ジャックの東方見聞録

明弓ヒロ(AKARI hiro)

嘘つきジャックと呼ばれて……

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」

 ジャパン土産の「布団」で寝ると、よくこの夢を見る。


 犬、猿、雉を連れた少年に襲われ、危うく殺されそうになる夢だ。だが、この夢は空想じゃない。実際に僕の身に起こったことだ。


 本当のような嘘の話、じゃなくて、嘘のような本当の話をこれから君たちにしよう。


 信じるか信じないかは君たちの自由だが、もし、僕の話が本当だと思ったら、ジャパンに行ってみるといい。もし、嘘だと思っても、やっぱりジャパンに行ってみるといい。


 きっと、魅力的な冒険が君たちを待っている。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ジャパンのことを最初に知ったのは僕が7歳の時だ。1855年にNYで開催された「HI・NA・MA・TSU・RI」イベントで僕はジャパンに魅了された。


 「HI・NA・MA・TSU・RI」というのは、「HI・NA」の「MA・TSU・RI」、つまりチキンパーティーだ。ジャパンでは肉食が禁止されているが、子どもの健康を祝って、一年に一回だけ動物の肉を食べることができる特別なお祭りだ。


 ちなみに、普段は豆腐と言う大豆から作った、白いフェイクミートを日本人は食べているが、アメリカと国交を結んでからは肉食が解禁され、SUKIYAKIという牛肉料理が日本人の間で大流行している。


 子どもたちでぎゅうぎゅうの真っ赤に彩られた巨大な階段で、おいしいフライドチキンを食べながら、ジャパンから来たSUMOレスラーの戦いを見て興奮したときの気持ちは、今思い出してもワクワクする。


 SUMOとは、裸の大男が土を盛られた土俵という闘技場の上で行うレスリングだ。未開人だとバカにした酔っ払いのアメリカ人が土俵に土足で上がったところ、SUMOレスラーに片手で突き飛ばされて吹っ飛んだ。酔っぱらったアメリカ人が銃を抜いて構えたら、SUMOレスラーが足を大きく振り上げて大地を蹴った。すると、地面が震えてアメリカ人はひっくり返った。


 なんと、SUMOレスラーはジャパンにいる八百万の神と契約し、地震を自在に操ることができるのだ。まさに天下無双、世界最強の格闘技だ。僕の座っていた階段まで揺れて壊れるかと思ったが、地震の多い国ジャパンではちょっとやそっとでは倒れないよう、建築技術が優れている。


 「HI・NA・MA・TSU・RI」の最後は、太鼓を叩く人を中心に、皆で輪になって日本のフォークダンスを踊った。僕の初めてのキスは、このフェスティバルで出会った少女とだった。


 そんなこんなで、いつか憬れのジャパンに絶対に行くと決めていた僕に、千歳一隅のチャンスがやってきた。バカ高い運賃を払う代わりに見習い水夫と働くことでジャパン行きの船に乗ることができたのだ。


 そして、サンフランシスコから意気揚々、ジャパンを目指す船旅が始まった。最初は天気にも恵まれて順調な航海だった。しかし、ジャパンに到着寸前、今までに体験したことのないような大嵐に襲われ、僕の乗っていた船は沈没し、僕は海に投げ出されて気を失った。


 僕が目覚めると、そこは天国だった。実際、最初は僕はそう思った。僕は美しい島に辿り着き、若く美しい女性が僕の看病をしてくれていた。島には他にも住民がいたが、助かったのは僕一人だった。暫くは、その島で回復するまで休んでいたが、残念ながら島の人達とは言葉が通じず、僕は途方に暮れていた。


 ある日、島の人が慌てた様子で僕を追い出しに来た。何かから逃げろと言っているようだ。僕が島の洞窟に隠れて様子をうかがっていると、動物の鳴き声が聞こえてきた。


 何事かと思って警戒していると、猿と犬が襲い掛かってきた。洞窟の中にあったこん棒で動物を撃退すると、今度は、刀を持った少年が襲い掛かってきた。さすがに、子ども相手には本気になれず、何とか怪我をさせないようにと立ち回っていたが、犬、猿、トリも同時に相手にしなければならず、だんだんと体力が消耗してきた。


