塩谷凛 第11話




「そろそろだな?」

「そうっすね……」


 ダセーな、こんな先輩らと同じに思われたくねぇな。俺だってなんでこんな事してんのか分かんねぇ。


「あーー腹立つわぁー、マジあいつタダですまさねぇからな」

「あぁ、あんなダサいヤツから救ってやんねぇとな?」


 だけど、兄貴にチームをやるって言った時に言われた事がある。何があっても自分の決めた事を曲げんな、疑うなって。

 下に付く仲間を引っ張るなら、リーダーは自分の意思を押し通せって意味なんだって思ってる。


(アイツはダチだし、いいヤツなのは俺が誰より知ってんだ……)


 三嶋の弟と俺の妹は、同じ病院の常連だ。妹は良く三嶋に二人まとめて面倒見てもらってたんだ。中学に上がって、アイツが妹から良く聞いてた『三嶋さん』だと分かって、ソッコーで仲良くなった。


 俺は単ランのポケットからセッターを出して火をつける。


「新城、お前セッターか? 一本くれよ」

「良いっすよ」


 俺の兄貴にビビりまくってる癖に、先輩面して偉そうにしやがって。タイマンならお前らに俺は負けねぇ……


 一個上の世代は、ここ近年では珍しいぐらい不良の人数が多い。だけど不良って言うよりクズって感じのヤツばっか……


 俺らの代は、スポーツと不良の掛け持ちみたいな感じで、完璧にグレてるみたいなヤツはすくねぇ……

 それにみんな硬派な漫画の世界のヤンキー系に憧れてる奴が多くて、先輩らのやってる事が、あんま好きじゃねぇ奴が多いのも分かってる。


「でも、なんかイラつくんだよ……アイツは」

「あん? 新城? なんか言ったか?」

「いえ……なんでもねぇっす」


 俺はこの後に関わるつもりはねぇ、先輩らと三嶋で勝手にやりゃあいい。適当なタイミングでここから離れりゃいい。


「そういや、竜君は?」

「あぁー、せっかく停学明けたのに、あんな髪してきたからまた指導室行きだってよ」

「マジかよ、うぜーな……卒業したらお礼参りすっか?」

「だけど、川島だけならまだしも、中山にお前勝てんのか?」

「あーーあのラグビーバカの先公かぁー」


 口で言ってるだけで、お前ら群れて調子乗ってるだけだろ……やれもしない事をあーだこーだ言ってるこの人らにウザ気がさす。


(竜さんは別なんだろうけど……)


 一個上を束ねる坂本竜先輩。今日から停学が明け、学校に戻ってる。流石の俺も一目置いてる武闘派の先輩で、一年の時から先輩ら相手に暴れ回ってだって聞いてる。今回の停学だって、一年の誰々が隣の中学の奴にカツアゲされたって聞いて、報復したって話しだ。


(竜さん……コイツらが女を横から掻っ攫われたって事での報復って知ってんのか?)


 もし知らなかったらどうなんだ? 硬派系だけど仲間思いの人だ。コイツらの肩持つのか三嶋の肩持つのか……


(仲間の肩もつだろ……そんなの……)


 先輩のとる行動にそう期待を込めつつも、何処か違和感を俺は覚えていた。



#



「チャイムなったし、もう着替え終わったろ?」

「あぁ、そろそろくんだろ」


 俺はそんな会話をする先輩らに背を向け、体育館裏から、校庭に出る道へと足を向ける。


「おい、新城」

「なんすか?」


 呼び止められるかも、とは思っていたが俺まで頭数に入れてるつもりか? だとしたら本当に情けねぇ、三嶋にビビってんのか?


「お前ココで抜けんなら、お前凛から手を引けよ? 当たり前だろ、おこぼれとかダセー事だけはすんなよ?」


 自分達がやろうとしてる事を棚に上げて何言ってんだコイツら……


 ここにいるのは七人、喧嘩がそこそこ出来る双子の洋介、俊介先輩と、無口で直ぐ手が出る宮本先輩、女ったらしで有名な児玉先輩、児玉先輩と仲良くて、他校の女を犯しまくってるって噂の渡辺先輩、後の二人は駅前のボクシングジムに通ってるって先輩で、確か斉藤先輩と栗原先輩……


(ここに竜さんまで来るなら、過剰戦力だろ……)


