第4話 帰り道

 俺は神代さんと共に、駅までの帰り道を帰ることになった。


 気まずい! 気まずすぎる!

 なんせ隣にいるのは、去年の文化祭のミスコンで優勝した、あの神代さんだぞ!?

 学年問わず、学校中の男子から好かれている彼女と、なんで一緒に帰ってるんだ俺は!?

 こんな姿を誰かに見られでもしたら……

 はぁ……神代さんはなんで俺と一緒に帰ろうとなんて言ったんだろうか?

 自転車を漕いで帰った方が絶対に早いし、俺の弱みを握っているのだから、もっと厳しい条件でも良かったはずなのに……


「ねえ影山君……」


 すると突然、神代さんが俺に話しかけてきた。


「は、はい」


「私ね……実は、前から影山君のこと、気になってたんだ」


 は、はぁ!? いきなり何言ってんだ神代さんは!?


 神代さんの突然の告白に、俺は動揺する。


「ど、どうしてですか? こんな俺みたいな奴」


「私ってさ、昔から周りよりも運が良いみたいでさ……」


 それは言われなくても分かる。

 むしろあれは運が良いどころじゃないぞ。


「でもね、そのせいで、昔から色んな人に妬まれたり、いじめられたりしてたんだ」


「えっ……」


 あまりに衝撃的な内容に、俺は言葉を失う。


「この高校の人は、皆良い人なんだけど、周りからは運が良い運が良いって言われるせいで、私にとっては、何が普通で何が運が良いのか分からなくなって、幸せを幸せに感じられなくなってた……」


 そう言えば、当たり付き自販機も、毎回当たるからそういう仕様かと思ってたとか言ってたな。


「それで、皆と感覚がズレてるせいで、またいじめられちゃうんじゃないかなって思って……」


 そういう神代さんの声は、どこか小さく震えていた。


「けど、ある時、学校一のアンラッキーボーイがいるって噂を聞いて、それが影山君だったんだ!」


 え? 俺そんな呼ばれ方してたの?


「見てみたら本当に不運な事ばかり起きてて、私には有り得ない事ばかりだったから、ちょっと羨ましかったんだ」


 俺の不運を羨ましがるなんて……神代さんは相当自分の運に悩んでたんだな……

 まあ、それは俺もだけど……


「そして、今日の朝、私に初めて訪れた不運……影山君からしたら不運な事だったのかもしれないけど、私は嬉しかった」


 そして、神代さんが顔を少し下に向け、ボソッと小さな声で何かを呟く。


「初めて幸せを教えてくれた人……」


 俺は神代さんが、最後になんて言ったのか聞き取れなかった。


「か、神代さん……?」


 下を向いていたから、調子が悪いのかと、俺は彼女の心配をする。

 すると、すぐに顔を上げて、神代さんはいつもの表情に戻った。


「ううん、ごめんね急に変な話しちゃって!」


「いや……分かりますよ……」


「え?」


「俺も高校入るまでは、散々いじめられてきましたから……」


 俺がそう話すと、神代さんは申し訳なさそうに俯いた。


「俺はこの不運体質のせいで、今まで周りからは邪魔者扱いされてきました。一緒にいると、周りの人に迷惑をかけてしまうので。だから高校では、なるべく人との関わりを避けて、周りに迷惑をかけないようにしてきました」


