少女の勇気と優しさが、世界の在り方を変える鍵――愛と転移魔法の革命譚
- ★★★ Excellent!!!
異世界が舞台の物語が数多く生まれている現代において、タイトルに「令嬢」というワードが入っている作品を目にする機会も、かなり多いのではないかと思います。そんな中で、こちらの『抱きつき魔令嬢の革命譚』は、異彩を放っているように感じました。
抱きつき魔令嬢――奇抜で衝撃的な二つ名を与えられた人物は、主人公の少女であるロッテ・ヴァーグナー。親から子へと受け継がれる魔法のことを【鍵】と呼ぶ世界では、多くの貴族たちが【鍵】持ちであり、それぞれが魔法を使えます。
例えば、傷口を塞ぐ治癒魔法。光属性の攻撃魔法。人の心を惑わせる闇魔法。そして……男爵家の長女であるロッテの【鍵】は、居場所をたちどころに変える転移魔法です。遠く離れた場所まで一瞬にして移動できる上に、彼女の場合は「他人も一緒に転移」できるという、稀有な特性を備えています。
ただし、転移では異空間を経由するため――道中で相手とはぐれないように「強く抱き合う」必要があるのです。
魔法師団長のギュンターと、彼の副官を務めるフーベルトと出会ったロッテは、やがて魔法師団の新入りとして働き始めます。祖母が平民出身の彼女は、両親からひどく疎まれ、ギュンターとフーベルトを慕う令嬢たちからの顰蹙も買い、行く手にはさまざまな壁が立ちはだかります。けれど、どんな困難に見舞われても、ひたむきに前を見据える勇気と、他者に対する分け隔てのない優しさが、読者の心に温かい光を灯すのです。心に深い傷を負っていながら、与えられた場所で知識を吸収して、自らを輝かせる生き方に、私自身もたびたび勇気づけられました。
【鍵】という魔法が存在するということは、【鍵】の有無や能力の優劣が、自分自身の存在意義に、否が応でも介在してくるということに他なりません。持って生まれた、あるいは持たざる者として生まれたことで、懊悩したり、立ち止まったり、それでも立ち向かったりする彼女たちの姿に、幾度となく心を揺さぶられました。
移動の手段に過ぎなかったはずの「抱きつく」行為に、新たな感情の色彩が足されていく過程も、すごくドラマチックで惹きつけられました。人は、大切な誰かのことを思うとき、綺麗な感情も、薄暗い感情も、どちらも己の中で育つのだと思います。されど、どちらの感情を抱えて前に進むのかは、自分自身で選び取れる……そんな強さとしなやかさも、この物語が教えてくれたように感じました。
その場所に根付いた価値観を変えることは、茨の道かもしれません。それでも、ロッテたちなら、いつか変えられるのではないか……そんな希望を感じたとき、ロッテが他者に与える影響の大きさを知ると同時に、彼女に惹かれていくギュンターとフーベルトの想いにも、深い納得感を覚えました。コミカルで穏やかな三角関係も必見です。
不遇の令嬢が、緑の瞳にどんな輝きを携えて、どんな場所まで跳んで見せるのか。皆さんも、ぜひ陸路という物語で、追いかけてみてはいかがでしょうか。きっと、無我夢中で先を読ませる物語が、あっという間に彼女の着地点まで皆さんを運んでくれることでしょう。そして、彼女たちがどんなふうに世界の在り方を変えたのか、彼女の居場所から確かめてみてくださいね。