夏休みの悪夢
池平コショウ
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
毎年、夏の間に一度は同じ夢を見る。以前は脂汗でびっしょりになりながら飛び起きたものだが、最近は冷静に対応できるようになっていた。
昼寝から目覚めたぼくはゆっくりと体を起こして背伸びをする。縁側にかけたヨシズの隙間から真夏の太陽が透けて見えた。年代物の扇風機がまったくやる気なくカタカタと首を振っている。
いま見たばかりの夢を思い返してみる。夢の中でぼくは夏休み最終日に泣きながら宿題をやっている。
この悪夢は小学校最初の夏休みに受けたトラウマが基になっている。
その夏、ぼくは毎日プール通いつづけ、遊びほうけて宿題を溜めに溜め込んだ。自分が置かれた現実の厳しさに気づいたのは夏休み最終日。切迫感と絶望感が入り交じったプレッシャーの中で吐きそうになりながら母親に泣きついた。
「だから、宿題は毎日少しずつでもやっておきな、って言ったでしょ」
「そんなの今さら言われてもしょうがないよ」
逆ギレ。
「でも、日付が変わるまであと八時間あるから、がんばって」
「八時間しかないんだよ」
八つ当たりだとわかっていても当たる相手がそこしか見つからない。
帰宅した父親にも手伝ってもらって、やっと宿題が終わったのは日付が変わってからだった。
あんな思いは二度とごめんだ。ごそごそと夏掛け布団を片付けていると廊下から母親の声がした。
「あんた、宿題は大丈夫なの?」
「大丈夫。終わってるよ」
部活動は夏休み前に引退していたし、今年は受験生ということもあって計画的に勉強できた。
そこに弟が帰ってきた。
二歳下の弟は夏休みのたびに泣き叫びながら宿題を仕上げているぼくを見て育ったためか、着実にコツコツと宿題を片付ける。
ヤツがぼくの机を見て言った。
「悪いね。ぼくの宿題までやってもらっちゃって」
「はぁ?」
「その問題集。ぼくの中学1年用だよ」
あわてて表紙を確認する。
「なんてことだ!」
「数学が苦手な弟のかわりに宿題をやってくれたんじゃないの? 弟思いの優しいお兄ちゃんが」
頭が真っ白になった。冷や汗が吹き出す。
「じゃあ、オレの問題集はどこ?」
「あっ。ここにあった」
弟は中学三年用の問題集を自分の机の陰から引っ張り出した。
夏休みの悪夢 池平コショウ @sio-
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