第10話『モカの"偶然"って、ちょっとおかしい?』

 朝日が窓から差し込む中、ココは迷宮の地図を広げて熱心に研究していた。昨日図書館から持ち出した貴重な一枚だ。


「ここが『月の間』で…ここが『記憶の間』…そしてここが最深部の『封印の間』か」


 ココは指でたどりながら呟いた。地図には細かなメモ書きもあり、アインズ先生の研究内容を垣間見ることができる。


「おはようにゃ~」


 モカがベッドから起き上がり、大きくあくびをした。


「おはよう、モカ。よく眠れた?」


「うん!ココの隣は最高に気持ちいいにゃ~」


 モカはのびをしてからココの隣に来て、地図を覗き込んだ。


「何してるにゃ?」


「迷宮の地図を研究してるんだ。両親が向かったという最深部への道がわかるかもしれないから」


「へえ…難しそうにゃ~」


「うん。それに、アインズ先生の言ってた『満月の夜の儀式』も気になるな」


 モカは不安そうな表情で尻尾を揺らした。


「あと9日だにゃ…どうするにゃ?」


「まずは情報収集だね。アインズ先生の居場所と、彼が計画していることをもっと知らなきゃ」


「でも、もう図書館には行けないよね?見つかっちゃうにゃ」


「そうだね…」


 ココは考え込んだ。昨日の出来事で、ミューズ先生さえ信用できないことがわかった。学園の中で味方は誰なのか。


「リナお姉ちゃんに連絡を取れないかな」


「そうだにゃ!あの白い鳥を使えばいいにゃ!」


「でも、どうやって?」


 その時、窓の外で小さな鳴き声がした。振り返ると、なんと白い鳥が窓辺に止まっていた。昨日の伝書鳩だ。


「わあ!ちょうど良かった!」


 ココが窓を開けると、鳥は中に飛び込んできた。足には前回と同じ小さな筒がついている。


「また手紙?」


 ココは慎重に筒を開け、中の手紙を取り出した。


『ココへ

 危険が迫っています。アインズはあなたを探しています。

 今日の午後、カモミール広場の噴水で会いましょう。

 気をつけて来てください。L』


「リナお姉ちゃんからだ」


「カモミール広場?学園から離れた町の広場にゃ?」


「うん。人が多いから安全かもしれないね」


 ココは返事を書くため、小さな紙片を取り出した。


『リナお姉ちゃんへ

 了解しました。気をつけて行きます。C』


 筒に手紙を入れ、鳥の足に結びつけると、鳥はすぐに飛び立っていった。


「よし、準備しよう」


 ***


 午後、ココとモカは人目を避けるように学園の裏門から出て、町へと向かった。ココはモカを小さな籠に入れ、布で覆っていた。


「暑いにゃ~」


 モカが不満そうに言った。


「ごめんね。でもこうしないと、アインズ先生に見つかっちゃうかもしれないから」


 カモミール広場は街の中心にある賑やかな場所だ。中央には大きな噴水があり、周りには花々が咲き誇っていた。人々が行き交い、子供たちが噴水の周りで遊んでいる。


「リナお姉ちゃんはどこかな…」


 ココは周囲を見回した。約束の時間は近いが、リナの姿は見えない。


「あっ!あそこにゃ!」


 モカが籠から顔を出し、遠くの人影を指し示した。銀髪の女性が木陰のベンチに座っている。


「本当だ!」


 ココは籠を持って、そちらへ向かった。


「リナお姉ちゃん!」


 リナは周りを警戒するように見回し、ココに近づくと小声で言った。


「静かに。ここで話すのは危険よ。私について来て」


 三人は広場を離れ、小さなカフェへと入った。奥の席に座り、リナはやっと緊張をほぐした。


「無事に来られて良かった。学園では大変なことになっているわ」


「どういうこと?」


「アインズが全教授会議で『危険な神獣の力を持つ生徒がいる』と訴えたの。もちろん、あなたのことよ」


「え…」


「彼は『その生徒から記憶石を回収し、神獣の力を封印すべきだ』と主張しているわ」


「でも、それって嘘だよね?アインズ先生は神獣の力を使って何かするつもりなんでしょ?」


「そう。彼の本当の目的は『魔力の集約』よ。学園に満ちている魔力を一つに集め、自分のものにしようとしている」


「そんなことできるの?」


「満月の夜、銀月の神獣の力があれば可能よ。かつて神獣の力は強大で、時空すら操れたといわれているわ」


「モカが…神獣なの?」


 リナはモカをじっと見つめた。


「完全な神獣ではないわ。でも、その力の一部を持っているのは確か」


