余命三年の魔法使いとニヒルな鼠 ─運命に抗うは13歳の少年と……喋る鼠─

馳せ参ず

第一章『流灯』

第一話『喋る鼠との出会い』

 「っはあ、っはぁはぁ……!?」

 

 唐突に足に限界がきて、倒れるように地面に手をつく。視界がぐるぐると回り、汗がポタポタと手の甲に滴り落ちる。

 手にめり込んだ岩の破片を取り除きながら、周囲を確認した。

  

 (逃げ切った……のか)


 背後から聞こえていた低い唸り声が止んだことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、光源となる薄水色の光を放つ水晶の数は明らかに減っており、周囲はほぼ真っ暗。


 依然として状況は悪い。


 「なんで……こんな、目に」


 俺は、昨日、誕生日、だったんだぞ!?

 何がどうして洞窟でに追われなくちゃならないんだよ!?


 身の毛のよだつような恐怖と焦燥感を思い出し、吐いた白い息が震える。

 そして、行く当てのない理不尽への怒りに舌打ちをしてしまった。


 ──それが洞窟内で反響して広がってしまった。


 数秒経ち、自分のした事に気がついた時には、もう遅かった。


 もう二度と聞きたくないと思っていた『唸り声』が背後から段々と大きくなっていく。脈打ち、速さを増す心拍数と呼吸。

 刹那の休憩は一瞬の油断で消え去り、再び恐怖が全身を縛り上げる。


 (立て、早く立て、立って、逃げて、逃げないと──)


 言うことを聞かない体に苛立ちを覚えながら、ぎこちない動きで立ち上がり、走ろうとした。


 ──その時だった。


 「は?」


 前方方向、後ろのモンスターから逃げようとして、俺は聞こえる音が事に気づく。

 それも、後ろとから。


 (思考を止めるな!! まだ、やれることはあるはずだ。何か、何か方法が──魔法、そう魔法だ! 魔法を使えば──)


 だが、ここまで考えて気づく。

 十三歳の扱う魔法の出力など、たかが知れている。モンスターとの戦闘など夢もまた夢だと。


 「じゃあ、どうしたら生きられる」


 頭が真っ白になり、口からか細い息が漏れる。

 俺はそのまま地面に座り込んだ。


 ──神様。

 俺はお母さんの言うことを毎日聞きました。

 昨日だって私の誕生日でした。

 良い子にしてました。

 命を捧げる以外なら何でもします。



 ──だから、死にたくない。


 死にたくない。


 死ねない。


 怖い。


 生きたい。


 このまま、誰にも知られない場所で、一人寂しく死ぬことなんて、到底耐えられない。


 直後、前後から聞こえる衝撃音が最高へ達し、耳をつんざく不快な奇声とともに、二体のモンスターを視界に捉えた。


 前からは俺の身長をゆうに超える、血濡れた牙を生やした虎のようなモンスター。発達した筋肉が足を覆っていて、その足跡にクレーターができていた。

 後ろからは両手に斧を手にした人型のモンスター。こちらも体長三メートル強かつ、筋骨隆々とした黒い肉体を持っている。


 そして、二匹の持つ凶器牙と斧が俺の命を刈り取ろうと、致死の軌道が俺の首へ迫る。



 時間が引き延ばされているようだった。

 世界がモノクロになり、音も聞こえない。



 背中がじっとりと濡れ、氷水を頭から浴びるようなおぞましい悪寒が体を貫く。

 反射的に体がほんの少し動くばかりで、とてもモンスターから逃げられるとは思えない。


 今は早く、この苦しみと恐怖が終わることだけを願っていた。

 そして、来たるべき痛みを恐れ、俺は目をぎゅっと閉じた。



 




 ──だが、いつまでたってもその時は訪れなかった。


 異変に気づき、恐る恐る目を開くと、同時にこちらを覗く青いと目が合った。

 反射的に後ろへ動こうとするが、まだ震えの残る足を上手く動かせずに地面に背中を打ちつける。


 モンスター?

