【KAC20255】調律者
有馬 礼
*
春分の日が来た。
それぞれの季節にはそれぞれの支配者がいる。季節の支配者が交代するその日、この宇宙は一瞬脆弱になる。彼岸の存在はその隙をついてこちらの宇宙に接続し、忌まわしき者共を送り込んでくる。彼らは静かにこの宇宙に寄生し、やがては宿主を乗っ取るのだ。でもこの宇宙も黙って寄生されているわけじゃない。こちらも対抗策を講じている。彼岸の存在と戦うための兵士が世界中に配置されている。私やおねえちゃんのような。そしておそらく、私の娘も。
ぐらっ、と一瞬視界が揺らぐ。地震や眩暈じゃない。空間そのものが震えたのを感じた。
私は立ちあがって周囲を見回す。
「ついに先遣隊が到着したようだね」
犬のお腹を撫でていた雛人形のお殿様が立ちあがる。犬も何かを察して伏せの姿勢をとった。その背中にお殿様が乗る。
娘はバウンサーの中ですやすや眠っている。
「寝室と手下の部屋の窓を全部開けておくれ」
お姫様が汎用人型兵器から奪った二又の槍を手に立ちあがる。「手下の部屋」というのは夫の部屋のことで、夫の趣味のプラモのロボが部屋の壁一面にぎっしり並んでいる。それらは夫の部屋から溢れかえって寝室にまで進出しているんだけど。
私は眠っている娘を抱っこ紐に入れ、お姫様の言うとおり、窓を全部開け放つ。ああ、お布団に花粉が……今晩眠れるかな……。でもそんなことを言ってる場合じゃない。後で掃除機さんと空気清浄機さんに頑張ってもらおう。
「あれを見よ」
犬の背中に乗ったお殿様が、春の初めの水色の空の一角を指す。そこには、黒いひび割れがある。
「来るよ!」
2階のベランダの手すりに立ったお姫様が叫ぶ。
空のひび割れが少し広がって、そこから、雲霞の如く、という表現がぴったりな大量の妖精が飛び出してきた。頭髪のない頭に汚れた肌、両性具有の体は衣服を身につけていない。背中には薄い膜の張った羽根が生えている。
「焼き払え!」
お姫様の号令でロボたちが一斉に射撃を始める。妖精はどんどん撃ち落とされてバラバラになって落ちてくる。
「出撃!」
私はロボット掃除機(水拭き機能付)に命じる。働き者の掃除機くんは直ちに起動、妖精の残骸のお掃除を開始する。ロボット掃除機は空中で自身を複製して数を増やしていく。でも妖精の方もどんどん数を増やしていて、夫のロボたちが撃ち漏らした妖精を犬に乗ったお殿様が斬っていく。
この大騒ぎの中でもやっぱり娘は眠ったままだ。
「出現が止んだ」しゅた、とお姫様がベランダの手すりから飛び降りてくる。「第二陣のお出ましだ」
メリ、と空のひび割れがさらに広がって、人間サイズの妖精が出てくる。こちらに姿を現したところにロボたちが集中砲火を浴びせた。掃除機部隊が唸りを上げる。でも、妖精(人間サイズ)は一体だけじゃない。後から後から湧き出てくる。
「キリがないな!」
お殿様は犬の背中から飛び上がって、私と娘の方へ飛んできた妖精を両断する。妖精は黄緑色の粘液を撒き散らしながら地面に落ちた。掃除機が巨大化して落ちた妖精の残骸をお掃除する。
でも相手の数が多すぎて、全部は倒せない。お殿様が一瞬私の側を離れお姫様が槍を投げた空隙をつき、私の方へ妖精が向かってくる。間に合わない。
「……!」
私は思わず娘を庇って妖精に背中を向けた。その汚らしい指が私たちに向かって伸びてくる。
ドガッ
ものすごい音がして、今まさに私を捉えようとしていた妖精が吹っ飛んでお掃除される。
「私の妹に何してくれてんのよ!」
「おねえちゃん!」
一瞬夢かと思う。今ここにいてほしい人の姿が目の前にあった。今妖精を吹っ飛ばしたのはおねえちゃんのスーツケースだった。
「遅かったな、勇者よ!」
お殿様が妖精を倒しながら叫ぶ。
おねえちゃんが来てくれたらもう大丈夫。人にそう思わせるところが、おねえちゃんが勇者である所以なのだ。
「これを使いな!」
お姫様がロボから奪った光る剣をおねえちゃんに放り投げる。おもちゃサイズだったそれは、おねえちゃんの手に収まると人間サイズになった。
「私の妹にちょっかい出したら、タダじゃおかない!」
おねえちゃんはダンスで鍛えた鋭い身のこなしで次々に妖精を両断していく。もうそれは惚れ惚れするような舞踏だった。
あっという間に妖精(人間サイズ)はおねえちゃんとロボット掃除機にお掃除されてしまった。
「さすがは天下無双の春の勇者だよ」
お姫様が地面に槍を突き立てる。
「でも、まだ道が塞がってない」
おねえちゃんが空の裂け目を見上げる。その裂け目から観光バスくらいあるんじゃないかという巨大な妖精の指が出てきて、一気に裂け目が広がった。広がった裂け目から、黒目だけの巨大な目がこちらを覗く。
「やば……、でっか……」
むしろ楽しそうにおねえちゃんは呟いて、ヴン、と手の中の剣が唸る。
巨大な妖精は手で裂け目をこじ開け、こちらに出てこようとする。
ヴァーーーーーーーー
妖精が声を上げる。思わず耳を塞ぎたくなるような、不快な不協和音。
「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」
これまでずっと静かだった、抱っこ紐の中の娘が突然むずかり始めた。私は身体を揺らして宥めようとするけど、それくらいではどうにもならない。
ほにゃぁーーーーーーーー
娘の泣き声は心地よいハーモニーだった。空間が波打ち、震える。空の裂け目が治癒されていく。
「なんてこったい……」
お姫様がその様子を見て呟いた。
ぷるん、と空間が震えた後、空には何も残っていなかった。
「やるじゃない。さすが私の姪」
おねえちゃんが指先で顔を真っ赤にして泣いている娘の額をくすぐる。
「その赤子は『調律者』だったのだな」
お殿様はひと仕事終えてお腹を見せている犬を撫でながら言う。
「おねえちゃん、なんでここにいるの? お仕事は?」
勇者はピンチになると必ず現れるものとはいえ。
「ああ、『妹に赤ちゃん生まれた』って言ったら、すぐ帰ってやれってみんな言ってくれてさ。それで、諸々倒して飛行機に飛び乗って帰ってきた。ぎりぎり間に合ってよかったよ」
「さすがおねえちゃん」
「赤ちゃん抱っこさせてよ」
「いいよ。あ、どうぞ上がって」
私は産院で教えられたとおり、火がついたみたいに泣いている娘のお尻をぽんぽんしながらおねえちゃんを招き入れた。犬に乗ったお殿様とお姫様も続く。
「あんたも偉かったよね」
おねえちゃんは犬を撫でる。犬は誇らしげに尻尾を振った。
宇宙は正しく調律され、彼岸と此岸は交わらず、季節は春。
【KAC20255】調律者 有馬 礼 @arimarei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます