揺れるフォーカス
瞬遥
第1章 計算された可愛さ①
1.1 新たな恋の決意
1.1.1 別れの瞬間
春休みの午後、駅前のカフェ。
まだ肌寒さの残る3月の風が、ガラス越しに外を行き交う人たちの髪を揺らしている。
私はカフェの奥の席に座り、目の前の彼をじっと見つめていた。
「……高校でも、一緒にいられると思ってた」
そう言った彼の声は少し掠れていて、目線はテーブルの上のカップに落ちている。
私は、ストローを軽く唇に押し当てながら、内心ため息をつきたくなった。
「私も、そう思ってたよ」
言葉だけは優しく置いたけれど、それが本心じゃないことは自分が一番よくわかっている。
彼とは中学三年の秋に付き合い始めた。
周囲から「お似合い」と言われ、放課後に駅まで一緒に帰るのも、記念日にお揃いのものを買うのも、それなりに楽しかった。
でも、どこか物足りなかった。
彼は優しくて、私のことを大事にしてくれた。けれど、決定的に「ときめき」が足りなかった。
私は「恋愛」をしている自分が好きだったし、可愛い彼女でいることに誇りを持っていた。
だけど、それ以上の何かを彼に求めたことはなかった気がする。
「……そっか」
彼は私の言葉の裏にある本当の意味に気づいたのか、ぎゅっと手を握りしめた。
「もう、俺のこと好きじゃないんだよね?」
静かな声だった。
問い詰めるでもなく、ただ確認するような。
私は、そっとストローをグラスに戻した。
「うん」
短く答える。
彼の肩がわずかに落ちるのがわかった。
こういう時、取り繕うような言葉は意味を持たない。
ただ、私の気持ちはもう変わらない。
「ごめんね」
彼は少しの間黙って、それから「……そっか」とだけ言った。
そして、最後に一度だけ私を見た。
その目に浮かぶ感情を、私は真正面から受け止めなかった。
だって、きっと後ろめたくなるから。
それから数分後、彼は「じゃあ、元気で」と言い残して店を出た。
私はカフェの椅子に深く座り直し、テーブルの上のグラスを指先でくるりとなぞる。
失恋。
でも、心は不思議と静かだった。
「高校では、もっとレベルの高い恋愛をしよう」
心の中でそう決意する。
私は、カフェの窓に映る自分の姿を見つめた。
巻いた髪はふんわりと揺れ、薄く塗ったピンクのリップが春の日差しを受けてほんのり光っている。
「可愛い子は環境を選ばなきゃ」
それが私のモットー。
新しい環境には、新しい恋が必要。
カフェの外を歩く男子高校生のグループが視界の端に映った。
制服の襟元を緩めた姿に、一瞬だけ目が留まる。
――高校には、どんなイケメンがいるんだろう?
ふと、そんなことを考えながら、私はそっと微笑んだ。
1.1.2 入学式
春の空気がふわりと髪を揺らす。
まだ新しい制服のスカートを軽く整えながら、私は校門の前で足を止めた。
——いよいよ、高校生活が始まる。
この瞬間は、めちゃくちゃ大事だ。
初対面の人が一番注目するのは、最初の「印象」。
この学校での立ち位置を決める、最初の勝負みたいなもの。
もちろん、準備は完璧。
セミロングの髪はゆるく巻いて、ナチュラルに動きが出るように。
メイクは「してませんけど?」って顔しながら、ちゃんと盛れるラインを攻める。
肌はツヤっと、リップはほんのりピンク。
スカートは短すぎず、でも脚は綺麗に見える丈。
ルーズソックスじゃなく、透け感のあるソックスで上品さもプラス。
「派手すぎず、でもちゃんと可愛い」。
これが私の鉄則。
一番可愛いと敵を作る。
でも、埋もれるのもダメ。
狙うのは、「クラスで三番目くらいの可愛さ」。
——ちょうどいい可愛さ。
——手が届きそうで、届かないバランス。
それが、私の戦略。
*
校庭に並ぶ新入生たち。
ちらちらと視線を感じながら、私はさりげなく周囲を見渡した。
女子の雰囲気、イケメンの割合、要チェック。
まずは女子。
派手すぎるグループ、地味めな子たち、自然体なタイプ——。
……まだ、誰が「一軍」になるかははっきりしない。
次に、男子。
「お、あの子ちょっといい感じじゃない?」
「え、隣の子もイケメンじゃない?」
近くの女子たちがひそひそ話している。
私もさりげなく視線を向けると——
確かに、なかなかの顔面偏差値。
……でも、なんか違う。
悪くはない。
むしろ、普通にカッコいい。
けど、決め手に欠ける。
——今すぐ「落としたい」と思うほどの相手じゃない。
少しだけ、物足りなさを感じる。
「んー、まあこれからかな」
そう心の中で呟きながら、私はふわっと微笑んだ。
とりあえず、まずは友達を作ること。
どのグループに入るかで、立ち位置も変わる。
そして、イケメンのチェックは続行。
本命は、まだ見つかってないんだから。
——私の高校生活は、まだ始まったばかり。
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