第8話『モカ、寝ぼけて大活躍!?』

 フレイムハート邸に帰り着いたココは、疲れ切った様子でベッドに倒れ込んだ。腕の中では、まだモカが眠り続けている。二人は迷宮からの帰り道、アインズ先生に見つからないよう、森の中を通る遠回りのルートで帰ってきたのだ。


「やっと帰れた……」


 ココはモカを優しくベッドに置き、隣に横になった。冒険の疲れで、すぐに眠りに落ちた。


***


 翌朝、明るい日差しが窓から差し込み、ココの顔を照らした。目を開けると、モカが目の前で彼女をじっと見つめていた。


「おはよう、モカ」


「おはようにゃ~、ココ!」


 モカは元気いっぱいに返事をした。


「ねえ、昨日の迷宮のこと、覚えてる?」


「迷宮?あぁ、アインズ先生に追いかけられたことかにゃ?」


「うん、そうだけど…その後のことは?」


「その後?モカ、覚えてないにゃ……」


 モカは困惑した表情で首を傾げた。


「実は……」


 ココはベッドの下から取り出した記憶石をモカに見せた。昨晩、帰宅してすぐに隠しておいたのだ。


「これ、迷宮から持ってきた記憶石だよ」


「わぁ!どうやって持ってきたにゃ?」


「それがね、モカのおかげなんだ!」


「モカのおかげ?どういうことにゃ?」


 ココはベッドに座り直し、昨日の出来事を話し始めた。


「アインズ先生に追いつめられた時、モカが倒れて意識を失ったでしょ?」


「にゃっ!そんなこと覚えてないにゃ……恥ずかしい……」


 モカは耳を下げて恥ずかしそうにした。


「でもね、倒れた後、モカは寝ぼけ始めたんだ。『にゃ~おさかな美味しい』とか言って」


「え?そんなこと言ったにゃ?」


「うん!そして、突然モカの体から銀色の光が出始めて、部屋中に魚や鳥、雲なんかの幻影が現れ始めたんだよ!」


「ほんとかにゃ~?」


 モカは信じられない様子で目を丸くした。


「本当だよ!その幻影を見て、アインズ先生が混乱して退散したんだ。でも、その後も大変だったんだよ……」


 ココは記憶石を取った時に部屋が崩れ始めたこと、出口が塞がれそうになったことを話した。


「その時、モカの体から強い光が放たれて、天井に向かって光の道ができたんだ。その光の道を歩いて、迷宮から脱出できたよ」


「モカが……それを?でもぜんぜん覚えてないにゃ……」


「うん、全部寝ぼけながらやったんだよ。モカの寝ぼけ魔法がないと、私たちは迷宮から出られなかった」


 モカは自分の体を見つめた。普通の黒猫の姿に戻っている。


「信じられないにゃ……でも確かに疲れてるにゃ……」


 ココは微笑みながら記憶石を手に取った。


「この石がモカと関係があるみたい。モカの銀色の尻尾が記憶石に反応したんだ」


 モカは石を覗き込んだ。


「なんだか……懐かしい感じはするにゃ……でも、思い出せないにゃ……」


 そのとき、窓の外から風の音がした。二人が顔を上げると、窓辺に一羽の白い鳥が止まっていた。


「鳥?」


 ココが窓を開けると、鳥は中に飛び込んできた。よく見ると、足に小さな筒が結びつけられている。


「伝書鳩かにゃ?」


 ココは注意深く筒を外し、中から小さな手紙を取り出した。


『ココへ

話がある。今夜、古い時計塔で会おう。

一人で来ること。

L』


「L?誰だろう…」


「罠かもしれないにゃ!アインズ先生が仕掛けたかも!」


 モカは警戒心を露わにした。


「でも、もしかしたら…」


 ココは考え込んだ。


「リナお姉ちゃんかもしれない。彼女はお母さんの妹で、頭文字はLだし」


「あの銀髪のお姉さん?でも、なんで秘密の手紙なんだにゃ?」


「わからない…でも、行ってみる価値はあるかも」


「でも、一人で行くのは危ないにゃ!」


「そうだね…」


 ココは記憶石を手に取り、じっと見つめた。石の中には不思議な模様が見える。


「モカと一緒に行こう。でも、もし危険だったら、すぐに逃げるよ」


「にゃ!モカもついていくにゃ!」


 モカは決意に満ちた表情で言った。しかし、その目には不安の色も見えた。


「大丈夫?昨日、凄い力を使ったから疲れてるんじゃない?」


「だいじょうぶにゃ!ココを守るのが使い魔の役目だにゃ!」


 モカは胸を張った。ココはその健気な姿に微笑んだ。


「ありがとう、モカ。でも無理はしないでね」


「にゃん!もし危なくなったら、また寝ぼけ魔法を使うにゃ!」


「うん…でも制御できないよね?」


「う~ん……そうかもにゃ~」


 モカは少し困った様子で考え込んだ。


「そうだ!モカ、あの寝ぼけ魔法、練習してみない?」


「練習?どうやってにゃ?」


「寝る前の状態を作ってみるとか…」


 ココが提案すると、モカはベッドの上で丸くなった。


「寝る前…ん~、ふわふわお布団気持ちいいにゃ~」


 モカは目を閉じ、まるで本当に眠りかけているかのように演技をした。しかし、何も起こらない。


「ん~、だめかにゃ…」


「そうだね…やっぱり本当に寝ないと出ないのかも」


 二人は少し考え込んだが、すぐに準備を始めることにした。時計塔での約束まであと数時間しかない。


