ギャルだったあたしが優しくしてあげたクラスでボッチのオタクと35歳で再会したら恩返しされて人生が180度変わったんだけど
行木カナデ
第1話
「もしかして、鈴木ちはやさん?」
あたしは、勤め先のスーパーの鮮魚売場で、刺身に値引シールを貼っている時に、急に声をかけられて振り返った。そこには、スーツの上からでも筋肉でがっちりしていることがわかる長身の男性が立っていた。おそらく、あたしと同年代だろうか。
「川島です。川島遼です。中学のとき同じクラスだった。」
「かわしま・・・?」
「当時はメガネかけて、体も小さかったんで、今と印象違うかもしれないですが・・・。当時は、本ばっかり読んでいたオタクでしたし。」
「あっ!!」
その瞬間、目の前の男性と、脳裏に浮かんだ同級生の顔が重なった。
「あの川島くん?え~っ、すっかり立派になっちゃってわかんなかったよ。よくあたしのことがわかったわね。」
「当時の雰囲気が残ってて、もしかしたらと思って声をかけたんですが、ご本人でよかったです。お久しぶりですね。」
「おひさ~!え~っ!いまなにしてんの?こっちで働いてんの?」
「大学からずっと東京だったんですが、最近転勤になって、実家近くに戻ってきたんですよ。」
「へ~っ、そうなんだ。川島くん、地元の集まりも出たことないから、20年ぶりくらいだよね。あっ、刺身買う?割引シール貼ったげるよ。」
「ありがとうございます。」
そう言うと、川島は刺身5点盛り合わせを手に取ったので、3割引シールを貼ってあげた。
「じゃあ、お仕事の邪魔をしてもいけないから、このへんで。またお会いできるといいですね。」
「またね~。いつでも声かけてよ。」
そう言って川島は、カゴに刺身盛り合わせを置き、レジの方へ歩いて行った。しかし、あの川島がね・・・。あのヒョロガリメガネのオタクが、あんなあたし好みのガチムチになるとはね~。あの頃の川島は・・・・。
中学3年の9月、あたしは英語のテスト結果に打ちのめされていた。
「25点ってマジやばいな・・・。」
「三人で一緒に山女に行こうって言ってたのに、ちはやだけ無理そうじゃんか。」
テストを勝手に見て厳しい言葉をぶつけてきたのは親友の香奈と郁美、3人でこの田舎を抜け出し、名古屋の制服がかわいい山井女子高校でおしゃれなギャルをすると誓い合った仲だ。
「英語ぜんぜんわからんよ~。どうせ役に立たないと思うとやる気ゼロっす~。」
「それな~!でも、入試で落ちたらシャレならんし。ちはやだけ落ちて地元の外海高とかやだかんね~。」
「む~。」
うなってみたところで英語の成績は上がらない。
「塾とかにいったらどうよ?あーしが行ってるとこ一緒にいこうぜ?」
「親がそんな金出してくんねーよ。」
「じゃあ、頭いいやつに教わったら?」
「頭いいダチとかいねーし。」
「いや、ダチじゃなくてもいいじゃん。あの川島とかどうよ?」
「あのオタクか~。まあいっか。タダだしな。」
あたしは、そのまま教室の隅でカバーのかかった文庫本を読んでいる川島の席に向かった。
「ねえ、ちょっと聞きたいことあるんだけど。」
そう声を掛けると、川島はビクッと反応した後、急に用を思い出したといった表情をして廊下に逃げようとしたので、その肩をがっしとつかむ。
「逃げんなって!このテストなんだけどさ、何で25点なんだと思う?」
「間違った答えを書いたからでは?」
「わーってるよ。どうして正解が書けなかったかって聞いてんの。あっ、勉強しなかったからって言ったらそのメガネぶち割るかんな!」
そう言われ、やっと川島はちはやの答案を真面目に読みだした。最初からそうしろっつーの。
「あれ?鈴木さん、完了形と過去形を混同してない?」
「なんだよ、完了形って。」
「だから、have gotとか、そういう文法だよ。」
「なめんなよ、それぐらい知ってるつーの。完了形と過去形がわかってないってどういう意味だよ?わかりやすく説明しろよ。」
そう言うと、川島はうーんっと言いながら腕を組み宙を見ながら少し考えるポーズをした。
「はやくしろよ。放課が終わっちまうよ。」
「例えば、この例文、過去形だとI loved you five years ago.になるんだけど、これは5年前は愛していたっていう意味だろ。」
「それはわかるよ。それで?」
