塩谷凛 第3話




 昼休み、俺は隣りの席の山中と一緒に給食を食べていた。


「でもよ、さっき四階でも話してたんだけどさぁ……ミッシーヤバくね?」

「え? 何が?」


 俺は何がヤバいのかは分かってるし、この後山中が何を言うのか想像はつくが、ここは黙って話しを聞く。


「双子の洋介俊介先輩達とか、新城だって塩谷狙ってたべ? お前ぜってぇしめられんぞ?」

「あぁ……勢いとはいえ、しくじったよ」

「……その割になんか落ち着いてね? それにお前そんなダセーカッコしてたら舐められるしさ、イジメとかになっても助けねぇーぞ?」「それは随分と友達がいの無いセリフだな?」

「ハッハッハッ!! おもしれぇー事言うなぁ! 俺があの人らに逆らえる訳ねぇだろ?」


 この時代の俺の住んでいた世界では暴力がモノを言う事が殆どだった。

 どんなに勉強やスポーツが出来ようと、腕っぷしが無い奴は搾取される。俺はこの当時カッコばかりでそこまで喧嘩が得意な方では無く、賑やかしやファッションセンスなんかでこのグループに潜り込んでいた。


 だが四十年以上生きて、色んな経験を詰んだ今の俺が焦る事は無い……


「まぁ、まだ手も出してないし、直ぐ別れる予定だからさ。お前がそれと無くそれを広めといてくれよ」

「? マジで? まぁ新城は良いけど、四階に先輩達あんまこねーからな……先輩達基本、体育館裏だし……」

「新城や結城に言っとけば伝わんだろ、直属なんだし……」


 この学校は数ヶ所の小学校から子供達が集まっている。それによって派閥の様なものがあったりしていた。それは縦の関係にも大きく影響があり、俺をこれから弄ってくる予定の先輩方は新城や結城という仲間たちと同じ小学校だ。


(くだらない……だけど分かってるさ……俺がなんでこんな事してたのかは……)


 ウチの両親は二人とも優秀な人間だった。地方から東京に飛び出し、銀行員として順調にキャリアアップをして成功を納めた。

 若くして恋愛結婚をし、三人の子宝に恵まれ、都内に一戸建てまで建てた。


 だけど……そんな両親には拭えないコンプレックスがあった……


 高卒である事だ……


 二人は自分達がその事でそれ以上になれない事に憤りを持っていたのだ。


 両親はそれを子供達と言う存在に向けたのだ。兄は長男として、家を継ぐものとして、小学校の頃から有名な塾に通わされていた。徹底的にレールを引かれてエリートへの道を歩まされた。


 三男は産まれた時から持病を抱えていた。病弱な弟には、常に母がつきっきりで面倒を見ていた。


 そつなくなんでも出来た俺は、そんな両親の視界には入っていなかった……振り返ってみて、実際にそうだったと思うし、今も意見は変わらない。


 だが大人になって、同じ親になって、そんな両親の事は理解が出来た。親だって人間なんだ……割ける労力には限界がある。


(……甘えてただけだ、自分の事も見てほしいって)


 俺は給食のトレイを片付けに席を立つと、俺を見つめる視線を感じる……


(……陽子か? またなんか突っかかって来る気か?)


 俺の初恋の女の子……当時何であんなに好きだったのだろうか? 彼女を好きになったエピソードなど記憶に無い。


(……嫁さんもそうだったけど……俺はちょっとMっ気でもあんのか?)


 自分でもゾッとする事を思うと、視線を切る様にそのまま教室を出る。


(四階か……)


 このままずっと、避ける事は出来ないだろう。それに実はタバコが吸いたい……

 俺は死ぬまで愛煙家だった。過去に来て、まだそこまで中毒じゃないのか、それ程吸いたいとは思わなかったので我慢出来ていた。だが周りで吸ってる奴がいるとなると話しは別だ……


(だ、ダメだ……やり直すんなら内申とかだって気にしないと……)


 タバコがバレて呼び出される事なんて当たり前だった過去の自分……内申はズタボロでそれだけでも入れる高校なんて殆ど無かった……


 俺は四階へと上がる階段から目を離し、一階へと向かう。そしてそのまま一階の廊下の突き当たりにある扉から外へと出て、目の前の非常階段に腰を下ろした。


(……将来はじいさん達みたいに、絶対に癌で死ぬって思ってたんだけどな……)


 今度の生では、それは無さそうだ……


 九月とは言えまだ夏だ、前いた世界の様に三十度を軽々越える様な時代では無かったが、十分に暑い……


ガチャ……


(だれだ? ここは穴場なんだけど……)


 開いた扉から顔を出したのはーー


「いた、何してんのよこんな所で」

「西野か……お前こそどうしたんだよ」


 ドアを開け、顔を覗かすのは先程俺に視線を送っていた陽子だった……もちろん俺の記憶にはこんな場所で彼女と遭遇したというものは無い。


「お前今日ずっとオカシイわよ? も、元々頭のオカシイ奴だとは思ってたけど……」

「なんつー失礼な事言うんだ、お前」


 幼馴染とは言うが、俺とこの子には殆ど接点は無い。幼稚園からこの中学までずっと一緒だったと言うだけ。たまに会話があったとしても学校行事関係か、突然罵倒されるだけ……


「ほら、そういう余裕そうな態度! いつも女子に話しかけられるたんびに意識して、キモいぐらちキョドってたのに!」

「おぉ……そんな風に見えてたのか」


 まぁ分かってはいた事だが、ハッキリと言われると小っ恥ずかしい……


「……何よ、そんなに塩谷と付き合えたから余裕が出来た訳?」

「……そういうのじゃないよ。彼女には悪いけど近いうちに別れようと思ってるし」

「はぁあ!? 何よそれっ!! だったらなんで付き合ったのよ!!」

「いや、ちょっとノリでふざけて言ったらなんかOK貰っちゃってさ……俺も戸惑ってんだよ」


 陽子が口を開けて固まった……俺もこんな事言われたら同じだろう。なんて不誠実な奴なんだと思う。


「塩谷にも悪いと思ってるよ、ちゃんと傷つけない様に、配慮して言葉を選ぼうと思ってる」

「……そ、そう……そうね……可哀想よ……」

「あぁ、バカな俺を自分でブン殴りたいよ」


 俺はその場から立ち上がると、陽子の横をすり抜け教室へと向かう。彼女はきっと軽蔑の眼差しを向けているのだろう……


 まがりなりにも初恋の相手だ……その視線は辛い……


 この頃の俺は本当に馬鹿野郎だ……だがこの先もまだまだ沢山の間違いを犯していく……


(今度こそ人を傷付ける様な事だけは今度こそ回避していかないとな……)


 だが俺はまだ分かっていなかった……


 俺の変化は確実に周囲を巻き込み、大きな渦となって歴史を変えていってしまっている事に……


 そして西野が、俺へと向けている眼差しに込められたものに……

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