 でも二人ほど気に入らない先輩が混ざってる。あの二人に捕まったら塩谷はどんな目に遭うのかなんて目に見えてる。


(……それは俺の望んでる事じゃねぇ……だけど三嶋にくれてやるのとどっちが……)


「どうすんだよ、新城。お前抜けんならぜって〜凛に手を出すんじゃねぇぞ?」

「……抜けるわけじゃねぇっすけど、ちょっと引いてても良いっすか? 流石に先輩らになんかありゃ出てきますんで」

「ちっ……お前、新城先輩の弟じゃなきゃそんな我儘許さねえからな? そこんとこ忘れんなよ?」

「……うす」


 クソッ……上下関係とか、数の差とかなきゃ……タイマンでぶちのめしてやりてぇ……

 だけど、三嶋はそんな事考えずにここに来るんだろう。俺は体育館の角に身を潜めると拳を壁に打ち付ける。


ゴンッ!!


 コンクリの壁は大きな音を立てず、痛みは俺の拳から脳髄にまで響く。人生で経験の無い、例え用の無い胸のモヤに思考まで侵食されていく感覚に、俺は頭を抱えてその場でしゃがみ込む。


「おせーーんだよっ! 三嶋!!」

「この間の話の続きだっ!! 分かってんだろな?」

「はぁ…………分かってますよ」


 始まった……俺はそのままの姿勢で頭を上げて耳を傾ける。


「あん時だって別れるっつったよな? いつまでダラダラやってんだよ!」

「……だから、彼女を上手く傷つけない様にって言ったじゃ無いっすか。まだタイミングが上手く取れないんすよ」

「てめぇ、そう言って凛の体が気に入って手放せねぇとかじゃねぇのかよ!」

「はぁ……俺は童貞っすよ」


 何故か先輩らは会話を続けている。てっきり直ぐに殴りかかって、言う事を聞かせるんだとばかり思っていた。それなのに角から覗いた光景は、三嶋を大きく取り囲みながら逃げ場を無くすかの様に振る舞う先輩達。


「嘘つけっ!! あんなチャラくて軽そうな女なんてやりたい放題だろが!」

「…………」


 三嶋の空気が変わった……


「テメェ……先輩に向かってなんて面してんだ!」

「俺だって……気に入らない事言われたら流石にイラつきますよ、人間なんで」

「そんな立場じゃねぇって言ってんだ!!」


 動いたっ! 宮本先輩が大振りに右拳を三嶋に向かって突き出すーー


「ハァ……」


 それをフェイドバックで三嶋は軽く躱すと残した右足で先輩を転ばすーー


「テメェッ!!」

「いくぞっ!!」


 次に拳を振り上げたのは斉藤先輩と栗原先輩だった。

 二人は両拳でファイティングポーズを取ると前屈みに三嶋へと距離を詰めるが、それより低い姿勢で三嶋が二人の射程距離より内側に入り込み、手を地面につけて両足を回して二人の足を払うーー


「うぐっ!!」

「あっつぅ!! テメェまたーー」


バゴンッ!! ガゴンッ!!


「今日はあの時と違って、これくらいはしますよ?」


 三嶋は転んだ二人の先輩の顔面を、回し蹴りと踵落としで沈めると、苦笑いを浮かべてそう言った……


「ボクシングなんて、間合いが命ですし実践なら足技に弱いんですから……もう少し慎重に詰めないと……」


 俺はいつの間にか立ち上がって、その光景に息を呑み、眼を見開いて魅入っていた……


「宮本立てっ!! 児玉と同時に動きを抑えろっ!!」

「ぜってー仕留めろよ! 俊介!!」


 指名された二人はまるでレスリングのポーズの様なポーズでじわじわと三嶋に迫っていく……


「ヤローに捕まるのはあんまり嬉しく無いんでーー」

「は?」


 そんな二人を無視して、猛ダッシュで俊介先輩に向かって駆け出すとーー


「ぐはぁっ!!」


(す、スライディング??)