「完了形だと、I have loved you for five years. あなたを5年間ずっと愛していたってなる。5年前に好きだったら過去の話だけど、5年間ずっと愛してたってなると全然違うだろ。」
「あ~、ずっと忘れられなかったってことだな。過去の話で清算済みなのと、今日までずっと引きずっているって全然違うもんな。なるほどな~。完了形ってのは過去を引きずってるってことなのか・・・。」
「まあそんな感じで・・・。」
「じゃあ、今から好きになるとかはどんな感じなんだよ。
「I am going to love you. あなたを好きになりつつあるってことじゃない?」
「ああ、好きになる方に向かってる感じがするな。じゃあ、今好きってどうなるんだ?」
「I love you. でしょ。」
「やべ~っ、川島にアイラブユーって言われちゃったよ~。」
「ちょ、ちょっと~。」
からかいながら香奈と郁美の方に走るあたしに向かって、川島が慌てたように声を掛けてくる。振り返らなくても顔が真っ赤なのが目に浮かぶ。
その日から、ちょくちょく川島に英語とか数学とか教えてもらうようになった。教えてもらうだけじゃ悪いから、香水をつけて顔を近づけたり、机の上に胸をのせて上目遣いしたり色々サービスしてやった。そのたびに川島は真っ赤になって目をそらし、かわいいので、またちょっかいをかけるようになった。
正直、ガリヒョロオタクくんは好みじゃないし、完全に圏外ではあるが、向こうはそうは思ってなかったようで、『あっ、こいつあたしのこと好きなんだな』ってすぐに気づいた。
無事に山女に受かったので、お礼にバレンタインにチョコをあげたら、こっちが引くくらい喜んだあと、我に返ったのか嬉しさを嚙み殺そうと必死に笑顔を我慢してた。その表情は今でも鮮明に思い出せる。
3月の卒業式の日、あたしは川島が遠くから様子をうかがっていることに気づいていた。きっと、あたしが一人になったら告白してくるだろーなってわかったから、その日はずっと香奈と郁美と一緒にいた。告白とかされたら断るのめんどいし。
その卒業式の後、一回だけ駅にいる姿を見かけたことはあるが、話しかけずスルーした。その後、川島を見かけたことは一度もない。
「しかし、あんなにあたし好みに成長するんだったら、なんかつながり持っといてもよかったかもな・・・。」
★
数日後、あたしは雨の中、職場のスーパーで食材を買ってから、歩いてウチに向かっていた。
「やっぱり、傘さしながら、エコバック2つってきっついな~。あいつらいっぱい食うからな~。」
その時、後方からクラクションが鳴らされた。なんだよっと思い振り返ると、いかついランドクルーザーが隣に止まった。怖いヤカラが因縁つけてくるとかだったらやだなって思ってると、助手席のウインドウが下りて、運転席から声を掛けられた。
「今お帰りですか?」
運転席に座っているのは川島だった。いいクルマ乗ってんな。
「ああ、はい。帰るところです。川島さんも帰り道ですか?」
「はい。雨ですし、よければ送りましょうか?」
その言葉にあたしは少し悩んだ。さすがにほとんど知らない男のクルマに乗るのは怖い。だけど、家までまだ距離もあるし、あの川島だから大丈夫でしょ。
「じゃあお言葉に甘えて・・・。」
「よかった。じゃあ、荷物は後ろの席に置いて助手席にどうぞ。」
川島の横に座って家までの道順を説明した。一方通行があるから少し遠回りする必要があるみたいだ。
「ごめんなさい。わざわざ帰り道に送ってもらって。」
「いいんですよ、帰っても一人ですから。」
「あ~、単身赴任なんだ。」
「いや、独身なんですよ。実家には弟夫婦が住んでるので、一人でアパートを借りてます。」
「へ~っ、意外だな~。」
「なかなかモテなくて・・・。」
マズいこと聞いちゃったかな・・・少しフォローしよ。
「あたしも今は独身なんだよ。」
「そうなんですか!」
川島は、こっちが驚くくらいのでかいリアクションを見せた。
「ああ、うん、そう。」
あたしは、少しひきながら、こいつ後部座席に置いた食材の量に気づいてないのかよ・・・と思いながら、話をそらすことにした。
「そういえば、中3のとき、帰りに雨が降ってきて傘がなかったとき、傘貸してくれたことあったじゃん。」
「ありましたね、そんなこと。」
「でも、あのとき傘一本だったからどうすんのかなと思ってたら、いきなり雨の中ダッシュして。いや、一緒に入って行けばいいじゃんかって思ったけど、止める間もなくて。あのとき風邪とかひかなかった?」
