比良田家の遺書

結城からく

第1話

 ある朝、事務所のポストに茶封筒が入っていた。

 表には達筆な字で「遺書」と書かれている。

 切手は貼っておらず、住所や名前は一切書いていない。

 誰かが直接投函したようだ。


「イタズラか……?」


 訝しみながら封筒を破って開ける。

 中には折り畳まれた便箋が入っていた。

 俺は一行目を読んでぎょっとする。


『インチキ霊能者の笹垣君へ』


 俺は便箋をくしゃくしゃに丸めてポケットに押し込む。

 慌てて周囲を見回すが誰もいない。

 念のためポスト周りにカメラや盗聴器が付けられていないか確かめるも、これといった異常はなかった。


(一体、こんなことを……)


 俺は事務所の中に戻ろうとする。

 その時、バイクに乗った郵便配達員がポストに何かを入れた。

 俺はすぐさま確認する。

 それはさっきと同じ茶封筒だった。

 ただし表面には「遺書2」と書かれている。


 俺は茶封筒を持ったまま眉を寄せる。


「何だこれ」


 随分と手の込んだ仕掛けだ。

 俺は訝しみながら中に入っていた手紙を読む。


『君が一通目を読まないことを見越し、こうして二通目を送っている。無駄な抵抗はやめた方がいい。三通目を送らずに、君の詐欺行為を告発してもいいのだよ。それが嫌なら素直に続きを読んでほしい』


 おそらく筆で書かれた、非常に達筆な字だった。

 習字の手本と言われても信じるような美しさである。


 ただし、内容については気に食わなかった。

 俺を脅したいのが見え見えだし、偉そうな物言いも嫌いだ

 何よりこちらの行動を先読みしているのがムカついた。


「ふざけやがって。誰の仕業だ?」


 指示に従うのは癪だが、続きを読まないと相手の正体も分からない。

 腹が立つ気持ちを抑えて、俺は便箋を読んでいく。


『私は比良田仙心。予知能力者だ。君との面識はない。今日は君に依頼したいことがある』


 荒唐無稽な自己紹介に笑う。

 やっぱりイタズラだ。

 そうでなければ重度の電波野郎である。

 この時点で読み続ける価値はゼロになったわけだが、俺は次の文章に注目する。


『君はこの文章をイタズラと思ったはずだ。だから先に依頼の前金を渡そうと思う。一時間後に●●駅の宝くじ売り場で下記の番号のくじを買ってほしい。それで私の能力が本物だと分かるはずだ」


 俺がイタズラと思うこと所まで先読みされている。

 いや、そんなことはいい。

 前金として宝くじの購入を促すとはどういうことだ。

 まさか、予知能力で一等でも当てるのか。

 さすがにふざけすぎている。


 手紙にはご丁寧に宝くじの番号が記載されていた。

 場所はいつも俺が利用するスーパーに併殺された売り場である。


「ったく、馬鹿馬鹿しい……」


 俺は二通の茶封筒をゴミ箱に投げ捨てた。

 そしてコートを着てから外に出る。

 今日はスーパーの特売日なのだ。

 よく分からんイタズラに時間をかけている暇はなかった。


 スーパーに到着した俺は、宝くじ売り場を一瞥する。

 誰も並んでおらず、すぐに買える状態だ。

 手紙に記載された番号は記憶している。

 俺は十秒ほど迷った末、売り場に足を運んだ。


(……一枚だけだし、試してみるか)


 たった数百円の出費だ。

 別に騙されたところで損はない。

 そう自分に言い聞かせて、俺は手紙で指定された宝くじを購入する。


 ――百万円が当選したのは、それから二週間後のことであった。

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