 三嶋は囲ってくる二人を無視して俊介先輩を転ばすと立ち上がって、そのまま先輩を蹴り上げた。


「俊介っ!!」


 焦って駆け寄る双子の片割れの洋介先輩。三嶋はそんな先輩の左側に素早く周り混むと、先輩の膝裏に低い回し蹴りを放つーー


「ぶへっっ!!」


 先輩はそのまま進行方向へと突っ伏し、三メートル程顔面スライディングをかましてった……


(つ、つえぇ……って言うか……上手ぇ……)


 あれが三嶋か? 俺の知ってるアイツはこんな事出来る様な奴じゃねぇ……


「ふざけやがって……」

「おいっ! やるぞっ!!」


 まだ立ち上がって体制が整って無い三嶋に覆い被る二人の先輩。


「グハッ!」


 宮本先輩を肘で払う、だけどそこまでだ……


「つ、捕まえたぞ……」


 児玉先輩が三嶋を背後から羽交締めにすると、起き上がる数人の先輩達……


「ここまで……だっ!!」

「ぐはっ!」


 三嶋に洋介先輩のボディブローが突き刺さる……これは決まったか……余りに酷いようなら出て行こう。俺はそう決めると、一歩前に脚を進めようとする。


 その時ーー


「きゃーーーー!!!! 先生喧嘩ですーーーー」


「な、なんだっ!?」


 突然、体育館の裏側の出入り口から大きな女子生徒の叫び声が俺達全員の耳に入る。


「俊っ!! 捕まえてこいっ!!」

「ちっ!!」


 洋介先輩が指示を出すと、弟の俊介先輩がその扉に向かって駆けるーー


「あのバカーー」

「あんっ?」


ボゴッ!! ドゴンッ!!!


「ガハッ!!」

「オエッ!!」


 一瞬目を離した瞬間、肘当てでも当てたのか、三嶋は児玉先輩の拘束から離れ、洋介先輩を蹴り飛ばすと、猛スピードで走り出していた。


「ーーえ?」


ドンッ!! バターーーンッ!!


「ギャッ!!」

「きゃっ!!」


 扉に打ち付けられた俊介先輩の悲鳴と、驚きであげた女子の可愛らしい悲鳴が同時に聞こえる。


 先輩に飛び蹴りをかました三嶋は、そのまま扉の隙間に何か言葉をかけるとそのままこっちに振り返る。


「もう邪魔はしない様言ったんで、先生が来る事は無いと思います」


 そう言うと、再び一定の距離まで歩いてくる。


「し、新城っ!! 出てこいっ!!」

「!!」

「竜さん来るまで、お前も足止めくれぇしやがれっ!!」


 ちっ……だが、俺は苛立ちと同時にこの展開を先輩らが想定していた事を理解した。三嶋の事を最大限に警戒していたんだって。

 三嶋は竜さんが来たらどうする気だ? 竜さんは本当に仲間を庇うのか? 俺は動けない……


「おいおいおいおい……」

「竜ちゃんっ!!」


 そんなタイミングで……来た……来ちまった……俺は顔を引っ込めて、現場から視線を外した……


 竜さんだ……


「このヤローが俺らに舐めた事した三嶋だよっ!」

「ほーーん? どんな事してくれたんだ? 三嶋ぁー」

「俺らの女を奪って、向こうが望んでねぇのにヤりやがったんだよ!」

「うわぁーーマジかよ……って、児玉ぁ……」

「ーーえ?」


ドッゴンッ!!!!


「う………うぷ……」


 児玉先輩が三メートルくらい空を飛んだ……


 百八十五センチを超える竜さんの一振りで、空を飛び、そのまま地面に落ちた先輩は不自然にピクピクと痙攣している……


「俺はぁ……三嶋と話してんだわぁ、それにテメェらがそれを言うかぁ?」


 すげぇ……なんてパワーだ……俺が全力で大振りに殴ったってあんなに人を吹っ飛ばせねぇ……


「おい、俊に洋、起きろや」

「ぐ……」

「がはっ、……あぁ竜君……」


 三嶋は起きてくる先輩達を、ケツの汚れを払いながら険しい目でジッと見つめている。このままじゃ振り出しにもどっちまう……


 俺は体育館の角から顔を出す。別にどっちに着くとかそんな事は何も考える事なく脚が前に出る。


「あん? 新城か? オメェもこの件に絡んでんのか?」

「…………」

「まぁどっちでも良いけどよ、俺は嘘とか面倒くせぇーのが嫌いだ、ウダウダすんなら皆んなぶっ飛ばして、しまいにする」


ジャリ


 俺や児玉先輩のいるコッチに足を向ける竜さん。先輩達が震えてるのが分かる……半端な言葉はきっと逆効果だ……


「竜さん」

「おう、三嶋ぁ」


 そんな俺達の間に割って入る様に三嶋が足を進める。


「お久しぶりです。今回は俺のせいでこんな所まですいませんでした」

「ハハ、俺には誰のせいなのかなんてわかんねーけどな?」


 振り返る竜さん。俺達は全員それに釣られて竜さんの背後に視線を向けるーー


(ヤス……松に……加賀谷もか……)