「どうだったかな~。きっと一緒に傘をさしてからかわれることがイヤだったんでしょうね。」
「あの頃はつまんないこと気にしてたよな。今ではクルマで送ってもらってもなんとも思わないのにな・・・。」
「あっ、このあたりじゃないですか?」
「そうそう、あのアパートだよ。」
川島は、アパートの前にクルマをつけてくれた。
「そうそう、連絡先を教えてもらえないですか?もしよければ、今度一緒に食事でもいきましょう。」
わ~っ、食事に誘われるなんて何年ぶりだろう。あいつとは一緒に外に出ることもないしな。
「いいよ~。はい、これあたしのLINEのQRコード。」
「じゃあ、近いうちに連絡しますね。」
あたしは、エコバックを二つ持っていたが、浮き立つ心に足取りも軽く階段を駆け上がり、二階の部屋へ向かった。川島のランクルが走り去っていく様子が見える。さてと・・・。
★
「ただいま~。」
「おかえり~、腹減った~。」
ドアを開けると、奥から10歳の青龍と、8歳の羅王が駆け寄ってきた。
「里依紗!お米炊いといてくれた?」
「もう炊けてるよ!遅いじゃないの。」
14歳の娘は少し機嫌が悪いようだ。
「ごめんごめん、すぐにカレー作るから。」
「え~っ、またカレーなの?」
「いいの!カレーは栄養あるし、作り置きもできるからさ。」
そう言って鼻歌を歌いながら食材を取り出し、準備を始める。
「ママ、なんか浮かれてるみたい・・・。」
里依紗がジト目をしながら、低い声で言った。
「そんなことないわよ~。まあ、今日は職場で少し安くお肉が買えたからかな。」
「うそっ!最近はおとなしくしてたけど、いつも彼氏ができそうなときにそんな感じになるじゃん。またそんな相手がいるの?」
「ち、ちがうわよ。ここ3年くらいはずっと、里依紗たちのことを考えて恋愛はしてないでしょ。」
「どうだか・・・。また変な人が新しいパパになるのは絶対にイヤ。」
里依紗の言うことも一理ある。里依紗、青龍、羅王の父親は全員違うし、他にも里依紗に紹介した彼氏は何人もいる。ただ、あたしだって望んでそうなったわけじゃない。
里依紗の父親と20歳で結婚した時は、一生この人を愛そうって神に誓ってた。里依紗の父親は、あたし好みのワイルド系で、稼ぎも良くて理想的な旦那だった。だけど、里依紗が生まれるころに他の女と浮気し、それが許せなくて離婚することになった。青龍と羅王の父親もそうだ。それぞれ結婚するまでは甘いことを言って、子供ができるとすぐに浮気して・・・。どうしてこうも男運が悪いんだろうか。もし、最初から川島みたいなマジメ男子を好きになっていれば・・・。
「そうだ、里依紗。今週、どこかで友達とご飯に行っていい?夕飯はカレーが残ってたらそれ食べて、弟たちを風呂に入れて、寝かしつけてくれればいいからさ。」
「え~っ、わたし受験生なんだけど~。」
「大丈夫だって、里依紗は成績優秀なんだからさ。どこかには受かるって。」
「どこでもいいわけじゃないんですけど・・・・。」
「里依紗なら大丈夫だって。それにこの間、英語教えてやったろ。完了形と過去形の違い。完了形は過去を引きずってて、過去形は清算済みなんだよ。」
「そんなややこしい説明されなくても、それぐらいわかるって・・・。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
その夜、4人で布団を並べて寝ながら、あたしはスマホの画面を見ていた。そこには、川島からのLINEメッセージが届いていた。
『近くによい寿司屋を見つけました。一緒に行きませんか』
一緒に送られてきたリンクを見ると、もう何年も行ったことがないような高級店のようだった。
「まあ、ご飯くらいならいいよね・・・。『OKです。楽しみにしてます』っと」
★
丸田市の中心街にあるすし割烹の店で、あたしは川島とカウンターで並んでいた。
「いや、助かりました。一人だと入りにくいお店だったので。」
「いや、あたしもこんな素敵なお店ひさしぶりで・・・。」
お店に来る前には、学生時代もあまり交流がなかった川島と話が弾むのか心配になったが、川島の話は案外おもしろく、あたしの話もよく聞いてくれた。
「しかし、独身で暮らしていると、ご飯の準備とかめんどうですよね。いつもどうしてるんですか?」
(きた!)
