第3話 伸びる登録者数

 寝落ちをかました翌朝、ベッドの上で目を覚ましたリリアは軽く錯乱していた。

 オオトカゲのステーキを食べながら酒を飲んでいたことは覚えているがベッドに入った記憶が全くなかったためである。

 配信をしていたことを思い出し、慌てて飛び起きてカメラを確かめるが配信は切られており、さらに食卓に置いていたはずの食器や台所は綺麗に片付けられていた。

 まるで『自分以外の誰かがそうしていった』かのような様子にリリアは困惑する。

 それもそのはず、リリアが眠っている間にユニコーンがすべて片付けていったのである。


 わけがわからぬまま身支度を済ませたリリアは配信の反応を確かめた。

 すると普段とは全く違うものがリリアの目に映った。


 「登録者数、二千人……?」


 リリアは驚愕した。

 それは自身のチャンネル登録者数が明らかに増えていたためであった。

 先日まで十数人程度であった登録者数は一夜のうちに二千人を超え、百倍以上に膨れ上がっていた。


 「えっ、どうしよう。記念配信とかしたほうがいいのかな……」


 リリアは動揺していた。

 配信者はチャンネル登録者数が一定を超えると記念企画などを配信するのが定番になっているが、彼女の場合はあまりにも急に伸びてしまったためそういったものを何も考えていなかったのである。


 「まあいいや、思いついたらやろー」


 リリアはいったんそういったことを考えるのをやめて普段通りに行くことにした。

 記念企画は思いついたらその時に実行すればいい。

 ひとまずクエストを受注し、それを達成すべくダンジョンの中へと赴いていった。


 今日リリアが受注したのはセンニチソウの花の納品であった。

 センニチソウはダンジョンの様々な場所に生える植物である。

 独特な甘い香りを発する白い花を咲かせ、それが三年近く枯れずに咲き続けるという独自の生態からその名がついている。

 贈り物の花束や観賞用の鉢植え、香水の原料と用途は多岐に渡り、入手の容易さのわりに需要は高いがどういうわけか地上の土では育たないため、採取のためにはダンジョンに赴かなければならない。

 リリアも過去にセンニチソウの効率の良い採取方法を題材に配信をしたことがあった。


 ダンジョンの低階層でリリアはセンニチソウが生えている場所を探した。

 センニチソウは日当たりの良い水辺に群生する。

 香りでも判別できるため発見も比較的容易であった。

 

 ダンジョンの低階層は原理不明だが地上と同じような環境が広がっている。

 日光のような光が差しているし、時には雨が降ることもある。

 川や湖といった水源も存在していた。


 リリアが川の流れに沿って移動していくと、彼女の鼻にほんのりと甘い香りが届いた。

 センニチソウの群生地が近くにある証である。


 こうしてセンニチソウの群生地にたどり着いたリリアは目標の量を目指して採取に取り掛かった。

 ナイフを取り出し、茎を斜めにカットすると茎の断面を水に浸す。

 鮮度を保つためのテクニックである。


 「お嬢ちゃん、今クエスト中?」


 リリアが採取に勤しんでいると、誰かが声をかけてきた。

 リリアが顔を上げて声のする方を見ると、そこには二人組の男の姿があった。


 「そうですよ。今センニチソウの納品クエストやってて」

 「頑張ってるねー。ここらでちょっと休憩しない?」


 男たちはリリアを労うような言葉をかける。

 もちろん下心があっての言葉だがリリアはそれに気づいていない。


 「お気遣いありがとうございます。これぐらいならそんなに時間かからないと思いますから大丈夫です」


 リリアは健気に返事をした。 

 採取クエストを人より多くこなしている彼女からすれば今回のクエスト程度は大したことはない。

 

 「あっ、お嬢ちゃんもしかしてリリアちゃんでしょ」

 「私のこと知ってるんですか?」


 男の一人がリリアの名前を出すとリリアは作業を止めた。

 これまで初対面で自分の名前を知っている人物と出会ったことがなかったのである。


 「昨夜急に登録者が増えた冒険者だし、知ってるって」


 男たちはそういうとリリアとの距離を物理的に縮めようとした。

 その刹那、何者かが眩い閃光と共にリリアと男たちの間に割って入ってきた。


 「……はい?」


 リリアたちは唖然とした。

 両者の間にはあの『ユニコーン』がいたのである。


 「貴様たち、リリアに下心を抱いているな?」


 ユニコーンは兜越しに男たちを睨みつけた。

 彼はリリアに下心を抱く存在を感知して駆けつけてきたのである。

 白い鎧の隙間からは昨日は見られなかった赤い光が漏れ出ており、まるで怒りを表現しているかのようであった。


 「は?何決めつけてくれてんの?」

 「てかアンタリリアちゃんの何なワケ?」


 ユニコーンの物言いに逆上した片方の男はユニコーンに突っかかろうとした。

 しかしユニコーンはその男の手首を逆に掴むと軽々と振り回し、リリアから遠ざけるように川の中へと投げ飛ばした。

 男はまるで石ころのように吹っ飛ばされ、飛沫をあげて川に落ちていった。


 「リリアに近寄る不潔な男は排除する」


 ユニコーンはそう言い放つともう片方の男に向かってゆっくりと進み出した。

 赤い光は男たちに近づくたびに増大し、今にも襲いかかりそうな禍々しいオーラを放つ。


 「ヒエッ……お前マジでなんなんだよ……」

 「リリアのユニコーンだ」


 狼狽えながら尋ねる男にユニコーンはただそう答えた。

 臆することなくユニコーンを自称するその姿は男をドン引きさせるには十分すぎるものであった。

 それを見ていたリリアは意味がわからずただ首を傾げるしかなかった。


 「ご、ごめんなさい!」


 もう片方の男はユニコーンに対して謝罪すると全速力で逃げていった。

 男たちの姿が見えなくなるとユニコーンの鎧の隙間から迸っていた赤い光が消え、心なしか大人しくなったように見えた。


 「変なことはされなかったか?」

 「いや、別に……」

 「それはよかった」


 リリアの安全を確認したユニコーンは昨日と同じようにどこかへと去っていってしまった。

 一人になったリリアは謎に包まれたユニコーンの存在に疑問を持ちながら静かにクエストの続きに励むのであった。

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