配信者の憂鬱

「みんな~。今日はいま話題のコレ! じゃ~ん、『しおこん』をこれから食べてくよ!」


 陽気に笑いながら手に持っているカップ麺をカメラの前へと出し、ゆらして見せる。

 カップ麺をひっくり返し、いつものようにおっとりとした声をトミは出す。


「今日のトミくん配信は~。これを食べて感想を言ってくからね」


 パソコン上には『【絶対うまい】話題のカップ麺「しおこん」を食べてみる』のタイトルが表示されていた。

 タイトル下に表示された視聴者数と映った自身を見ながら、トミはカップ麺のフィルムを取り外す。


「おいしそう~。絶対うまいと思うんだよね、コレ。でもぜんぶ食べ切れるかな~」


 フタを開け、トミはにおいをかぐと目を大きく開いた。

 手の甲までのばした袖とともに両手をふって大きくリアクションする。


「においが本当、いいにおい。かいでるだけでお腹がもっと空いてきた。みんなにもかいでもらいたいよ~」


 お湯を入れる前に買うまでの苦労話と雑談をトミは始めた。

 カップ麺を食べる時には食べた味を何回も大きくリアクションして、配信しながらカップ麺を完食させた。


「ほんと、おいしかった~」


 高い甘い声で、萌え袖のまま指先をあわせる。


「ごちそうさまでした!」


 画面に映ったリスナーのコメント欄を見るとコメント上では「わたしも食べたい」、「仕草がずっとかわいい笑」、「トミくん癒されるー」、「細いからもっと食べないと」、「次なに食べるの?」と様々なコメントが上から下に表示され流れ続けていった。

 コメントを見ていく中で「もう配信は終わり?」というコメントをトミは目に入れ、ブリーチされたマッシュの頭を横に降った。


「うんうん、まだ21時だからね、もっと配信するよ~。でもいったん止めて、0時からまた配信再開するからね」


 また放送が継続すると知ったリスナーたちが喜びのコメントを書き、コメント欄の流れは早くなった。

 コメント欄では「また何か食べる?」、「何するの?」、「寝落ちするまで聞く」と思い思いのコメントが表示されていた。


「もうね、何も食べないよ。顔出し配信じゃなくて次はゲーム。メインクラフトをするよ」


 画面上では川を流れる桜の花びらのようにつぎつぎとコメントが流れ続けていく。「ゾルダのゲームやって欲しい」、「聞きながら安眠する」、「顔出し配信もっとして」、「他の配信者と時間かぶっちゃう」、「ライブ動画公開する?」、「楽しみー」。


「あ、録画公開はするよ~。じゃあいったん配信終わるね、またあとで会おうね。よかったら、チャンネル登録お願いね。ばいば~い」


 満面の笑みで両手を振り、放送終了ボタンを押してトミは配信を終了させた。


「ふぅー」


 配信が終わった安堵感と達成感から息を漏らす。

 両手をアゴの下に乗せ、真顔のまま画面を見る。視聴者数のメーターは約三千人をカウントしていた。

 二時間の配信で三千人。過去の放送と同じくらいの視聴者数であることをトミは確認した。


「……リスナーの数、増えなかったな」


 過去の録画のピケモンカード開封、激辛焼きそばを食べる動画、ゲーム配信、雑談配信の再生数も見て、再生数が最後に見た時からあまり伸びていないことを見るとトミはゆっくりとため息を吐いた。


「いま話題なのに……」


 前のほうがもっと視聴者数が多かった。次はどうしよう、炎上ネタはやりたくないし。頑張ったつもりだったのに……。

 頭の中で嫌な思いと考えがいつものように渦巻き出し、脳内を侵食し始める。

 箸と空になったカップ麺を持ち、トミはキッチンへと向かった。


「もう食べたくないな。けど食べる配信がコメントもリスナー数も多いし……」


 次に配信する内容を考えるも、いつもと同じように何も頭の中には浮かんでこなかった。

 ゴミ箱に入れた空のカップ麺の中を見て、頭の中と同じであるとトミは思い知らされる。


「頑張ったつもりだったのにな~」


 トイレへと入り、便器のフタを空けてしゃがみ込む。

 両腕の袖をまくり上げ、いつもと同じように指を口内へと突っ込み、胃の中に入っているものを吐き出した。

 先程、胃の中に入れたものが原型を変えて便器の中へと撒き散らされる。

 香辛料や胃液の匂いが喉元と鼻へとまとわりつく。

 何度か吐き出し、胃が空になって、咳き込む声と荒い息が涙とヨダレと共に吐き出された。

 手に目を落とすと、指先についた自身のヨダレと一緒に指先の根に付いた咬みダコが目に入った。付いていたかさぶたが剥がれ、微量に出血していた。

 手を裏返し、手首にある同じように付いたリスカ跡とかさぶたを見る。


「何してんだろ……」


 力を脱力させ、トミはそのままうずくまって顔を太ももへと向けた。

 涙と唾液がこぼれ落ち、ズボンへと染み込んでゆく。そして頭の中ではぐつぐつと嫌な思いがいつものように巡り出していた。

 配信を始めたことで承認欲求が満たされた。

 小さな世界で知名度を手に入れて、居心地の良い場所だった。

 自分に自信がなかったから、ちやほやされて嬉しかった。

 気づけばもっと認めて欲しくて、もっとネットに居場所を求めるようになっていた。

 みんなの興味が一過性のもので、面白くなければみんなが離れていくって思うと怖くて仕方がなかった。

 そして、今この状況から抜け出せなくなってしまっていることに、何をどうすればいいか分からなくなっている。

 浮かび上がる嫌な考えを振り払いながらトミは立ち上がった。

 SNSでエゴサしていいねを押して、次の配信の準備をしないと……。


「……誰か、助けて」


 トイレの水を流し、吸い込まれていく水をトミは見つめ続けた。


(終)

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配信者の憂鬱 頭飴 @atama_ame

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