あたしは、今日、必ず川島に伝えようと思っていたことがある。あたしのこれまでの経験から、家族の話は早く伝えた方がいい。後でいい感じになってから家族のことを伝えて逃げられたときのショックはでかい。
「実は、独身なんだけど、子供がいるんだよ。3人。だから、食事の準備もいつも4人分必要で。」
「ああ、そうなんですね。」
子供の話で驚くかひくかすると思ったが、何事もなかったかのように川島が話を続けたので安心した。
「お子さんは何歳ですか?」
「14歳の女と、10歳と8歳の男が一人ずつ・・・。」
「今日は、ご実家でみてもらっているんですか?」
「いえ?もう子供だけで留守番できるから、家にいるよ。」
「えっ!ご飯とかどうするんですか?」
「上の子がしっかりしてるし、何とかしてるでしょ。」
あたしがそう言うと、川島は急に黙り込み、怖い顔になった。そして、決断したかのようにこう言った。
「帰りましょう。お子さんたちだけで家に残しておくわけにはいかない。」
「大丈夫だって・・・あたしが外に泊まるときも子供らでなんとかしてるし・・・あっ、仕事のシフトで泊まらなきゃいけないこともよくあるから。」
21時に閉店するスーパーで泊まり勤務なんてあるわけないが、まあ何とかごまかせただろう。
「いえ、きっと心細いし、お腹もすかせてるんじゃないでしょうか。残りの料理は折り詰めにしてもらいますので、それを持って帰りましょう。」
川島の意思は固そうだった。せっかくの久々の高級店だったのに・・・。
その後、あたしと川島は、折り詰めを持って、ウチに帰った。子供らは、突然、あたしにくっついて入ってきた川島を見て戸惑っている。特に里依紗は、あからさまに警戒した表情をしている。難しい年ごろだな。
「川島遼といいます。お母さんとは中学の同級生で。ごめんね。みんなが子供だけで留守番してると知らなくて、連れ出しちゃって。お腹すいたでしょ。お土産買ってきたからみんな食べて。」
青龍と羅王は、寿司やらエビフライやらにすぐに飛びついたが、里依紗は微妙な顔をして箸をつけない。
「里依紗さん・・・でしたか。今は何年生なの?」
「中3です・・・。」
「あ~、受験生だ。志望校とか決めた?」
「一応、丸田高校に行きたいんですけど。」
丸田高校は、地域で一番偏差値が高い公立の名門校だ。あたしの娘がそんな大それた希望を持ってるとは知らんかった。
「ああ、じゃあ後輩だ。僕も丸田高校出身なんだよ。」
「えっ、そうなんですか?」
えっ、そうだったんだ。中学の時は興味なさ過ぎて進学先とか全然聞いてなかった。
「じゃあ、大学はどちらに行かれたんですか?」
「東京大学だよ。法学部を卒業してます。」
「え~っ、すごい!じゃあ今はどんなお仕事を?」
「国家公務員をしてて、転勤で愛知県に来てるんだ。今は県庁の近くで働いてるよ。」
「そうなんですね!実はわたしも官僚にあこがれてて。」
いや、無理だろ。あたしの娘だぞ。でも、里依紗のやつ、ころっと態度が変わったな。あたしと違って頭いいやつが好みなのかな。
「じゃあ一生懸命頑張らないとね。今はどんな勉強をしているの?」
「あ~、じゃあせっかくなので後で勉強を見てください。あっ、お時間とか大丈夫ですか。」
「そーだって、里依紗。迷惑だろ。」
「いや、大丈夫ですよ。どうせ家で一人で読書くらいしかすることないんで。」
「やった~!」
その日、川島は里依紗から勉強方法の相談を受け、青龍や羅王とゲームで遊んでくれて、その後、子供たちが寝る時間だからと帰って行った。帰り際には、里依紗も、青龍も、羅王も、「次はいつ来るの」なんて言ってた。こいつらを手なずける速さでは歴代最速だな。
★
「じゃあ、あたしは今日はあっち寄ってくるから、ご飯はカレー温めて食べな。里依紗は、いつもみたいに青龍と羅王の世話をよろしくな。」
「わかったけど・・・もういい加減にしなよ。」
不機嫌そうな里依紗を背に、スーパーに出勤した。今日は、仕事終わりにあの人の部屋に行く予定だ。
「前はあんなに楽しみだったのに、マンネリ化しちゃったよな~。」
