彼女の夢は遥か彼方

雨水雪

本文

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「ぎゃあアあぁああァ!」


 箒に跨った少女が、針葉樹林にらせんを描きながら墜落した。寸前で衝撃吸収魔法を放ち致命傷こそ免れたが、バキバキ枝をへし折った際に肌を切ってしまった。けほっと咳き込む。


「……航空魔法って、世界で一番簡単なやつじゃないのぉ!?」


 彼女の夢は魔法使い。幼い頃からあの、どこまでも透き通った大空を駆けてみたいと思っていた。だけれども。


「魔法学校の学費なんて払えるわけないし……通えるのは爵位持ちのお金持ちだけだし。杖も買えない魔導書高すぎ!」


 身長を越す魔道具を担ぎ、うつむき加減であぜ道を下る。箒は貰い物。勤務先、冒険者ギルドに併設された酒場に常連のパーティがいる。ギルドの稼ぎ頭であり、そこそこ有名な魔法使いも在籍していた。真っ黒いローブの人と仲良くなって夢についてちょっぴり喋ったら、お古でよければと譲ってくれたのだ。彼女からすれば垂涎のハイエンドモデル。性能を引き出せたことは、たった一度もないけれど。


「きゃあ!?」


 何もない所でつまずく。空のジョッキや皿が割れることはない。空を飛ぶより先に無詠唱で使えるようになってしまった。


「もうこれで9回目。世界一簡単なんて嘘ばっかり!」


「あともう一回だけ失敗してみなさいな」


 彼女が愚痴をこぼせば、当の本人は「失敗してみろ」の繰り返し。なんだかムカついてきたので翌日早朝、寝ぼけ眼を擦りながらいつもの丘陵へ赴いた。


「飛び入り試験の科目で苦手なのは急加速からの急停止。ここさえクリアできれば五分五分で受かれるはず」


 別に冒険はしたくない。命のやり取りなんてもってもほか、今の生活には満足している。けれども教会を軸に据えた半径数キロメートルの空間だけで生涯を終えるのは、もったいない気がするから。


「上昇とホバリングのコツは掴んでるっ、天気も良好、今度こそ!」


 グン、とエニシダの束が発進した。靴が脱げて素足になる。まだ順調、魔力の同調がだんだん狂い始めて機体が安定を失う。彼女は変速が大の苦手で、幾度やってもギクシャクしてしまうのだ。


「こんなとこでェ、負けてたまるかあぁ!」


 揺り落とされる手前でしがみついて離さない。しかし箒は彼女の制御下から外れ、あれよあれよと地球に吸い寄せられる結末に。


「ぎゃあアあぁああァ!」


 箒に跨った少女が、針葉樹林に叩きつけられた。町娘の服が破ける命に別状はない。


「これで10回目…………」


 血の滲む包帯、寝転びながら腕を太陽にかざしてみる。彼女の夢は遥か彼方。

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彼女の夢は遥か彼方 雨水雪 @usuyukiwater

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