【BL】これは夢か現実か

白千ロク

本編

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。――いや、厳密には違うかもしれない。いちいち数えてないんで。


 その夢の内容は朧気だが、悲しいものでも怖いものでもないのは解る。なんとなくだが。


 二度寝をする気がいまはどうにも湧いてこず、ワンルームをほぼ占領しているパイプベッドからそのまま起き上がり朝の身支度を整えていれば、スマホからアラームが鳴り出した。どうやら今日は、目覚ましよりも早く起きたらしい。


 トーストにバター入りマーガリンを塗り、ココアで一息。今度はスマホではなく、タブレット端末を操作してメールの確認。朝食も出かける支度も終えると、母の姉である伯母さんが経営する喫茶店で働くただのフリーターである俺は、今日もぶらぶら歩きながら勤務先までやってきた。


「おはようございまーすっ」


 そう元気に挨拶するとともに、関係者立入禁止エリア――スタッフルームへと足を運ぶ。この時間は女性はいないからと、勢いよくドアを開けていたが、本日は先客がいたようだ。肌色が眩しい。


「あ、すまん!」


 マジすまん! セクハラじゃないんで! と慌ててドアを閉めるが、すぐさま勢いよくドアが迫ってきた。外開きは凶器だぞこれ!


「ぅわっぶね!?」


 咄嗟に後ろに避けたが、俺の鼻が死にかけたではないか!


「ああ、ごめんね」

「いやまあ、俺の方も悪かったんで――って、はあ!?」


 え? これ幻覚?


 なんでここに『コイツ』がいるんだ!?


 固まる俺とは対象的に、目の前にいる男には笑みが浮かんでいる。にへらとした締まりのない笑みが。それでも美しいのだから腹立つ。――元弟は、変わらずに顔がいいようだ。背も高いままだし。身長差は埋まらんな。


 子連れ同士の再婚者が再び離婚したというだけなんだが、俺たちは長年――十二年ほどは家族だった。俺が3歳で再婚したから、思春期は一緒にいたことになるし、元弟といっても、誕生月の違いだけで同い年である。いわゆる、優秀な弟と駄目な兄の関係であったので、俺としては離婚してくれてよかったけど。比較され続けるのはきっついのよ。この辛さはされた人にしか解らないけどさ。


「とりあえず、早く上着れば?」


 今日は暖かくても下手したら風邪引くぞ? と、にへらにへら笑ったままの男に言うと、腕が伸びて抱きしめられてしまう。いきなりなんだどうした!?


「ど、どうした? なにかあったか?」

「俺は離れたくなかった」

「親の離婚に文句言う年でもないだろ。――

まあ、俺は離れられて清々するけどな」


 最後はボソリと呟くと「は?」と冷えた声が届く。


「いや、なんでもない」

「――わけないよね? おかしなことを言うなんて、兄さんは俺のこと忘れたいの?」


 忘れられるもんならな! と、叫びたい心は閉まっておく。キレてる弟にはなにを言っても意味がないから。


 くそっ、逃げたのに捕まるなんておかしいだろ!?


 伯母さんか!? イケメンに弱い伯母さんか!?


 いや、元を辿れば母さんだな!? 離婚してもなんだかんだで内縁みたいなわけではあったしぃ!


 大学入学とともにひっそりと逃げだしたのに、俺の居場所がバレてるのはなんでだよ!?


「俺が兄さんのことを解らないなんてあるわけがないんだよ? 自由は与えたんだから、もう連れて帰っても問題ないよね?」

「いや問題だらけだからな!?」


 裏で糸を引いていたようなヤバい弟に誰が大人しくしているか!


 でも怖いから、夢の中に逃げてもいいよね?




(おわり)

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