今のカレぴであるジョースケと知り合ったのは3年前だ。最初の旦那を紹介してくれた先輩から、仕事の都合でこっちに引っ越してきたジョースケの面倒を見てくれと頼まれたのだ。ジョースケは在宅で仕事していて、忙しくてめったに家から出られないから、毎月2回、必要なものを買ってジョースケの部屋に行って、作り置きのご飯を作ったりしている。ジョースケは、190㎝近くあるマッチョで、ワイルドな髭とかも、あたしの好みにぴったりだ。通ううちにジョースケの部屋に泊まるようになったが、出不精なジョースケは外で会ってくれたことはない。友達とかにジョースケの話をすることも禁止されてる。もっとイチャイチャしたいあたしとしては、そこだけが不満だ。
ガチャッと、合鍵で扉を開け、部屋に入るとジョースケは奥の部屋でパソコンに向かっていた。
「頼まれてたもの買ってきたよ。あと、カレー作るから。」
「おう・・・。」
無骨なジョースケは言葉数も少なく、パソコンから目も話さない。自分のこともほとんど話さないが、そういったミステリアスなところもいい。
「今日は泊っていくから、ちょっと掃除させて。」
「おう・・・。」
そういえばこの人は、あたしに子供がいるの知ってるはずなのに、泊まる時に子供たちがどうしているのか聞かれたことないな・・・。ふと、昨日、川島がデートを切り上げて、子供たちのご飯用意してくれて、家で子供と遊んでくれたことを思い出した。わかってるよ。優しい人と付き合った方が幸せになれるんだろうけど、あんなのより、あたしはジョースケみたいな方が好きなんだし、仕方ないじゃん・・・・。
★
最初にウチに来た日の後から、川島は、あたしと二人ではなく、子供たちと一緒に遊ぼうと誘ってくるようになった。子供たちは川島が来ると喜ぶので、まあいいか。
連休明けには、川島がクルマで家族4人を名古屋の動植物園に連れて行ってくれた。里依紗も、青龍も羅王もまだ行ったことないと聞いて、「愛知県に住んでて行ったことない人がいるの?」と驚き、企画してくれたのだ。
家族連れ多いな~と思ってたら、そういえばうちらも家族連れに見えるよなって気づいた。デートで来たことあるけど、家族で来るとこだったんだ、ここ。里依紗はともかく、青龍と羅王は,おおはしゃぎしてる。連れて来てよかったな。
帰り道、後部座席の里依紗、青龍、羅王は、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。
「今日はありがとな。」
「いや、僕も楽しかったから。でも、家族がいるといいですよね。」
「大変だよ。こいつら食わせていかないといけないし。」
「すみません。苦労も知らず安易でしたね。でも、僕は子供もいないし、ずっと一人だから。家族団らんに憧れてて。だから、今日は楽しかったです。」
「なんだよ。でも、どうして結婚とかしなかったんだよ。チャンスくらいあったんだろ。」
「ははっ、まあ何度かどうしようかと思うこともあったんですけどね・・・。」
「ふ~ん。」
会話しながら、じゃあうちの父親になればいいんじゃねと思ったけど、ジョースケの顔が頭に浮かんだので、すぐに打ち消した。
それからも、川島は、ことあるごとに子供らの世話をしてくれた。これまではよく青龍と羅王の提出物や宿題が出されてないと先生から怒られてたが、川島がプリントとか連絡帳を整理して準備してくれるようになった。また、よくわからなくてほったらかしてた児童手当の通知を見つけ、書類を整えて市役所に出してくれたので、子ども手当てが毎月4万円ももらえるようになった。ほんとに役に立つやつだ。
★
あたしも余裕ができたので、ひさびさに香奈に連絡して会うことにした。香奈は、山女を卒業した後、短大に進み、お父さんが務めているメーカーの系列会社に勤めた後、職場結婚して、今は専業主婦だ。あたしとか、山女を中退した郁美とは、いったいどこで差がついたんだろ。
「ちはや、ひさしぶりじゃん。急に連絡くれるなんてなんかいいことあったの?」
「いや、たまには香奈にも会いたいなって思ってさ。」
「そうなんだ~。お子さんたちも大きくなったでしょ。今日はどうしてんの?」
「そうそう、川島っていたじゃん、中3のとき」
そう言うと香奈は、微妙な表情になった。思い出せないのかな?
