「魔法だけは超一流」

 レイはシャルルルカの手を引いて、冒険者ギルドを出た。

 ギルドの扉の前でシャルルルカは「ふう」とため息をつく。


「私が世話をしてやったと言うのに、一方的に脱退させるとは恩知らずな奴らだ」

「いや、あんたのせいだからな!?」


 レイがシャルルルカを指差して叱りつける。


「──ひったくりよー! 誰か捕まえてー!」


 そんな二人の耳に、女性の叫び声が聞こえてきた。

 声の聞こえた方向を見ると、男性が人をかき分けながら走っている。

 こいつがひったくりだとはっきりわかった。


「退け退け退けえ!」


 ひったくりが叫ぶ。

 人々は咄嗟に道を開けてしまっていた。


「止めないと!」


 レイは魔法のタクトに手に持ち、魔法の呪文を唱える。


「《岩壁ファレーズ》!」


 ひったくりの数歩先の地面がメキメキと盛り上がる。

 腰程度まで盛り上がった地面をひったくりはひょいと乗り越えた。


「ああっ。避けられた!」


 レイが情けない声を上げる。

 次の手を考えるが、ひったくりは目前まで迫ってきていた。

──ぶつかる!

 レイは目を瞑って、衝撃に備えた。

 シャルルルカはというと、何事もないかのようにゆっくりと、ひったくりの方に足を踏み出した。


「《幻影アリュシナシオン》」


 ひったくりとのすれ違いざまに杖を軽く地面に突き、そう唱えた。

 シャルルルカの後方に黒いドラゴンが出現する。

 ひったくりはそれにギョッとして、つまづいて転ぶ。


「ど、ドラゴン!?」

「なんでこんなところに!」


 周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げていく。

 黒いドラゴンはひったくりの顔に鼻先を近づけた。


「ひいいいいい!」


 腰の抜けたひったくりは手足をばたばたと動かして、後ずさろうともがいている。

 黒いドラゴンは大きく口を開けて、がぶりとひったくりの頭に食らいついた──ように見えた。

 ドラゴンはパッと消え、その場には、恐怖のあまり白目を剥いて気絶しているひったくりだけが残った。


「盗賊の癖に盗まれたと気づかれるなんて、とんだ間抜けだな。そんなことだから盗みで稼ぐしかなくなるんだ」


 シャルルルカはひったくりを見下してそう吐き捨てた。


「流石ですね、シャルルルカ先生! 幻影魔法だけは超一流!」

「それ以外も超一流だろうが……」


 シャルルルカは不満そうに唇を尖らせる。

 先程の黒いドラゴンは魔法で生み出した幻影。

 街中にドラゴンなど出現していなかったのだ。

 レイはひったくりの手にあるハンドバッグを奪い取る。

 それはひったくりが持つのに似つかわしくない高級そうなバッグであり、一目でひったくられたものだとわかったからだ。


「捕まえてくれたんですか!?」


 黒いローブにとんがり帽子を身につけた女性が、息を切らせて駆け寄ってくる。

 高そうなイヤリングや指輪がキラキラと輝いている。

 レイはひったくりに遭った人だと直ぐにわかった。


「災難でしたね」


 そう言って、ハンドバッグを女性に手渡す。

 女性はハンドバッグをぎゅっと胸に抱いて、ホッと息をついた。


「あのっ、本当にありがとうございます!」

「お礼ならこの人に言って下さい。この人が捕まえたんです」


 レイは関係なさそうにそっぽを向いているシャルルルカを指差した。

 女性はシャルルルカを見て、ハッとした。


「え! 嘘! 藤色の長い髪に金色の瞳、そして、その魔法のロッド……もしかして、大魔法使いシャルルルカ様!?」


 キラキラと目を輝かせてシャルルルカを見る女性。

 レイはそれと対照的に「げっ」と苦い顔をする。


「ええ。私は確かにシャルルルカですが……」

「やっぱり! お会い出来て光栄です! 冒険者ギルドの前で会えるなんて……冒険者パーティーを点々としているという噂、本当だったんですね!」


 女性は顔を赤らめて、手を差し出した。


「あの、差し出がましいかもしれませんが、握手をしてくれませんか……!?」

「本当に差し出がましいですね。ひったくり一人捕まえられない未熟な魔法使いの手を握れと?」


 女性は笑顔のまま固まった。


「そんな実力で高価な装飾品の金を払えるんですか? 他の男なら、手を握っただけで貴女のパトロンになったかもしれませんが、生憎、私は貴女のような厚化粧の女に施しを与える趣味はありません」

「コラー!」


 レイはシャルルルカの後頭部を引っ叩く。

 そして、女性に向かって頭を下げた。


「すみません、本当にすみません! あとのことはよろしくお願いします! では、失礼しました!」


 レイはシャルルルカの手を引いてその場をそそくさと離れた。

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