【KAC20255】俺と豚と魔法使い

イオリ⚖️

第1話 俺が豚になった理由

 ごきげんよう、みなの衆。ご機嫌麗しいかい?


 …………え? まったく麗しくないって? なになに。パチンコで30万スッた? ああーそりゃ災難だったな。俺はパチンコとかまだ行けない年齢で全然想像もつかないけど金を溶かしちまった、つうのは辛いよな。千円札を入れた自動販売機から釣り銭回収するの忘れて離れちまったみたいなもんだろ。分かる分かる。


 ……ん? 大好きだった彼女に振られた? あー……それはそれは。……付き合えただけマシだろ甘えんな。


 まあ、ともかくさ。そんなのって一時いっときは傷つくかもしんねえけどすぐに忘れるじゃん。忘れる、つうか軽くなる。別にいつまでも引きずるもんでもねえし、もしかしたら宝くじ当たって億万長者になったりハイスペ美女とマッチングするかもしれねえ。だからそんなくよくよすることないって。


 豚になることに比べれば。


 ……ん? 『何の話だ』って? 分からんよな。分からねえよな。豚っていきなり何なんだ、つう話だよな。


 俺、海宝かいほう わたる。16歳。どこにでもいる普通の公立高校生。それが昨日までの話。


 目下、見たこともないようなファンタジーちっくの市場いちば的な店の並びの中で、豚として売られている。


 豚。紛うことなき豚。見下ろせば二股ふたまたちっくに分かれた薄ピンクの短足が見えるし、声を上げようとすればぶひぶひ口から出てくる。思考回路は人間だが、見た目がとんでもなく豚オブ豚なのだ。


 なんで豚になったかといえば、あの腐れ女神のせいである。


 昨日の晩、布団で寝ていたはずの俺は、「あ、やべ。間違えた」という謎の声に起こされ、気づけば明るい微光びこうの数々と紺色の光がうず巻く宇宙のような世界に浮いていた。俺の目の前には『女神』を名乗る超絶美女が立っており、顔面蒼白で俺を凝視していた。


「い、異世界転生会場へようこそ。死ぬ前にここに来ちゃったお客様」

「は?」


 かけられた言葉が分からなかった。


 異世界転生? 死ぬ前に来た? どういうことだ。


 転生ってあれか。最近流行りの。主人公が死んで異世界で生まれ変わって天下無双する的な。転生先でチート能力使って成り上がったりハーレム築いたりしてあははウフフのセカンドライフを送るザ・勝ち組ジャンル。――――まさかあれは本当の話なのか!?


 俺は目を輝かせた。自称女神はひっと後ずさる。


「て、手違いで寿命がまだ残っている貴方を呼び出してしまいました。お詫びします。……あの、よよよろしければ、貴方の望むスキルや設定をすべて用意して差し上げましょう」


 むむ! キタコレ! テンプレテンプレ! 女神がチートスキル授けちゃうやつ!

 えーどうしよう。何がいいかな。最強の魔法の能力とか? どんな女の子も一目で落とせるイケメンビジュアルも必須だな。あとはあとはヒャッハー!


「ちなみにあんた、何ができんの?」

「へっ? 何がとは?」

「どんな能力とやらを授けられんだってこと」


 女神は長く反り返った睫毛をぱちぱちまたたかせて、うーんと首を傾げる。ちくしょう、あざとかわいい。


「そうですね。強い魔法使いとか、なんでしたら人以外にもできますよ」

「人以外?」

「そうです。……たとえば」


 女神の目が、俺のパジャマ用部屋着を見る。クラスメイトには絶対に見せられない、『オレの魂を喰え!!』と噴き出しがついた、豚のプリントを。


「豚とか」


 え? と返す前に。

 俺の意識は落ちていった。



**・***・***・**



 それが、異世界で俺が豚に成り下がった理由だ。


 え? 『何を言っているのか分からない』だって? 俺もそうだ。さっぱり分からん。

 そのクソ女神のせいで俺は見知らぬ世界に投げ出され、家畜生物・豚として第二の人生を歩むことになったことだけ念頭に置いてくれれば大丈夫だ。


 目覚めた俺が倒れていたのは、泉のある森だった。

 泉の水面に映る自分を見て、豚になっているって知ったんだ。あの時の衝撃といったら、叫んだよね。


 なんとも表現できないでっけえ叫び声に狩人のおっさんがすっ飛んできて、俺を見るなり「お。きの良さそうなのがいるじゃねぇか。今日商売上がったりなんだよね」と言いながらむんずと俺を担ぎ上げて市場に売り出してるってわけ。


 …………って冷静でいられるかー!!


 俺は人間! 高校生! 帰りてえよ! 豚!? 豚になってそく売られるぅ!? まな板まっしぐらじゃねえかセカンドライフ満喫する前にジ・エンドだよ何してくれたんだあのクソ女神!!


 すぐにでも逃げ出したいところだが、俺は狩人のおっさんによって地面に打ち付けられたくいに縛りつけた縄で繋がれている。30センチ四方より外を出ることは不可能。身動きは取れないわけである。


 短い俺の命をはかなみながら、俺は行き交う人たちを観察した。


 なんだろう。日差しの強い屋外で、カラフルなうっすい布を屋根代わりに頭上高くに広げて直射を避けた通り。男の人は大体白い布を頭に巻いて、女の人は濃い色合いのオリエンタルな布を頭から垂れ流している。大きな壺を頭部に乗せるようにして運んでいる人もいた。従業員だろうか。どこからともなく香料のけむたいが良い香りが漂ってくる。


 一様いちように健康そうな小麦色の肌。この国? 世界? の住人の特徴なのだろう。


 あらゆる店の木箱には、詰め込まれたツヤツヤの果物。金と銀の飾り売り。野菜や干した魚、骨董なんかも売りに出されていた。あれだ。えーっと、世界史か地理の教科書に載ってたやつ。バザールみたいなのだ。ただ現代みたいに車があったり石油製品めいたものが使われたりしている様子はなくて、ここが同じ地球上だったとしても随分昔の時代なのだと思う。


 みんな、他の家畜の店やその場で食べられる食料に夢中で俺のことなぞ見向きもしない。存在自体忘れ去られているようだ。狩人のおっさんも「今日は食いっぱぐれるかなあ」とぼやいている。


「まあ、いいか。その時はこいつを食えば」


 ……ん!? おっさんなんつった? 今なんつった!?

 食う? 俺を? この見た目は豚、頭脳は高校生の俺を!? え、食う? 食っちゃうの?


 やめろやめろやめろやめろ!! 俺はもう少し生きたい、生かさせろ! 人生最後にこんなおっさんに食われるなんてまっぴらごめんだ!


 俺は必死になってあたりに目をさまよわせた。――――その時、輝くような金色に視線を奪われたのだ。


 太陽の光を乱反射するウェーブがかった長い金髪、オリーブ色の切れ長の瞳。真っ白な頭の布を背中にたなびかせ、真っ白な布を巻きつけた細身の身体。


 美女だ。電気が走ったみたいに直感した。


 おおおおおお俺、今日限りの命ならあの美人に食われてえぞ! 前世じゃ彼女の1人もできなかったんだ。あの女の人になら食われても一生の悔いなし!! 頼む、買ってくれ!


 女の人の目が、俺に向かう。


 刹那、俺は自分を売り込んだ。

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