「あのヒョロガリメガネのオタク。最近、こっちで働くようになって再会してさ。そんで子供たちと仲良くなったから、今日は川島に面倒見てもらってるんだ。」
「えっ、たしか一番上の子は中3の女子だよね。大丈夫なの?」
「大丈夫だって、あの川島だぞ。ヒョロガリメガネのオタクの。」
「それは中学の時の話でしょ。まあでも大丈夫か。私の母と川島くんのお母さんがたまに会ってるらしいんだけどさ、すごいエリート街道を驀進してるらしいよ。東大出てキャリア官僚なんでしょ。社会的地位もあるし、無茶はしないでしょ。」
「あ~、それ聞いた。それでも独身だって聞いたけど、ほんとなんかね。」
「それもほんとらしいよ。川島くんのお母さんがいつも嘆いてるんだってさ。奥さんどころか彼女も見たことないって。」
「なんだよ。まだオタクの陰キャなんか。」
「さすがに忙しすぎるとかじゃないの?あっ、もしかしたら、ちはやのことをずっと忘れられないとか・・・。」
「いや~、さすがにそうだったらキモイわ。」
「そういえば思い出したんだけどさ、ちょっと前に川島君と駅で偶然会って、話しかけられたことあるんだよ。その時に、ちはやがどうしてるかって聞いて来たからさ、もしかしたら、もしかするかもよ!」
「まあ、あいつ、中学の時はあたしのこと好きすぎたからね~。」
「確かに。でも、ちはやは、面白がって、その気もないのに川島君をいじり倒してたじゃん。それになんでも言うこと聞いてくれるから調子乗って、雨降ってるのに傘を取り上げたこともあったし。わたしだったらそのまま黒歴史として封印するわ。」
「え~?いや、あれは川島がこれ使ってって言って渡してきたんだって。そんで相合傘が恥ずかしいからって、あいつダッシュで帰ってさ。」
「違うわよ。わたしもその場で見てたもの。ちはやが「あたしの髪が濡れないようにその傘をよこせよ。」って言ってるのを。たしか親から先生に苦情が入って、それで川島君が自分から渡したって言い張ったからうやむやになったんじゃないかしら。」
「そうだったっけ?」
よく思い出せないけど、でも川島があたしをかばってそう言ったんだったら、あたしのことすごい好きだったってことじゃん。なんだよ~。そんであたしをずっと思い続けて、やっと距離を縮められたってことか。まあキモイ話だけど、でもそんなベタ展開もまんざらでもないかな。
「でもさ。今も川島君を便利に使ってるみたいだけどさ。わたしたちも大人なんだし、ちゃんとしなきゃだめよ。中学と同じだと思って軽く扱ってると、足元すくわれるわよ。」
「わかってるって。あたしも35だしさ。色々考えてるからさ。」
香奈が言うことももっともだけど、尽くしてもらった分これから返していけばいいっしょ。なんだったら、結婚してやって、欲しかった子供が3人もできたらお釣りがくるんじゃねーの? あれっ、あたしなんで川島と結婚するって考えてんの?
★
その日は、ジョースケの部屋に行く日だったが、朝方、里依紗が思いつめた顔で話しかけてきた。
「あのね、ママ。こないだ外泊した日に、羅王が夜中に起きてギャン泣きしたのよ。わたしも夜に子供たちだけだと不安だし、せめて夜に帰ってきてくれないかな?」
「なんでよ?これまでも子供だけで留守番できたじゃん。なんで急にそんなこと言うのよ。」
「川島さんが、夜、子供だけでいることを心配してくれて。これまではママに言われて当たり前だと思ってたけど、クラスの他の子に聞いても、夜に親が家にいないのっておかしいって言われたし・・・。」
「なんだよそれ、先生とかにも言ったのかよ?」
「いや、先生にはまだ言ってないけど・・・。」
そういえば、里依紗がもっと小さい時に、先生に通報されて児童相談所の人が来たことあったな・・・川島のやつ、余計なこと言いやがって!じゃあ責任取らせてやる。
「わかった。じゃあ川島に来てもらうよ。そんであたしもなるべく早く帰るようにするからさ。川島と一緒に待っててくれれば心細くないだろ。」
そういうと、里依紗の表情がぱっと晴れた。
「川島さんが来てくれるなら泊まってきても大丈夫だよ!」
「さすがに川島に泊まりまでさせるのは悪いだろ。あいつ働いてるんだぞ。遅くなるかもしれないけど帰ってくるから。」
急いで川島にLINEすると、すぐに『OK。じゃあ6時くらいに部屋にうかがいますね』という返事が来た。本当に便利だな、こいつ。それともあたしのことを好きすぎるのかな。
★
仕事帰り、いつものように買い出しをして、ジョースケの部屋に行き、作り置きのおかずを作ってから、一緒に夕飯を食べた。そこでジョースケにおそるおそる切り出した。
「今日はさ、子供の世話を友達にお願いしてるから、帰らなきゃいけないんだ。」
「なんだって?」
ジョースケは、スマホから目だけをちはやの方に向けてギロリとにらんできた。
「いや、泊まれないってだけで、遅くなるのは大丈夫なんだけどさ。」
「いつもは子供だけで留守番させてるだろ。なんで今日に限って友達に世話を頼んだんだ?」