 その時、少年がしりもちをつき、少年の持っていた団子が転がってきた。空腹に耐えかねて思わず頬張ると、猿が「おい、しっかりしろッキー」と言うのが聞こえてきた。


 空耳かと驚いたが、今度は犬が「さっさと鬼退治をして帰ろうワン」、トリが「ワシは財宝を見つけたぞ」と言うのが聞こえた。


「な、なんで、動物がしゃべってるんだ!」

 僕が驚くと、

「猿が話せて悪いッキー」

「鬼を退治するのが僕らの務めだワン」

「さっさと財宝をワシに寄越せ」

と動物たちが喚きだした。


「悪い鬼め、村人たちから奪った財宝を返せ」

 子どももいっしょになって喚きだした。


「ちょ、ちょっと待て。僕はアメリカ人だ。ここには船が難破して辿り着いた。財宝も船に積んであったものだ」

 僕はカクカクシカジカ、ここに辿り着いた理由を説明すると、最初は疑っていた子どもたちも終いには納得してくれた。


「なるほど。風の噂で鬼がこの島に住み着いたと聞いたので、僕らは鬼退治にやってきたのですが、誤解があったようで申し訳ありません。お前たちも謝りなさい」

「悪かったッキー。猿の浅知恵だと思って勘弁してくれッキー」

「ごめんワン。犬は主人の言うことには従う生き物だワン」

「ワシは、なんか変だと思ってた」

 犬、猿、キジ(ワシかと思っていたが違った)も、揃って頭を下げた。


「いや、誤解が解けてよかった。それより、さっきから気になっているんだけど、ジャパンでは動物も人の言葉を話すのかい?」

「いえいえ、お婆さんの作ってくれた、このキビ団子を食べると、一時的に話せるようになるんです。あなたもさっきこれを食べたので言葉が通じるんです」

と、子どもが袋に入った団子を見せてくれた。


「マジか! さすがジャパンだ」

「差し上げますので、江戸までの道中、一日一個お召し上がりください。あっ、今は江戸じゃなくて東京ですね」

「助かるよ、ありがとう。礼と言ってはなんだが船の財宝を持っていってくれ。俺のものじゃないけど、持ち主はみんな死んじゃったので文句言う奴もいないし」

「ありがとうございます。僕を育てれくれたお爺さん、お婆さんも、もう年なので、最後にいい土産話ができます」

 少年は礼儀正しく頭を下げた。


「東京にはどう行ったらいいんだろう」

「船で吉備の国まで送りますので、京の都を目指してください。京まで行けば江戸、じゃなくて東京までは汽車で行けるはずです。僕はまだ乗ったことがないですけど」

 僕が漂浪して着いた島は瀬戸内海という内海の小島だったようだ。僕は少年と船に乗り、吉備の国から京へと向かった。


「さようなら。そう言えば君の名前を聞いていなかったね。僕の名前はジャックだ」

「さようなら、ジャックさん。僕は桃から生まれた桃太郎です」

 そう言って、少年は僕に手を振った。


########


 僕が京の町に辿り着くと、妖精のような小人に出会った。その名は「一寸法師」という。彼もまた、僕のことを鬼だと思って襲い掛かってきたのだが、なんとか和解ができた。そして、打ち出の小づちという魔法のアイテムで、魔法使いにかけられた呪いを解いて、大きくなることができたのだ。


 京の都、今では京都と呼ばれる街からは、東京まで蒸気機関車で旅をした。だが、ここでもトラブル発生だ。なんと僕が乗っていた列車の機関車は、鬼が化けていたものだったのだ! たまたま列車に鬼退治専門の特殊部隊が乗り合わせていて助かったが、もし彼らがいなかったら、僕はアメリカに生きて戻ることはできなかっただろう。


 まさか、本当に鬼などいるとは思わなかったが、これでは、桃太郎や一寸法師が、僕を鬼と間違えて襲ってきたのも仕方がない。ジャパンは急速に文明化が進んでいるが、まだまだ未開の国の部分が残っている。


 なんとか無事に辿り着いた東京では念願のSUKIYAKIに舌鼓を打ち、浅草では凌雲閣という名前の通り雲を突くような高さの塔に登った。てっぺんから見た東京の景色は素晴らしかった。

 

 そして、僕はアメリカ行きの船に乗った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 憬れのジャパンを訪れてから何十年もたったが、ジャパン土産の西川の布団に包まれて寝ると、いつでもジャパンの夢を見ることができる。


 ジャパンも文明開化が進み、残念ながら、もう桃太郎や一寸法師のような不思議な人物には出会えない。今の東京は高層ビルがそびえたち、NYと変わらない。鬼がいなくなって安全に暮らせるようになった点はよかったが。


 僕は散々、嘘つきジャックと中傷されてきたが、ジャパンがまだジャパンらしさを残していた素晴らしい時代に訪れることができて、なんという果報者だったのだろうと思っている。


 だが、ジャパンはやはり憬れの国だ。


 残念ながら、もう余命少ない僕が再び訪れることはできないが、ジャパンは、人間が乗って操縦できる巨大な人型ロボットや、猫型のペットロボットを開発しているらしい。


 是非、君たちの目で確かめてくれたまえ。


―了―

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