祝福の唄

秋山 楓

祝福の唄

 長い間、ずっと夢中だった。

 一定のリズムを刻む振動。やさしい曲調の音色。そして、いろいろな人々の話し声。

 最高クラスの布団に身を包みながら、じっと外の音に耳を傾ける。

 この暗闇の外では、どんな世界が広がっているのだろう。想像するだけで、胸が躍った。


 長い間、ずっと待ち焦がれていた。

 どんな顔をしているのだろう。どんな声をしているのだろう。

 早く見せてほしい、その顔を。早く聞かせてほしい、その声を。

 あなたと対面できる日を想像するだけで、心が弾んだ。


 思えば、布団に包まれてる間はダンスでもしている気分だった。

 人の声や音楽に合わせて、幾度となく手足を動かした。

 中でも一番好きだったのは、勢い余って壁を蹴飛ばした時だろう。

 それをするたびに、喜びに満ちた声が聞こえてきたのだから。


 思えば、あなたと過ごした日々はダンスのようだった。

 何をするにしても一緒。息ぴったりのコンビネーション。

 踊ってる最中、たまにお腹を蹴られることもあったけど、その行為が愛おしかった。

 それはあなたが生きているという何よりの証なのだから。


 けど、この温かい布団で眠るのも、もう終わり。

 そろそろ起きなくちゃいけない時間だってことは、感覚的に知っていた。


 そう、あなたと踊る時間も、もうすぐ終わり。

 予定日は間もなくやって来る。


 ああ、起きたくない。布団から出たくない。この幸せな場所から動きたくない。

 そして何より――外の世界に行くのは、不安で一杯だった。


 それなら大丈夫。

 今のあなたは世界の誰よりも優れた存在。天下無双の人。どんなものにだって成れる、無限の可能性を秘めているんだから。

 そうでなくても、私がいる。

 あなたが転びそうになった時、私がいつでもあなたを支えてあげる。


 なら安心だ。あなたが一緒なら、何も怖くない。

 それに僕もあなたの顔を見たかった。あなたの声を間近で聞きたかった。

 あなたという大切な人と、もっと触れ合いたかった。


 さあ、おいで。この世界で最も愛する人。

 うん、行くよ。この世界で最も安らぐ人。


 ありがとう。

 生んでくれて、ありがとう。


 ありがとう。

 生まれて来てくれて、ありがとう。


 眩い光が視界に満ちる。

 祝福という名のドレスで着飾り、僕は産声を上げた。

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祝福の唄 秋山 楓 @barusan2022

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