「……」


「でも、初めてですよ。俺の不運を嬉しいだなんて言ってくれた人……」


 俺は笑顔で神代さんの顔を見ながらそう言った。


「影山君……ふふっ」


 すると神代さんは、小さく笑って、俺との距離を縮めてきた。


「なんだか私たち、真逆なのに似てるよね」


「そうですね……」


 普通なら、人にこんなに近づかれたら、反射的に避けてしまうのだが、神代さんのことを知った今、なぜか離れようという意思が、頭の中から消えていた。


「あ! お〜い! 陽花〜!」


 その時、後ろの方から女子生徒の大きな声が聞こえてきた。

 その声に、神代さんは後ろを振り向く。

 それに続いて、俺も声のする方へと目を向ける。


「げっ……!」


「え〜! 陽花〜影山と付き合ってんの〜!?」


 なんとそこに居たのは、歩道橋の上から俺たちを見下ろす、同じクラスの園部さんと、他クラスのギャル仲間だった。


「ちちちちち違う! 違うから!」


 急にそんなことを言われて、神代さんは顔を赤らめながらも、必死に弁解しようとしていた。


「え〜! だって肩寄せあってたじゃ〜ん!」


 園部さんはニヤニヤして見ているだけだったが、後ろの2人がやたらとウキウキしながら話をしてくる。


「かかかか影山君! 私こっちだから、もう帰るね! じゃあね!」


 すると神代さんは、弁解不可だと思ったのか、焦った様子で早口になりながらそう言った。


「わわわわ分かりました! 俺ももう帰ります! さよなら!」


 そうして俺たちは、その場から逃げるようにして、超スピードで走り去っていった。


 その頃、歩道橋の上では……


「やばやばやば! 陽花、影山君のこと好きなの!?」


「いやもうあの距離、絶対付き合ってるって!」


「やばぁ! 特大スクープじゃん! 早く皆に知らせないと!」


 2人がそんな会話をしている中、園部さんは腕を組みながら2人を静観していた。


「待った!」


 その時、園部さんが、2人のスマホを動かす指に待ったをかけた。


「え? どうしたの美姫みきっち?」


「急に大きな声出して……」


 すると園部さんは、ある話を話し始める。


「2人とも、恋愛ネタっちゅうんは、慎重にならなあかん。軽率にそういう噂を流すと、痛い目ぇ見るんはウチらや。ウチが2人のことよーく見張っとくから、それまで他の人に言うたりしやんといてな!」


「痛い目見るって、それ美姫っちの実話じゃん……」


「美姫っち、方言出てる……」


「……まあでも、今噂流して2人の関係が終わっちゃったらつまらないか!」


「よし! ここは美姫っちに任せるよ! なんか良い情報手に入れたら教えて!」


「おう! 任しとけ!」


 こうして、園部さんの謎の漢気により、俺たちの今日の噂が広められることはなかった。

 だが、厄介なところを厄介な人に見られてしまった。

 今後はあまり距離を近づけすぎないようにしないと……




 運が良いことだらけじゃ、それはそれで大変なんだなぁ。


 俺は帰りの電車をホームで待ちながら、神代さんの話を思い出す。


 あんなに肩も寄せてきて……もしかして神代さんは俺のことが……

 いやいや! 何考えてるんだ俺は!

 彼女はただ、こんな俺を珍しいと思って接してくれているだけ!

 彼女にそんな気があるわけがない!

 噂によれば、毎日のように色んな男子に告白されているみたいだし、そのうち誰かと付き合うだろう……


 何故だろうか。

 神代さんのことを思い出すと、胸の鼓動が速くなる。

 今まで経験したことのない感覚。

 もしかして……俺は……


 そんなことを考えていると、なぜだか喉がカラカラになる。

 俺は、さっき駅の自販機で買ったコーラの蓋を開ける。

 ブシャーーーッ!


「うがっ!」


 コーラを一口飲もうとしたら、物凄い勢いで中のコーラが吹き出し、俺はコーラでびしょびしょになってしまった。


「あ〜もう、制服脱がないと……」


 そうして俺は、コーラで濡れた制服を脱ぐ。


「良かった、体育着までは濡れてない」


 神代さんがいたら、こんな俺を見て、また笑ってくれていたのだろうか……

 ダメだ! また神代さんのことを考えてしまう!


 俺は余計なことを考えていたせいで、着替えるのがもたつき、時間がかかってしまった。

 横を見ると、いつの間にか電車が来ていた。

 ボーッとしていたせいで、電車が来ていたことにすら気づかなかった。


「あっ、早く乗らないと……」


 俺は荷物を持って、電車に乗ろうとする。

 だが、俺が乗ろうとする直前、電車の扉が閉まってしまった。


「あぁ……」


 だが、なぜだかこの日は、電車に乗り遅れても、ついてないとは感じなかった。

 結局俺は、15分後の電車を待ち、家に帰るのだった。

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