「いや、娘がさ、不安だって言うからさ。仕方なくさ・・・。」
「ここのことを誰かに話したのか?」
「話したって言っても、舎弟みたいなやつだし・・・。」
その瞬間、あたしは2mくらい吹っ飛んで、壁に頭をぶつけた。どうやらジョースケに殴られたらしい。
「ここのことは話すなって言っただろ?」
ジョースケの目が完全に据わっている。
「いや、話してない、話してないって。仕事、仕事で夜勤だからってお願いしたんだよ。」
「どんなやつに話したんだ?」
「中学の同級生で・・・」
「男か?」
返答できずにいると、左頬を殴られ、今度は反対側の壁に吹っ飛んだ。
「そいつの仕事は?」
「なんか、役場勤めで・・・。いや、浮気とかじゃないから。便利に使える舎弟っていうか、あたしはまったく男だって思ってないから油断してさ・・・。」
そう言うと、ジョースケは少し落ち着いたのか。またスマホを見ながらご飯を食べ始めた。あたしは顎が痛くてご飯が食べられなかった。
深夜、ジョースケがいびきをかき始めたのを確認して、そっと部屋を抜け出した。音が出てバレないよう、カギはしめないようにした。
ウチの近くまで来ると、部屋の明かりが消えていた。川島は帰ったのだろうか。そう思ってカギを開けると、常夜灯の下で川島が座っていた。
「おかえりなさい。子供たちが起きるといけないから、電気を消してたんだ。驚かせちゃったかな。」
ずっと待っててくれた川島を見て、あたしは涙が止まらなくなった。あたしがバカなことをしている間も、子供たちと一緒にずっと待っててくれたんだ・・・。
あたしのすすり泣く声が聞こえたのか、川島は近寄ってきた。そこで、あたしの顔が腫れ上がっていることに気づいたみたいだ。
「どうしたんですか・・・これ?すぐに冷やしましょう。」
その優しい声を聞いてあたしはすべてを話すことにした。彼ならきっとすべてを受け入れてくれるだろうという確信があった。
「わかりました。すぐに行きましょう。」
「えっどこへ?」
「その、ジョースケという男のところです。病院へも行く必要がありますが、話をつけないと。」
そういって川島は、あたしの手をつかんで部屋の外へ出た。その力は強く、しかしなぜか安心感があった。
あたしが道案内し、川島のクルマでジョースケの部屋へ行った。
「さっき出てくるとき、カギをかけなかったけど、合鍵は持っているから。」
川島は、あたしから合鍵を受け取ると、わざわざカギをしめてから、もう一度開けて中に入った。物音に気付いたのか、ジョースケが起きていた。
「なんだお前?どうやって入った?」
ジョースケが川島に向けて駆け寄った。190㎝あるジョースケは、川島よりも頭一つ大きい。ひねりつぶされる、そう思って思わず目を閉じた。しかし、ドスンッという音がして目を開けると、ジョースケが床に転がっており、その上から川島が押さえ込みをかけていた。
「電気をつけてくれ。」
川島から声がしたので、あたしは電気のスイッチを押した。ぱっと明るくなると、川島は押さえ込んだままスマホを取り出して、そのままジョースケの顔に向けた。どうやら動画を撮影しているようだ。
「鈴木さんの顔を殴ったのは、あなたですね。」
「知らねーよ!」
ジョースケは脱出しようと暴れているが、川島にがっちり押さえ込まれている。
「もう鈴木さんに手を出さないと誓えるか?」
「うるせ~っ、知ったことか。」
川島はスマホをしまうと、ジョースケの腕をつかみ、関節技のようなものをかけていた。
「手を出さないと誓えるか?それとも、手が出せないようにされたいか?」
ジョースケは、しばらく苦悶の表情で我慢していたが、とうとう我慢の限界が来たのか、がっくりとうなずいた。
「わかった。じゃあ、約束だ。」
そう言って、川島はスマホを操作した。動画を誰かに送るのだろうか。川島は、その後、しばらく暴れるジョースケを押さえ込んでいたが、ジョースケがすっかり大人しくなったのを見届けてから押さえ込みを解いて、あたしの手を引いて部屋を後にした。夜中だったが、大きな音がしたのか、野次馬らしき男がそこかしこに集まってきている。
川島は、野次馬には目もくれず、クルマであたしを夜間病院へ送り、治療の際もずっと付き添っていてくれた。そして、明け方になるまえにウチまで送ってくれた。
「ありがとう・・・。まさかあそこまでしてくれるなんて・・・。」
クルマの助手席から、あたしは川島に素直にお礼が言えた。
「いえ、大変でしたね。」
「強かったんだね・・・。」
「ああ、高校から柔道を始めて、今では三段です。」
あのヒョロガリメガネのオタクが、こんなに強くなってたなんて。しかもあたしを守るために戦ってくれた。もう迷うことは何もない。あたしの運命の人はこの人だ。
「あたし・・・川島のことを誤解してたよ。中学のときもごめん。川島の気持ちに気づいていたのに・・・あの頃は素直になれなくて」
「そんな昔のことはどうでもいいですよ。」
「もし川島が許してくれるなら、これからは川島と一緒にいたい。川島のことが好き。」
