塩谷凛 第22話
(なんなのっ!!)
私は本気で苛立っていた。昨日の様に一緒に帰ってやろうと、校門の前で甲斐甲斐しく待ってた愛しい初恋相手をこんな目に合わせるなんて……私は拳を握りしめると、大きく振って先へと進む。サッサと帰って甘いものでいっぱい食べてやるっ!! 私はそう誓った。
「待てよぉ、だいたいなんでミッシーと帰ろうとしてたんだよ……凛ちゃんと約束してたみてぇだし、完璧にお邪魔だろぉが」
「はぁあ?? 邪魔な訳ないでしょ!!」
「いや、邪魔だろ……」
振り返ると、苦笑いをしている幼馴染が立っている。何故いつもコイツが私を見張るように着いてくるのか? 私には身に覚えがない。
「松沢さぁー、私に構ってないでサッサと帰んなよ。この間も付いてきたしさー、そもそも家こっちじゃ無いじゃない」
「まぁ、そう言うなよ。幼馴染のよしみでボディーガードしてやってんだよ」
「必要無いわよっ!!」
「あるって、お前チビっこいんだから変質者に狙われるかも知れねぇだろ?」
「はぁあ!? 大きなお世話なんだけどっ!!」
気持ちはありがたいが、私だってもう中学生だ。そんな風に子供みたい扱うのは失礼だ。私は松沢に背を向けると、早歩きで振り切ろうと脚を上げるーー
パシッ
「まてよっ……せっかくなんだし昔話でもしながらゆっくり帰ろうぜ?」
私は自分の手首を掴む松沢の手に、背筋にゾワリと悪寒が走る。
「ちょっとっ!! 離して!! 勘違いされるっ!!」
「はぁ? 周り誰もいねぇし、早歩きしねぇなら離すし」
「……わ、分かったわよ、でもつまんない話ししたら置いて帰るから」
私はゆっくりと歩き出す。少し斜め後ろを付いてくる幼馴染は、どこか仕方のないものを見るかの様な顔をしている。
「そういやさ、ヤスとマドカちゃんがこの間遊園地行ったって知ってる?」
「……知ってるし、その話つまんない」
「なんだよ……じゃあ夏休みの間に新城が宮川を振った時の話は知ってるか?」
「知ってる、最低、本当ムカつくし大っ嫌い」
「い、いや、あぁ……まぁそうだな?」
本当に男子はバカばっかりだ。宮ちゃん……あんなに辛くて泣いてたのに、みんなに言いふらすなんて本当にありえない。私はジワジワと自分の脚の回転が上げていく。
(本当ぜんっぜんっ面白くないっ!!)
「おい〜、また早足になってんじゃん……待てよっ!」
「!?」
再び自分の手首に他人の体温が伝わる、私はその手の力の強さに、女子である自分とは違う事を認識させられる。
「ちょっ! 離してっ!! 誤解されちゃうっ!!」
「だから……だいたい誰に誤解されたら困んだよ……」
「決まってるでしょ!! それはあのバ……」
私は何が困ると言うのか? 自分で言っていて戸惑う……そんな私を松沢は少し苦笑いを浮かべて優しく見ている。
「はぁ……そんな気になんのか? ミッシーが」
「はぁあ!? そんなんじゃ無いからっ!! あの時の事忘れたのっ!? 私はまだ疑ってんのっ!!」
「偽物……だっけ?」
「そうっ!!」
私はそう言うと足を止めて、松沢に指を刺して続ける。
「良い? 多分塩谷と付き合った所から別人になったの! あのアホは塩谷の事なんて全然好きじゃなかったはずなのっ!!」
「なんでだよ、普通に大切にしてるぜ? この間だってーー」
「なに!? この間って何!?」
私は身を乗りだして、その続きを要求する。松沢は少し体を逸らし、両手を開いて胸の前に出すと、
「わ、わーったから、ちょっとちけーよっ!!」
「いいから早く話しなさいよっ!!」
「ったく……と、取り敢えず歩きながらにしようぜ?」
「…………ちゃんと話し切りなさいよ?」
「う……」
私は再び松沢に背を向けると自宅への道をさっきまでの半分以下のスピードで進む……
「お、おせぇ……」
「早くしなさいっ!!」
松沢は頬を指で掻きながら、ようやく概要を話し出す。本当にまどろっこしいヤツ……
「この間さ、凛ちゃんが中間悪かったって言うから家で勉強教えてあげたらしいぜ?」
「はぁ!? あのクズに勉強なんて教えれる訳ないじゃ無い!! 絶対いやらしい目的じゃない!!」
「ひでぇなぁ……でも、アイツこの間のテストで平均九十四点だったし、全然教えれるだろ?」
「…………きゅ?」
「九十四点だよ。いやぁ〜〜スゲェよなぁ……最近真面目にやってるとは言え、直ぐ成果出すなんて」
私は石の様に真っ白になって固まる。自分の中間の平均なんて七十点台後半だ……
「これは加賀谷から聞いたんだよ、加賀谷と純ちゃんも一緒に教えて貰ったらしくてさ。二人ともメチャクチャ喜んでたわぁ」
