夢の中でざまあと笑え

獅子倉八鹿

夢の中でざまあと笑え

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


佐原川さわらがわ地区 学生国際スピーチコンテスト』と掲げられたステージの上に並べられたパイプ椅子。

 その中の1つに僕は座る。

 司会者に名前を呼ばれ演台へ移動し、胸を張ってすらすらと英文スピーチを行う。


 小学3年生のあの日から、高2になった今までずっと夢見てきた。

 頭を悩ませ、歯を食いしばり、壇上に上がる人を睨み付けながら。


 今日は、そんなことをしなくていい。

 夢を見るだけでなく、夢の中に入るのだ。


 面白くない打ち合わせが終わり、15分ほどの自由時間に突入する。

 私物の高そうなカメラを持参して様子を見に来てくれた担任も、打ち合わせ中に姿をくらませてしまった。


 トイレを済ませ、3台並んだ自販機に目を向ける。


 右の自販機から順に目を通していくが、1台目、2台目ともに、そそられるものがない。


 1番左の自販機には、メーカーのロゴが刻まれていなかった。

 販売されている飲み物も『佐原川の茶』などと書かれた麦茶や同じ高校の商業科が企画したというミルクセーキなどが並べられており、小さな土産物店のような有様だ。


 ズボンのポケットから財布を取り出し、小銭を入れる。


「相変わらず甘い物好きね」

 ボタンに手を伸ばそうとした時、背後から嫌な声がした。


「出場おめでとう。9回目の正直かな?」

 打ち合わせの時とは違い、隠すことなく棘を露わにした声。

 その棘に反応して、9年かけて腹の底に溜まり続けた汚いものが沸騰する。


 声と沸騰を無視してボタンを押し、缶を取り出した。

「大会を台無しにしないでよ」


 その次に言う言葉を僕は知っている。


「あなた結局うまくできないんだから」


 知っているから、先に言ってやった。

 先ほど止めた汚いものも一緒に飛び出した。


「僕はうまくできません。英語の才能は引き継がれなかったので。だから努力してきました。今日はその成果を見せて、ざまあと鼻で笑ってやろうと思います」


 そう言うと後ろを向いたまま缶を開け、ミルクセーキを流し込む。

 背後の人物は、わざとヒールの音を鳴らしながら離れていった。


 沸騰したものが気化していく。

 だが、全てが気化したわけではない。


 笑顔で空き缶を捨て、舞台裏へ向かう。


 さあ、最高の夢を見よう。

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夢の中でざまあと笑え 獅子倉八鹿 @yashika-shishikura

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