こしゃくなTEL.

秋桜

side A

あれからどうしてますか


書き出しのコトバは何度も何度も考えた


久しぶり

元気?


もし返事がきたら

あの頃のように他愛ないおしゃべりができるというの?

あれから10年も経っているのに

時々こうして思い出してしまうあの夜のこと。


誰かの奥さんでもなくて、お母さんでもなくて、わたしだけの場所が欲しかった

作ったもうひとつのアカウントで、誰にともなく、家族や友人ではないむしろそうではないどこかの誰かに向けて、今日撮った真っ赤な夏の夕方の雲、夕飯のおかず、フリマで見つけた雑貨…日記のようなブログだった。プロフィールには趣味:読書、映画・音楽鑑賞、カメラ、淡麗グリーンラベル


君からの初めてメッセージは

「淡麗グリーンラベルって趣味なんですか?」

「ぼくと趣味が全部同じです、それから、好きな映画やアーティストも…」

タグつけした好きな映画やアーティストはちょっと最近の若い子たちは知らないだろうな聞かないだろうなっていうのばかりだったんだけど…

だから最初は通りすがりにからかわれているだけなのかなって。


そんな風にある日、君とのやり取りは始まった。

君はあの頃、もうすぐハタチだと言っていた

私より13歳年下だった。


最初は友達ができたと思っていた。年下の男の子。

だけど、

”オトコのトモダチ”なんて

きっといつまでも続かない


会ったこともないひとを好きになってしまった

会ったこともないひとに恋をしてしまった


絶対にいけないのに

彼のことが朝から晩まで頭から離れなくなって

世界がいっぺんに変わってしまったんだ


ラジオから流れる音楽も

暮れていく夕陽も

振り出した雨も

全てが輝いて、彼に伝えたい


初めて電話で話をした

思った通りの声で、思った通りの話し方をするひとだった

大学が春休みなんだって

バイトが終わると毎日電話をしてくれるようになった

家族が寝静まった夜中、布団にくるまって声を潜めて話し続けた


「ねえ、オレらさ、やっぱり会わなきゃいけないよね…」


会わなければいけなかった


でも

やっぱり

会ってはいけなかった

後になって忘れたくても忘れることができないたったひとつの夜を過ごしてしまった


そして私は

失恋した

たった一度、一度だけ、彼に会いにいったから

彼とはもう二度と会えなくなってしまった


あの時甘いほどに苦しくてしかたなかった恋は

あれからいろんな形を変えて

私の中で今でもちっとも終わっていないのだけれど、

だからこそ、時々開けてみる

そっとしまってある宝石のかけらみたいに

閉じ込めたから永遠に輝いて色あせることのない

終わることのない私の最後の恋







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