神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜

エピファネス

第一章 孤影、商道を往く

第一話 転生

 死の間際、人は何を思うのだろう。


 目の前が真っ白に染まる。意識は沈み、身体の感覚が遠のいていく。頭の片隅で「終わったのだな」と漠然と理解しながらも、何か未練が残っている気がした。


 ──いや、終わりではない。


 再び意識が戻ったとき、空気は生暖かく、淡い光が差し込んでいた。


 「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 自分の声だった。驚きと混乱が襲いかかる。体は小さく、自由に動かせず、言葉すら発せない。


 「この子の名は、呂明りょめい。我が子として迎え入れよう」


 低く響く声。視界に映ったのは、堂々とした男の姿だった。端正な顔立ちに、強い眼光。声に威厳があり、周囲の者が自然とひれ伏している。


 「……呂不韋?」


 その名を口にしようとしても、声にはならない。しかし、記憶は確かだった。史書の中で読んだ、戦国時代の伝説的な商人、そして後に秦の宰相となった男。彼の子として転生したのか?


 ──ならば、ここは戦国の世。


 現代のビジネス戦争を生き抜いてきた自分が、今度はこの混沌とした時代に生きるのか。


 呂不韋は幼い我が子を見下ろしながら、何かを考えているようだった。やがて、低くつぶやいた。


 「明、そなたの名には『光をもたらす者』という意味がある。この乱世を照らす者になれ」


 その言葉が、この新たな人生の幕開けを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る