心の音

星河琉嘩

心の奥

 なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだろう──……





 会社勤めしていた時、派遣で入って来た後輩がいた。

 入って来てからずっと一緒に仕事をして、プライベートでも遊んだりしてた。

 おかげで、自分の友達と遊ぶ時間が減った。

 ずっとそうやって飲みに行ったりしていたから、一緒にいる時間が苦痛になって来た。うちの旦那の和とも会ったことある。

 彼女はフザけてなのか本気なのか分からないけど、「かじゅ」と呼ぶ。



 それが余計に私のストレスが増す。



 なのに私はそのことを言えない。

 傷つけちゃダメとか思って言えない。会社の方針で派遣を切ってからも、付き合いは続いた。





 時には「妹が来るから飲みには行けない」と断ったことがある。

 それでも彼女は言う。

「連れておいでよ」と。


 まだ小さい姪っ子ふたりがいて、そんな中、私と旦那が夜出掛けることはしたくなった。

 それを言ったら「連れて来たら面倒見るから」と。

 姪っ子が小さいのに、そんな飲みの席に姪っ子たちを連れてはいけない。

 なのにそんなことを言う彼女に、付き合いきれなくなっていた。仕事が忙しくなって来て、会う回数も減った。

 自分から連絡を取ることは止めた。



 その頃、私は妊娠した。

 結婚して3年。

 そろそろ子供が出来てもいいって思う頃だった。



 本当は子供は苦手だった。

 だけど、その事実は嬉しさでいっぱいだった。なのに、私は子供が産めなかった。



 稽留けいりゅう流産と言われた。

 妊娠7週目で言われたことだった。



 その日から仕事を休んだ。

 手術の日まで時間が経つのが遅く、そして早くも感じた。



 矛盾してるんだけど、まさにそんな感じだった。

 手術の日のことは今でも鮮明に覚えてる。



 朝8時前に病院に着き、まだ人数のない病院の受付に手術を受けることを告げる。

 病院の奥の診察室に行って下さいと言われ、和と一緒に向かう。

 診察室の前には、私たち夫婦の他にも数人の夫婦がいた。


 待ってる間、時間が止まってるようだった。私の前にひとり入って行った。


 旦那は時間を持て余していて、「時間を潰してくる」と言って廊下を歩いて行った。



 そしてまたひとり、診察室に入って行った。



 診察室に入って行った女性は、出てくることはなかった。和が戻らないまま、私が呼ばれ診察室に入った。


 入ってすぐの部屋に看護師さんがいて、「生理用ショーツとナプキンを出してください」と言われ、前もって持ってくるように言われたショーツと厚手のナプキンを三枚程渡した。


「それじゃ隣の部屋に入って下さい」


 そう言われ、右隣の部屋に入った。

 その部屋は診察台がある部屋だった。



「それではズボンと下着を脱いでそこの籠に置いて診察台に乗って下さい」

 そう言われて、ズボンとショーツを脱いで籠に入れ、診察台に乗った。



 内診をしていた診察台と違う気がした。

「はい。それでは最後に子宮の中を見て赤ちゃんの状態を確認します」

 と、男性のお医者様が言った。



 この時の私の心の中で叫んでた。




 ――どうか赤ちゃんが育ってますように



 だけど私の願いも虚しく、赤ちゃんの心音は確認されなかった。



「残念ですが、心音は確認されませんので、手術を開始します」



 そう言われた時、頭を鈍器で殴られたような気がした。


 初めに「赤ちゃんは諦めて下さい」と言われた時よりもシ、ョックだったのかもしれない。


「肩に麻酔を2本打ちます」

 看護師さんに言われて肩に麻酔を打たれた。

「数を数えて下さい」

 そう言われ「1…2…」と数えていった。

 7くらいまで数えて意識は飛んだ。



 どのくらい経ったのか分からない。

 だけど、下腹部の痛みで頭が覚醒した。

 そしてお医者様と看護師さんたちの話し声。

 カチャカチャと聞こえる器具の音。

 その器具で掻き出されるような感覚。

 それが痛かった。



 お医者様たちが話してる内容までは分からない。だけど普通の会話をしていることは分かった。



 それからまたどのくらい経ったのか分からない。

 だけど看護師さんたちにショーツを穿かされて、起こされてまだはっきりしない頭のまま、診察台から降り引き摺られるように歩いていく。



 診察台がある部屋から更に奥の部屋に、いくつかベッドが並びその一番端に寝かされ、私はまた意識を手放した。



 どのくらい眠ったんだろう。

 看護師さんたちが、バタバタと働いてる音が聞こえた。



 何度か看護師さんが、カーテンを開けて様子を見に来ていたのを知ってる。

 何度目かに見に来た時に、私に看護師さんが声をかけた。



「大丈夫ですか?無理に起きあがらなくていいですよ」


 そう言われてもそのまま寝てるわけにもいかず、「大丈夫です」といいゆっくりと起き上がった。

 起き上がり、帰り支度をする。



「大丈夫ですか?」

 もう一度そう言われて「はい」と答え廊下に出る。



 廊下に出た私は和がいないのに気付く。

 一旦外に出るとメールをした。

 するとすぐに和から返信が来た。




 ――病院にいる――




 そのメールの後、和の姿を見つけ一緒に待合室に行く。

 朝来たときはまだいなかった妊婦さんたちが、大勢そこにいた。

 暫く立って待っていた。

 本当は立つのもツラい。

 だけど、そんなことは言えないって思った。

 言えないくらい、苦しみと悲しみでいっぱいだった。


 暫くして名前を呼ばれて会計済ませて外に出る。

 駅まで歩いて5分もない。

 だから歩いて行けると思った。

 でも歩くのは苦痛になって、パチンコ屋の前で座り込んでしまった。

 そんな状態だったから和、が駅まで行ってタクシーを拾って来た。

 そしてそのままタクシーに乗って家まで帰った。

 その間も何度も何度も泣きそうになっていた。




 家に着いたの時はもうお昼を過ぎていた。

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