」
たぶん電車に揺られながら作成してくれたのだろう。ありがたい。
「お? 写真だ」
僕らがグループチャットに参加してすぐに、八坂さんから『今日のことはくれぐれも内密にお願いします』という丁寧な文章が送られてきて、さらに追加で『今日はお二人の様子が微笑ましかったので、勝手に写真を獲ってしまいました。すみません』という言葉。
送られてきた画像は、僕がミャーちゃんに獲得したぬいぐるみを渡しているシーンだった。ミャーちゃんは俯いていて、目元は隠れてしまっているがたぶん僕を見上げているのだと思う。ぬいぐるみを貰うのが高校生らしくないと思ったのか、少々照れていた。
「あははっ、ミャーちゃんすごく嬉しそうな口元だな。それだけ気に入ってるってことか。よかったよかった」
「う、うん……嬉しかったよ?」
ミャーちゃんは画像に目を向けたまま、そう口にする。ここまで喜ばれたらぬいぐるみを乱獲したくなるが、さすがにいっぱいあったら困るだろう。
そういえば八坂さんはクレーンゲームで獲ったぬいぐるみ、どうしてるんだろう? 部屋に飾ってるのかな? もはや部屋がぬいぐるみで埋め尽くされるぐらい持ってそうだけど……ホコリとか溜まって大変そうだ。
『今日は無理に目を見ようとしてすみませんでした羽仁麻さん、いま電車で反省してます』
『気にしなくて大丈夫だよ。でも、見せるのは恥ずかしいから、たまたま見ることができたらラッキーってことにしておいてね』
『そう言っていただけると助かります』
グループチャットに目を向けると、八坂さんと羽仁麻さんのやり取りが見える。
ミャーちゃん、基本的に恥ずかしがり屋だからなぁ。八坂さんと普通に喋れているから照れ臭さとかないのかと思ったけど、そういう訳でもないらしい。
「ちなみに、僕が見たいって言ったら見せてくれるの?」
「うん? 私の目のこと?」
「うん」
「そ、そんなに伊織くんのことを満足させられるようなものじゃないと思うけど……はい、どうぞ」
最初に謙虚な姿勢を見せたから『やっぱり恥ずかしいのかな』と思ったが、あっさりとミャーちゃんは片手で前髪を持ち上げて、僕に目を見せてくれた。
真っ黒で大きな黒目、ぱっちりと綺麗なラインの入った二重瞼、緊張しているのか、長いまつげは細かく震えている。まっすぐに僕を見た彼女は、徐々にピンクだった頬を赤に変えていった。
彼女が恥ずかしがっている部分をめくって見せてもらうってさ……なんだかスカートをめくってるような罪悪感があるんですが。僕はいま、ミャーちゃんにパンツでも見せてもらってるのか?
「ど、どうかな?」
「うん、ぼんやりとしていた記憶が補完された。やっぱり羽仁麻さんの目は綺麗だな」
下品な脳をリセットしつつ僕がそう言うと、ミャーちゃんは照れ臭そうにはにかみながら前髪を下ろして、両手でクシクシと髪を整える。
「んへへ、ありがと――また見たくなったらいつでも言ってね。伊織くんなら、大丈夫だから」
どうやら僕は彼女の目を一度見たことのある人物ということで、何度でも見ていいようだ。また見たくなったら、お願いすることにしよう。
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