べとべとさん

平中なごん

一 足音

 その夜、わたしは職場の飲み会後の気の合う女子社員だけの二次会が大いに盛り上がりを見せたため、うっかり終電を逃すこととなった。


 といっても、家までの距離は二駅くらい。タクシーを呼ぶのももったいないし、わたしは酔い醒ましがてら、ぼちぼち歩いて帰ることにした。


 わたしは某地方都市に暮らす20代後半のOLである。地方なので公共交通機関の本数も大都市のように多くはなく、また終電も早いので間に合わなかったわけなのだが、まあ、困るのはそれくらいのことで、さほど生活に不便はない。


 二駅くらい歩くのも、運動不足の現代人にとっては良いウォーキングというものだ。


 ほろ酔い気分で火照ほてった頬に、夜風もたいへんに心地良い……気分が良いせいか、歩くのは思った以上に苦にはならず、いつしか賑やかな駅前の繁華街を抜けると、あまり時間を感じぬうちに閑静な住宅街へと入っていた。


 ここから自分のマンションへ向かうルートには二つの選択肢がある。一つは大通りに沿ってカクカク・・・・と無駄に90°曲がりながら進むコース。もう一つは脇道に逸れ、狭い裏道をクネクネとより直線的に最短距離を行くコースだ。


 大通りを行くのは夜でも明るいし安全だが、いかんせん遠回りである。一方、裏道は暗くて人気ひとけがなく、女性一人で歩くのにはちょっと怖いが反面、近道だ。


 普段のわたしならば、きっと大通りの方を選択していたのだろうと思う。だが、お酒の力で気が大きくなっていたせいなのか? わたしはいつになく裏道の方を行くことにした。


 別に歩くのも苦でなかったが、いつもと違う方を選んでみたいというか、なんだかちょっと冒険をしてみたくなったのである。


 大通りを途中で折れ、街灯もあまりない暗くて狭い脇道へと入る……わたし以外に人影もなく、確かに淋しい雰囲気ではあるものの、人がいないということは逆に警戒する必要もないのでむしろ安心かもしれない。


 そうして逆説的な安心感も抱きつつ、独り占めの夜道を軽快に進んでゆくと、前方にはよくある都市型の公園が見えてくる。


 ここら辺に住んでる人々の憩いの場所であり、昼間には暖かな陽光の下、散歩の老人や小さな子を連れたお母さん達で賑わっているのだろうが、もちろん今は寒々とした蒼白い街灯の光と、何一つ動くもののない静寂によって包まれている。


 だが、不気味な感じはまったくしない……というより、やはり酔っているせいなのかもしれないのだが、その時が止まったかのような静けさには神々しさすら感じる。


 そんな静謐せいひつの景色を横目に、変わらず歩き続けるわたしであったが、その時ふと、自分の奏でる足音になんだか違和感を感じた。


 カツン、カツン…と、ローファーの低いヒールのアスファルトに刻む足音が、なぜだか二重に重なって響いているように聞こえるのだ。


 ……いや、これは重なっているんじゃない……もう一つ、自分とは違う足音が後からついて来ている。


「……!」


 わたしは咄嗟に、歩みは止めぬまま背後を振り返る……だが、後方に続く閑散とした夜の道には、予想に反して誰の姿も見えなかった。


 気のせいかな……。


 ちょっと酔ってはいるし、空耳でもないが地面に反響するヒールの音がそんな風に聞こえただけなのかもしれない。


 そう判断を下したわたしは正面を向き直ると、そのまま気にせず歩みを続ける。


「…………?」


 が、自分の足音に耳を傾けながら進んでゆくと、やはりもう一つの足音が重なって聞こえるように思えるのだ。


 そこで、今度は不意に足を止めてみる。


 え……?


 すると、わたしの足音とはわずかにズレて、もう一つの足音も同じように止まった。


 おかしい……確かに今、重なっていた足音はわずかな時間差を置いてから止まった……しかもその音は、ローファーのヒールと少し違う響き方をしていたようにも感じた。


 瞬時に強い恐怖心が湧き起こり、急に心臓がバクバクと鼓動を刻み始める中、今度は恐る恐る、ゆっくりと背後を振り返ってみる……。


 しかし、やはりそこにはしんと静まり返った夜の景色が広がっているだけである。


 やっぱり気のせいなのか……もしかしたら、お酒で鈍感になっているけど本当は暗い夜道に少なからず不気味さを感じていて、それでこんな幻聴を覚えてしまうのかもしれない。


 ……そうだ。気のせいだ……誰もついて来たりなどしていない……。


 やや強引に、わたしは自分に言い聞かせるようにしてそう宣言すると、再びカツカツとヒールを地面に叩きつけて歩き出した。

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