***


 夕方、ココとモカは密かに屋敷を抜け出し、学園の方へ向かった。日が落ち始め、辺りは薄暗くなっていた。


「こ、怖いにゃ~」


 モカはココの首にしがみついていた。


「大丈夫。もうすぐ時計塔だよ」


 二人は慎重に進み、やがて古い時計塔が見えてきた。石造りの塔は月明かりに照らされ、影を落としていた。


 そっと扉を開け、二人は中に入った。螺旋状の階段が上へと続いている。


「上に行くのかにゃ?」


「たぶん…」


 二人は静かに階段を上り始めた。階段は古く、時々軋む音がして緊張感を高めた。


 最上階に着くと、そこには広い円形の部屋があった。大きな時計の機械が部屋の中央にあり、ゆっくりと動いている。


「誰かいるにゃ?」


 ココは小声で呼びかけた。


「来たのね、ココちゃん」


 影から人影が現れた。銀色の髪が月明かりに照らされ、それがリナであることがわかった。


「リナお姉ちゃん!やっぱり!」


「ごめんなさい、こんな方法で呼び出して。でも、あなたに伝えなければならないことがあるの」


「アインズ教授のことは知ってる?」


「うん…今日、迷宮で会ったよ」


「彼は危険な人物よ。銀月の神獣の力を利用して、強大な魔法を開発しようとしているの」


「それって…モカのこと?」


「そうね。あの黒猫は神獣の力を宿しているわ。でも、完全な姿ではないようね」


「モカ…本当は何者なの?」


「それを解き明かすのが、記憶石の役割よ」


「リナお姉ちゃんは、どうしてこんなことを知ってるの?」


「私もかつてアインズと共に研究していたの。でも、彼の本当の目的を知って離れたわ」


「あなたの両親も同じよ。彼らは神獣の力を守るため、アインズから離れたの」


「お父さんとお母さんは?今どこにいるの?」


「彼らは銀月の迷宮の最深部に向かったわ。神獣の封印を強化するために」


「封印にゃ?」


「そう。かつて神獣の力は封印された。それが解けかけているの。この子はその封印の一部かもしれないわ」


 モカは身を縮めた。自分が何者なのか、完全にはわからないことが怖かった。


「じゃあ、私たちはどうすればいいの?」


「記憶石を守りなさい。そして…」


 リナの言葉が途切れた。窓の外から突然の風が吹き込み、部屋の明かりが揺らめいた。


「誰か来たにゃ!」


 リナは緊張した様子で言った。


「アインズね。彼はあなたたちを追ってきたわ」


「どうしよう!?」


「私が時間を稼ぐ。あなたたちは裏口から逃げて」


 リナは小さな杖を取り出した。


「でも…」


「大丈夫。私も魔法使いよ。それに…」


 リナは微笑んだ。


「あなたたちには特別な力があるもの。あの子の寝ぼけ魔法、噂に聞いてるわ」


「え?知ってたにゃ?」


「銀月の神獣の力の一つよ。幻覚を操る力…夢の中でこそ発揮される特殊な魔法……」


 モカは驚いた様子でリナを見つめた。


「昨日、迷宮で使ったのね?」


「どうして知ってるの?」


「魔法の痕跡が残っているわ。あなたたちの周りに…」


 リナはモカをじっと見つめた。


「その力、大切にね。あなたの本当の姿を取り戻す鍵かもしれないから」


「本当の姿…」


「さあ、行きなさい。また会いましょう」


 リナは二人を裏の階段へと導いた。


「気をつけて、リナお姉ちゃん」


「ええ。あなたたちこそ」


 別れ際、リナはほんの少し寂しそうな表情を見せた。


「あなたたちの冒険は、まだ始まったばかりよ」


 冷たい夜風の中、ココとモカは学園の影に消えていった。そして、時計塔では光の閃光が走り、新たな戦いが始まろうとしていた。


***


 二人が静かに屋敷に戻ると、モカは深く考え込んでいた。


「ねえココ…モカ、自分のことがよくわからなくなってきたにゃ…」


「どういうこと?」


「黒猫なのか、神獣なのか…」


 ココはモカを優しく抱き上げた。


「モカはモカだよ。私の大切な友達。それだけで十分だよ」


「ココ…」


 モカは目を潤ませ、ココの胸に顔をうずめた。


「手伝うよ、モカが自分の正体を見つけるの。一緒に頑張ろう」


「うん!ありがとにゃ!」


 窓の外では満月が輝き、二人の新しい冒険の始まりを見守っていた。魔法の謎、モカの正体、そして両親の行方…すべてが繋がっているように思えた。


 モカは一度だけ月を見上げ、小さく呟いた。


「寝ぼけてたとはいえ、モカが役に立ったんだにゃ…もっと強くなって、ちゃんとココを守るんだにゃ…」


 二人の冒険は、まだ始まったばかりだった。



★────────────────────★


今日もココとモカの物語に、最後までお付き合いくださりありがとうございます。

小さなふたりの一歩が、読んでくださるあなたに、ちょっとでも笑顔を届けられたなら嬉しいです。


☆やフォローが、次の冒険の魔法になります。

感想も、そっと心に灯るランプのような存在です。ぜひ、ひとこと置いていってくださいね。

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