「へ、へ〜〜……そ、そうなのね?」
「な? ちゃんと大切にしてるだろ? 加賀谷達が帰った後に、凛ちゃん交えて家族と飯とか食ったらしいぜ? これは本人から聞いたわ」
「…………」
家族公認……私はそのワードが頭の中で何度も響き渡る。中学生の恋愛で、そこまで踏み込んだ事が起こるのだろうか? なんの経験も無い私にはわからない。
ただ……胸が苦しい……鼓動がどんどんと早まっていく……
「加賀谷も純ちゃんと順調みたいだし、ヤスとマドカちゃんなんてベストカップル過ぎだし……俺もそろそろ……」
「はっ!!」
「な、なんだよ……」
私は我に帰ると、このままではダメな事に気付いた。意味深な新城と塩谷。順調過ぎると見せかけて、この後振られて傷付く羽目になる幼馴染を……私は守らねばならない。
祥子の様子もおかしい……あの子は美人だけど自己中で、人を引っかけ回すのが大好きだから、きっとあの猿とは合わない。またきっと傷付く……
それならいっそ……
#
なんだかなぁ〜、なんか丸わかりなんだよな。俺はそんな幼馴染の直ぐに顔に出る性格がとても可愛くて大好きだけど、今日は分かりたく無かった。
ミッシーの事は大切なダチだ。昔からお調子者で目立ちたがりだけど、弱っちくて守ってやんなきゃって思わせるヤツだった。
リトルを一緒にやってた時は、アイツはセカンドで二番、器用で要領が良く、頭の回るヤツじゃ無いと出来ないポジションにいた。
突然野球を辞めちまってからは、クラスも違う俺らに接点は少なく、疎遠になっちまったが、泊まりの行事なんかじゃ結構一緒に遊んだりもした。
そんなある日、クラスのダチからこんな話しが耳に入った。
『知ってるか? 一組の三嶋いんじゃん? アイツ好きな女子を西野って言ったらしいぜっ!」
『マジかよっ! 西野ってチビでモジャ毛のヒステリー女だろ??』
『マジやべーよ、三嶋のやつ最近周りからバカにされて孤立してるらしーぜ!』
『そうなるよなぁ〜、この学校で一番可愛いクミちゃん差し置いてバカな事言ってりゃな』
俺はそれを黙って聞いていた……何でそこまでミッシーは責められるのか? 俺には全然分かんなくって……
『松もそう思うだろ? クミちゃん以外ぜってぇねぇよなぁ?』
俺は心が震えた。恐怖にだ……俺にはミッシーの様に思った事を言える勇気なんて無かった……
『あ、ああ……クミちゃんが一番可愛いよな?』
『だよなぁーー?』
俺はその時知ってしまったんだ……
「な、なんだよ……」
「ううん! 何でも無いっ!! ちょっと帰って作戦練るだけ!」
「そ、そっか……」
「あ、そういや今なんか言ってなかった?」
「あ、ああ、俺もそろそろってーー」
「あぁ! クミに告んの!? 良いんじゃね? お前顔もルックスも良いし、お似合いだーー」
「ちげぇよっ!!!!」
「ひいっ!!」
思っていたより大きな声が出てしまう。本気でビックリしたのか、西野は胸の前で両手でグーを作り、ジリジリと後ずさる……
「わ、わりぃ……ち、ちげぇんだよ」
「ふ、ふ〜ん」
俺には分かった……コレがそのツケなんだって……
「ちゃんと好きな子いるんだ……」
「へぇ〜、で、誰?」
「今は言えない……」
そのツケの代償は、大きい。俺には資格がないんだ。アイツを差し置いて抜け駆けする様な事は出来ないんだ。
「ふーーん、まぁ良いけどさ。でもさっきも言ったけど、お前なら大体大丈夫なんじゃん? 自信持って行きなっ!」
「あ、ああ……サンキュ」
「んじゃあ、こうやって私といたらもうダメねっ!! 勘違いさせちゃうっ!!」
「そ、そうだな……」
「じゃあ、私帰るね? 早く帰って作戦立てなきゃ!! 作戦次第じゃ手伝ってもらうわよっ!!」
「あぁ、分かった」
走り出す幼馴染の背は、初恋が遠ざかっている事を示してるかの様に俺の胸に痛みを与えた。
コレが代償なんだ。俺には出来なかったんだ。レースの一番前を走る事が……たった一人になったとしても、勇気を振り絞って走り出せなかったんだ。
あの時から知ってしまった、分かってしまった気持ち……
俺が本当に好きなのはアイツだった……
だけどアイツの隣を走ってるのは俺じゃ無い。
あの時勇気を出して、俺も彼女の名前を出せていたなら……
「もう少しだけ待つか……」
俺は遠ざかる初恋の女の子の背を見つめながら、ゆっくりと歩き出した。
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