夢のいく先

錦木

夢のいく先

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 夢十夜というのは夏目漱石の小説だったか。

 9回の夢には何の意味があるのだろう。

 あるいは、何の意味もないのか。


《1回目》

 俺は真夏の田舎道を歩いていた。

 夢の中のこととはいえとてもリアルだ。

 たしかあれは小学生のとき。

 虫取り網を持って野原を駆けずり回っていた。

 誰か友だちといっしょだった気がする。

 思い出した。キヨとかいう子がいた。

 俺はよっちゃんと呼んでいたっけ。


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに山に寄ろうと思っている。

 山で夜になったらカブトムシが取れると。

 山は暗くなるからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 山から戻ってこない。



《2回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに沼に寄ろうと思っている。

 沼の主を見に行きたいと。

 沼ははまると危ないからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 沼から戻ってこない。


《3回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに川に寄ろうと思っている。

 川で魚を釣りたいと。

 川は流されるからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 川から戻ってこない。


《4回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに社に寄ろうと思っている。

 社で天神さまの祭りをやっているから見に行きたいと。

 子どもだけで行くのはやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 社から戻ってこない。


《5回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに穴に寄ろうと思っている。

 穴に潜む動物を見に行きたいと。

 穴は何がいるかわからないからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 穴から戻ってこない。


《6回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰り畑に寄ろうと思っている。

 畑で野菜を取ろうと。

 畑は見つかるとうるさいからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 畑から戻ってこない。


《7回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに家に寄ろうと思っている。

 家にいる知り合いに会いに行くと。

 外から来た人だからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 家から戻ってこない。


《8回目》


 俺とよっちゃんは昼も夜も田舎道を駆け回って遊んだ。

 疲れたら空き地で寝転んで、縁側でアイスを食べて。

 でも、顔だけが塗りつぶされたように見えない。真っ黒な顔といつまでも俺は遊んでいる。

 日が暮れるころ俺らは別れようとして、そういえばとキヨは思いついたように言った。

 帰りに墓に寄ろうと思っている。

 墓で肝試しをやろうと思っていると。

 罰当たりだからやめたほうがいいのではないかと言うとお前が言うならやめておこうかなとからりと笑って。

 それでもキヨは行ったらしい。

 夜中になってなにやら怖がっている顔をしたキヨの親がやってきてうちの両親と話していった。

 親から聞いた。


 墓から戻ってこない。



《9回目》


 ああだから肝試しなんてやめようって言ったのに。

 俺は今日もここでずっと待っている。

 たとえ百年だろうとずっとここで。


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夢のいく先 錦木 @book2017

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