そういって、あたしは川島に抱きついてキスしようとした。しかし、川島はそれをやんわりとかわした。
「もう明るくなってきましたよ。それにお子さん達も不安がるでしょうから、早く帰ってあげた方がいいですよ。」
こんな時まで子供の心配をしてくれるなんて。強くて優しくて、やっぱり川島しかいない。川島が運命の人だったんだ・・・。あたしは、夢見心地で階段を登った。川島は、あたしが部屋に入るまで、ずっとクルマを止めて見守っていてくれた。
★
その日、あたしの職場に警察官がやってきて、警察署に任意同行された。ジョースケの件を聞かれたので、てっきり、あたしがジョースケに殴られた件で被害者として事情聴取を受けているのだと思っていたが、夜になってあたしも逮捕された。よく聞き取れなかったが、ハンニンインピザイという罪らしい。
次の日の取り調べから、担当の警察官に少しずつ状況を教えてもらえた。ジョースケは、本名を城山大輔という半グレグループのリーダー格で、3年前に東京の繁華街で行われた殺人を指示していたらしい。実行犯は逮捕されたが、ジョースケは逃亡し、その後指名手配されたが行方を掴めなかったらしい。しかし、今回の騒ぎでジョースケと城山大輔の同一性が確認できたため、逮捕に至ったとか。
あまりの急展開に、あたしの頭は付いていけてない。つまり、あたしがカレぴだと思っていたのは逃亡犯で、あたしはずっと逃亡の手助けをしていたから捕まったということなのだろうか。
その日の取調べが終わり、供述調書に指印を押した後、取調べを担当していた警察官に電話が入った。何を話しているかはわからなかったが、「課長が?」と言った後、急に焦りだし、あたしにこの部屋に残るように言って部屋から出て行った。そして、入れ違いになるように、スーツ姿の男が入ってきた。川島だった。
「お子さんたち3人ですが、ご実家に連絡して、預かっていただけることになりました。」
「あたし、勘当されてたはずだけど。」
最初の旦那と結婚する時に勘当されたのだ。今思えばあいつも半グレで、だから金回りがよかったんだろう。
「私からこれまでの話をご説明させていただいたところ、快く引き受けていただけました。だからこの点はご心配ありません。」
何事もなかったかのように、しれっとそんなことを言う川島に腹が立ち、あたしは机を強くたたいて立ち上がった。
「とぼけてんじゃねーよ。いくらあたしがアホだからって、これぐらいわかるんだからな。つまりお前は警察で、元からジョースケを追ってて、あたしを泳がせてジョースケのところに案内させるつもりだったんだろ?あ~あ、ばからしい。最後に好きって言ったの、取り消させてもらうわ。」
川島は全く動じる様子がなく、手であたしに座るよう指示した。
「違います。私は、偶然、勤務先のスーパーであなたに再会し、旧交を温め、家族ぐるみで付き合いをさせていただきましたが、たまたまあなたが交際相手から暴力を受けたと聞き、交際相手の家に話し合いに言ったところ、奇遇にもその交際相手が城山大輔さんだったということです。」
「うそつけよ。マンガでもそんなご都合展開あるわけないだろ!」
「いえ、それが事実ですから。」
「じゃあ・・・あたしと結婚して、里依紗と青龍と羅王の父親になってくれるのかよ?ぜんぶ偶然だったっていうなら、あの日々は本当だったってことだろ?」
あたしも、川島が言うことが嘘だってのはわかってる。でも、一縷の望みに賭けたい。
しかし、無情にも川島は首を振った。
「思い出してください。私が鈴木さんと結婚するとか、お子さんの父親になると言ったことは一度もないはずですよ。昔のよしみでお子さんたちの世話をすることはありましたが、それだけです。」
「やっぱりな・・・。あと、最後に一つだけ教えてくれよ。中3のとき、おまえは、あたしのこと好きだっただろ。香奈にもあたしの話を聞いてたらしいじゃないか。それで、あたしと会った時に、まったく未練とかなかったのかよ?」
あたしの質問に対して、川島は腕組みをし、しばらく宙を見つめていた。ああ、中3に初めて話しかけた時と同じポーズだ。
「たしかに、最初に鈴木さんに話しかけられた時は嬉しかったですよ。英語の質問をされたこともはっきり覚えています。」
「そうそう、テストが25点しか取れなくてさ。」
「あの時の質問は、過去形と完了形の区別がつかないというお話でしたよね。」
「ああ、今でも教わったことを覚えてるよ。」
「そうですか、しかし今も過去形と完了形の区別がついていないようですね。それが答えです。」
一言それだけを言って、川島は席を立ち、部屋から出て行った。川島と会ったのは、今度こそ本当にこれが最後になった。
ギャルだったあたしが優しくしてあげたクラスでボッチのオタクと35歳で再会したら恩返しされて人生が180度変わったんだけど 行木カナデ @Yourekey
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