 モカは身を縮めるように籠の中で丸くなった。


「だから、銀色の尻尾が時々出るのかにゃ…」


「そう。それは本来の姿の名残ね」


「でも、どうして神獣の力がモカに?」


「それがわからないの。研究が必要だわ」


 ココはモカを見つめた。小さな黒猫の姿からは、とても神獣とは思えない。でも、不思議な力を持っていることは確かだった。


「ところで、図書館で何か見つけたの?」


「地図を手に入れたよ。迷宮の最深部への道が書いてある」


「そう…」


 リナは何か考え込んでいるようだった。


「リナお姉ちゃん、お父さんとお母さんは本当に迷宮の最深部に行ったの?」


「ええ。彼らは神獣の封印を強化するために向かったわ。もう一カ月以上前のことよ」


「生きてるの?」


 リナは悲しそうな表情を浮かべた。


「わからないわ。でも、彼らはとても優秀な魔法使い。きっと無事よ」


「会いに行きたい…」


「無理よ!迷宮の最深部は危険すぎる。特に魔法が使えない子には」


 リナの言葉に、ココは肩を落とした。


「でも…」


「ココ!」


 モカが突然籠から飛び出した。


「何かいるにゃ!外に!」


 リナも立ち上がり、窓の外を見た。すると、黒いローブの人影が店の前を通り過ぎるのが見えた。


「アインズの手下ね」


「え?」


「ここも安全ではないわ。裏口から出ましょう」


 三人は急いでカフェの裏口から出た。狭い路地が続いている。


「ココちゃん、これを持って」


 リナは小さな青い石をココに渡した。


「これは『隠れの石』。持っていれば、魔法の追跡を避けられるわ」


「ありがとう」


「それと、満月の夜までに迷宮に行くならこれを」


 リナは古い鍵を取り出した。


「迷宮の西側入り口の鍵よ。あまり使われていない入り口だから、見つかりにくいわ」


「リナお姉ちゃんは?」


「私はアインズの動きを探るわ。できるだけ時間を稼ぐから」


 リナは優しく微笑んだ。


「あなたが記憶石を持っていることは黙っているから、安心して」


「ありがとう」


「さあ、急いで屋敷に戻りなさい。裏道を通って」


 ココとモカは別れ際、リナに手を振った。


「気をつけて、リナお姉ちゃん」


「あなたたちこそ」


 ***


 屋敷に戻る途中、ふと気づいたことがあった。


「あれ?モカ、よく考えたら、リナお姉ちゃんがカフェにいることをどうして知ってたの?」


「え?」


「籠の中から外は見えなかったはずなのに」


「そ、そうだにゃ…なんでわかったんだろう…」


 モカは自分でも不思議そうにしていた。


「それに、図書館の時も…」


「何がにゃ?」


「秘密の扉に気づいたり、今日も白い鳥がちょうど良いタイミングで来たり…」


「偶然だにゃ〜」


「でも、偶然にしては多すぎるような…」


 モカは黙っていたが、耳がピクピクと動いていた。何か隠していることがあるのだろうか。


「モカの"偶然"って、ちょっとおかしいね」


「ど、どういうことにゃ?」


 ココは優しく笑った。


「いいんだよ。何か特別な力を持っていても。モカはモカだもん」


「ココ…」


 モカは感動したように目を潤ませた。


「モカも、よくわからないんだにゃ…でも、なんとなく『こうした方がいい』って感じることがあるにゃ」


「それって、神獣の直感?」


「かもしれないにゃ…」


「すごいね!モカの直感で、いつも危機を乗り越えられてるんだね」


「え、えへへ…そんな風に言われると照れるにゃ〜」


 モカは照れくさそうにしながらも、誇らしげな表情を見せた。


「これからも、その直感を大切にしよう。それが私たちの強みだね」


「うん!」


 二人は静かな夕暮れの中、屋敷への道を急いだ。明日からは本格的に、迷宮への準備を始めなければならない。リナが渡してくれた隠れの石と迷宮の鍵。そして、モカの不思議な直感。


 すべてが揃った今、ココは決意を新たにした。両親を見つけ、アインズの計画を阻止するために。たとえ魔法が使えなくても、自分にはできることがある。モカと一緒なら、きっと大丈夫だと信じていた。



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最後までお付き合いありがとうございます!

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