 二人は近付く事なく、遠くからコッチを見ているつもりのようだ、


「俺が知らなかったとは言え、先輩達が狙ってた女の子と付き合ったばかりにこんな事になりました」

「あん? その女は別に誰かのもんじゃ無かったんだろ?」

「はい、フリーだったので付き合ってみないか? と誘いました」

「? なんだそりゃ……」


 竜さんの目が鋭くなる。それは三嶋では無く、三嶋の後ろにいる先輩達や俺に向いてる様に感じる……


「俺ぁよぉ……筋の遠らねぇ事が大キレぇなのよ……俺ぁお前が女を強引に犯した、みたいに聞いたんだけどよぉ」

「そんな事俺には出来ませんよ」

「だよなぁー? だけど本当なら俺は可愛い後輩をシメネェといけねぇなぁ?」


 どういう事だ? この二人は接点があったのか? ガンの飛ばし合いが広がる、三嶋は竜さんのガンを涼しげに受け流している……信じらんねぇ……


ガラガラッ!!!!


「み、三嶋はそんな事しませんっ!! てかっ、そんな根性ありませんっ!!」

「ちょっ! 陽子っ!!」


 体育館の扉が勢い良く開くと二人の女子が飛び出したーー


「に、西野に伊東……」

「あ! 新城っ!! アンタもいたなら言ってよっ!! 三嶋と塩谷はそんなんじゃ無いって!!」


 俺はさっきの叫び声の主が誰なのか分かった。覗き見してたのはコイツらだったんだ。


「お前ら……さっさと帰れって言ったのに……」

「う、うるさいわねっ! なんでアンタに指図されなきゃいけないのよっ!!」


 呆れる様に溜息を吐く三嶋を他所に、ドアからトーテムの様に顔を出す二人の女子。


「クックック……ハッハァッ!! おもしれぇーなぁ! 三嶋ぁ!!」

「竜君……」

「良い女だなぁ、なぁ三嶋……いやぁ……ユキ、か」

「そう呼ばれるのは久しぶりです」

「俺はシュウ君知ってっからな? 三嶋って呼ぶのはやっぱ違和感あっから」


 全員が固まる。今の今までこの二人がこんなに親しげに話すのなど初めてだった。そんな二人に空気を読まず突っ込んだのは双子片割れ、洋介先輩だ。


「り、竜君? なんだよ、なんでソイツらの言う事聞くんだよ……」

「コイツらだけじゃねぇよ、他にも色んなヤツから話しは聞いてる。だけど、それだけじゃねぇ、先輩達から託されたもんもあんだよ」

「せ、先輩?」

「一個上の森下先輩や、二個上の村山先輩達って言やぁ分かるか?」

「う、うん。そりゃあ……」

「コイツはその人らのお気に入りの後輩なんだよ、それ以上はめんどくせぇーから良いだろ?」


 知らなかった……


 そうか、あの立ち回りに竜さんとの繋がり、これがアイツが余裕そうに見えたカラクリなのか……アイツは俺らが知らない、こういったものを持ってやがったんだ……


「で、でもよ! コイツが本当に俺らが言う様な事してたら……」

「そしたらシメねぇとなぁ? してたらだけどよ」

「しーーーー」

「してませんっ!!」


 強く否定したのはまたも西野だ、男でデカくてコワモテの先輩相手に、体育館履きのまま外に飛び出し、大きな声をあげた。


「塩谷に直接聞いてくださいっ!! この間だって仲良く手を繋いで帰ってたし、絶対先輩達が言ってるのが嘘でーー」

「てっ! てめーー!!」


バシンッッ!!!


「いっつ……」

「黙れ洋……取り敢えず解散しようぜ? 後輩達も解散しろ、女子は特にな。もう日が暮れる」


(あぁ……かっけぇ……)


 そっか……俺はハッキリと分かった……


 竜さんや三嶋は勿論、声を上げた西野、ダチの為に信念の為に動いたヤス達……


(本当……嫌になるわぁーーー)


 この場所で誰よりもダサかったのはもう分かってる……



 俺だって…………

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