 だが、こちらに危害を加えようとしてこない。


 動揺してよく見えていなかったが、一度息を整えてから見ると、掠れた視界が徐々にもとに戻ってきた。


 今、俺の目の前にはお伽話にでも出てきそうな小さい体に丸い灰色の耳を生やし、黒のローブと羽根の付いた帽子を身に纏った、『鼠』のような生物が二本足で立っている。


 だが、鼠と違う点はその美顔だろう。

 吸い込まれるような紺碧こんぺきの瞳に、爽やかな表情。鼠のくせしてイケメンに分類されるであろう顔だ。

  

 その『鼠』のような生物の背後を見ると、俺の身長のおよそ二倍はある三メートル強のモンスターが二体、胸の中心にぽっかり穴が空いて生命活動を停止していた。

 さらに後ろの岩壁には巨大な亀裂が入り、穴が何処までも奥まで続いている。


 ──俺は助かったのか……?

 

 少しの時間、鼠と目が合ったまま動かないでいると、その小さな生き物が気まずそうに頭をかいた。


 「あー……その、怪我はねぇか?」

 「──喋った!?!?!?」

 「おわっ!?」

 

 驚きのあまり大きな声を出してしまい、鼠がビクリと体を震わせる。


 「ははっ、元気そうで安心したぜ」


 そう言って鼠はやれやれとため息を吐いた。

 それから少し、沈黙とともにぎこちない時間が流れる。

 

 (見たところ悪い奴には見えないし、あの巨大なモンスターを一息で二体倒した力の持ち主……幸い言葉も通じるようだし、一か八かこの洞窟から出るのを手伝ってもらえないだろうか?)


 そして、俺は沈黙を破ろうと口を開いた。


 「た、助けてくれて」「俺の名はジ」


 「「──あ」」


 お互いの声が重なり、笑い声が二人の間に広がった。

 

 「俺達気が合いそうだな!──ああ、言い忘れてたが俺の名は『ジーラ』だぜ!」


 鼠は逆立ちしながら自らの名を名乗り、ニッと笑った。そして、次はお前だと言わんばかりにウィンクしてきたため、俺も自己紹介した。


 「僕の名前はラピス。ラピス・エーテルです。先程は助けていただき、ありがとうございました!」

 

 そうして頭を下げると、ジーラはぎょっと目を見開いた。そして、頭の後ろをかいた後に声を出す。


 「──俺が言うのもアレだが、この状況ってツッコミどころ満載じゃねえのか!? こんなにすんなり受け入れられるとは思わなかったぜ……」

 「命の恩人ですから」

 「……お前、さては変なやつだな?」

 

 あなたに言われても……と言おうとしたが、それは心の内に押し込んでおいた。


 だが、俺は確かに変な奴なのかもしれない。

 目の前にいるのは明らかにモンスターだというのに、妙な安心感を覚えているのだから。


 ◇


 「……お前、綺麗だな」

 「え?」

 

 洞窟から出たいという旨を伝え、ジーラが道案内を買ってくれた直後、ジーラから突然容姿を褒められた。


 「中性的な顔立ちに、純白の髪……もう少し伸ばして結んだら男だって分からねえんじゃねえか? ──しかし、本当にが言ってた通り、真っ白な髪だぜ」


 確かに、俺の髪は真っ白だ。

 それで瞳の色も赤いと言うのだから、寒々しい見た目をしている。

 

 ジーラが驚くのも無理はない。

 白一色の髪というのは滅多にいないのだから(いるにはいるらしいが、見たことはない)。


 しかし、ジーラの言った『アイツ』というのが気になるな……

 

 (ジーラの言い方的に俺の事を知ってそうだし……聞いてみようか)


 「──アイツって誰ですか?」

 「……ン、ああ!? いや、気にしないでくれ!」

 「分かりました、気にしません」


 「おお……詮索しないのか」

 「命の恩人ですし」


 俺だって隠し事の一つや二つはある。

 命の恩人だって、それは変わらないだろう。

 ならば、誤魔化そうとしているのを無理矢理探る道理はない。

  

 「あーー……じゃあ話を変えようぜ!」


 そう言ってジーラが立ち止まり、こちらを見た。


 「──ラピスはどうしてこんな所にいるんだ?」

 

 その質問は予想通りであったし、という問題でもあった。

 だが、ここにまでの流れならば話すことはできる。


 「あー……信じて貰えるかは怪しいんですが、長くなりますよ?」

 「別にいいぜ。どうせ出口まであと二時間は歩くんだからな。歩きながら聞いてやるよ」

 「分かりました。それでは、今日の早朝三時半から……」


 俺が何故洞窟に落ちてモンスターに追われていたのか。

 時間は今日の早朝、『流灯』が落ちる三十分前まで遡るのだった。

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