家に帰らなければ【KAC20254】

かきはらともえ

終わりはあるけど、終わらない




 あの夢を見たのは、これで9回目だった……。

 気がつくと、いつも見知らぬ部屋の真ん中にいる。

 そこがどこなのかわからない……。

 そんな夢をわたしは何度も見ている……。



 わたしはいつの間にか、見知らぬ部屋の真ん中に立っていた……。

 まただ……。またこの夢だ……。

 いつの間にこんなところに来たのかわからないが、きっと家を留守にしているのは間違いない。家族も心配していることだろう、家に帰らなければ……。

 ひとまず、この部屋を出て、外に出れば、あとはバスか電車に乗ればどうにかなるはずだ。大きい駅まで行けば、タクシーだって拾えるはずだ。

 身体のあっちこっちを確かめてみたが、携帯電話もなければ、財布も持っていない……。家に帰りさえすれば、お金はどうにかなる……。

 わたしは部屋を出て、廊下を歩く。

 白く、霧のかかった廊下が続いている……。薄暗くて、わたしの足取りだって悪くなってくる……。万が一に転んだら危ないので、すり足で歩く。

 廊下はどこまでも続いている……。

 わたしはどこをどう歩いたのかわからないが、いつの間にかさっきの部屋に戻ってきていた。近くにある椅子に座って、一度考える……。

 家に帰らなければ……。

 わたしは椅子から立ち上がって、廊下を歩く……。

「    ……」

 声が聞こえたような気がした。

 身長の高い、女の人が近づいてきた。

「   は    よー」

 何かを言っている。

 口は動いているけど、なんと言っているかわからない……。それでも、わたしの肩を、とんとん、と叩いて、手招きをしている……。

 わたしのことを知っているのか……?

 その人のことを、わたしは見たことがあるような気がするが、顔ははっきりとしない……。どうにも曖昧だ……。


 そして、わたしは気がつくと、見知らぬ部屋の真ん中にいるのだ……。

 さっきの人は見当たらない……。

 わたしはこの夢を……、ずっと見続けている……。

 わたしは、家に帰りたい……。


     ■


 私の父が認知症だと診断されたのは何年も前だ。

 仕事を辞めて、十年くらいした頃から徘徊が始まった。父は仕事に行こうとするようになった。何度か当時の仕事場に出かけていくこともあった。

 最初のうちは自宅で過ごしていたが、母が亡くなり、私では父の面倒を見ることができなくなった。あれから何年も経過して、父は介護施設に入居という形になった。

 毎週面会に行っていたが、世界的な感染症の大流行の影響で面会ができない日々が続いた。何年も経って、面会が可能になったので、久しぶりに父と顔を合わせた。

 父は私のことをしっかりと憶えていたが、それでも数年前の父とはまごう姿だった。以前の父は清潔感のある格好と、だしなみをしていた。

 きっと面会に合わせて、入浴してくれて、洗濯したばかりの服を選んで、着せてくれているのだろうけれど、それでも誤魔化せないような尿の臭い……。洋服に染みついてしまっているのだろう……。

 ほとんど会話も成立せず、言い表せない感情になった。

 感染症による面会謝絶中も現場のスタッフさんからの電話だってマメにあったし、介護度の変化もあったので、まったく知らないわけではなかったし、ある程度はわかっていたつもりだったけど……、久しぶりに顔を合わせた父の変化には、驚いてしまった……。

 言葉を選ばずに言えば、ショックだった……。

 それでもまあ、入居になったばかりの頃よりも、職員やほかの利用者との関係もいい感じらしい。足は元気で、認知症が始まったばかりの頃のように相変わらず徘徊は続いているとのことである。父の徘徊には私も大変な思いをしたのを思い出した。

 ほとんど会話は成立しなかったが、話してみて、やはり父だと感じた。



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