初夜酒
粟野蒼天
酒の味
街灯に照らされた人気のない夜道を友人の尊と共に歩く。冬が終わり、春を迎えたが外はまだ肌寒い。もっと厚着をしてくるべきだったな、と口ずさむ。
僕は今から尊に連れられ初めてお酒を買いに行く。ちなみに二人共十七歳、思春期真っ只中の高校生だ。この年頃の少年少女が一度でも思うこと、それが『お酒を飲みんでみたい』だ。大人たちが嬉々として胃に流し込んでいく様を何度も何度も間近で見せられれば飲んでみたいと思ってしまうに違いない。いやそうに違いない。実際僕らがそうなのだから。
集合場所の公園から徒歩二分程の場所にあるコンビニに僕らは足を踏み入れた。
店内は外とは違い、照明の明かりに照らされ真夜中だというのにまるで昼間のような明るさだ。店内にはパジャマ姿の老人。そしてレジのお姉さんがいた。
「なあ、尊なに買う?」
「とりあえずポテチで」
「了」
「あぁ……あと兵糧丸で」
「なにそれ? 戦国時代?」
「知らないの? グミだよ」
「聞いたことないんですけど……」
レジの目の前の棚にあるグミコーナーに行くと確かに『兵糧丸』という名前のグミがあった。こんな奇抜な名前のグミがあるのだなと思いながら、それをカゴに入れる。酒のつまみになりそうなもの、小腹を満たすものを次々とカゴに入れていく。そしていよいよ、僕らは酒コーナーに向かっていく。
店の裏側にある酒のコーナー。扉を開けると涼しい冷気が流れ出してくる。扉の先には様々な種類のお酒が綺麗に並べられていた。どれにしようかなと二人で悩んでいる。ビールかチューハイ。悩むな。でもあまり悩んでいると店員さんに怪しまれるな。ということで俺達は目に入った酒を数本カゴに放り込んだ。ビールにレモンチューハイ、有名どころをカゴに入れ、いざレジへ。
しかし、ここで疑問が生まれる。どうやって未成年でお酒を買うのだろうと。そこは僕も気になる。尊に聞いたら「任せろ」の一点張り。おいおい大丈夫かよと心の中でツッコんだ。
俺達はお酒の入ったカゴをレジに置いた。
途端に心臓の鼓動が早くなる。
汗が額から滴る。
もしも未成だとバレたらどうなってしまうのか。
緊張感で溺れそうになる。やってはいけないことをするのは、これほどまでに
興奮するものなのだろうか。
レジには若い外国人のお姉さんがいた。
お姉さんはカゴに入った商品を無言でレジに通していく。すべての商品がレジに通され、お会計が出た。3114円と表示されていた。丁度3114円を支払うとお会計は呆気なく終わってしまった。
「……えっ、年確されないの?」
「ああいう外国人はめんどくさがってあまり年確しないんだよね、だから合法的に酒を買えるのだよ」
「いや、どこが合法的だよ……」
「お前が言えたことじゃないけどな」
「それはそうだけど……」
こんなあっさりとお酒が買えてしまうなんて、少し拍子抜けしてしまった。さっきまでの背徳感や罪悪感などは一瞬にして消し飛んでしまった。
「というかやけに詳しいな、年確されないだのなんのって……」
「そりゃ俺は常習犯だからな」
悪びれる様子もなく尊は笑っている。
僕達はすぐ近くにある尊の家で俺達は酒盛りをすることにした。
外では飲めないしな。
尊は「おれんち、親が海外赴任とかで録にいないから好きにできる」と羨ましいだろと言わんばかりに自慢してくる。少し腹立たしいが、今はその環境に感謝しよう。
街灯に照らされた夜道をビニール袋片手に歩いていく。
部屋に着き、尊の部屋に入る。明かりを付けた。いよいよ僕は大人となるのだ。
「そんじゃ、乾杯!!」
「乾杯!!」
僕が初めに手を出したのは、はちみつレモンが特徴のチューハイだった。このお酒が僕の初めてのお酒となるのだ。飲むぞ。飲むぞ。
期待と不安を胸に僕はひんやりと冷たい缶チューハイの蓋を開ける。
カッシュっと音を立てて開かれる缶チューハイ。中から甘い甘い蜂蜜の匂いが漂ってきた。微量な炭酸が膝の上に零れ落ちる。
そしてついに、僕の口の中にお酒が流し込まれて行いく。
シュワシュワと口の中で弾ける炭酸。甘い甘いはちみつレモンのチューハイっが喉を流れていく。あぁ……初めてのお酒の味が甘くて良かった。
あっという間に一本目を飲み干した。酔いというのはまだ来てはいない。身体もそこまで火照ってない。横では尊がくぅ〜とおっさんのような声を出しながらお酒を飲んでいる。
僕はコンビニで買ったつまみを食べながら二本目のお酒を開けた。二本目に選んだのは月曜日のワンコという変わった名のビールだった。ビールを開けると家で嗅いだことのあるお馴染みの香りが漂って来た。そして唇を缶の縁に付けて中に入っている黄金に輝く液体を体に流し込んだ。ビールを飲んだ感想はこうだ。
『苦い』
さっきのはちみつレモンの後だからか余計苦く感じる。しかし、苦みの奥にあるものも確かに感じ取れることもできた。旨いのかは分からなかったが。大人になったりしたらこういう苦さが癖になったりするのだろうか
「な、旨いだろ?」
少々食い気味に尊がお酒の感想を聞いてきた。
「旨いよ、思ってた数倍は旨かったよ」
「それは良かった、俺はこうしてだらだらと酒を呑み合える飲み友ができて嬉しいよ」
「飲み友って……」
尊は顔を少し赤らめながらお酒を飲んでいる。
それに続いて僕もお酒を飲む。
「大人っていいよな、毎日お酒を飲めるんだから」
不意に羨ましさが口から零れ落ちた。
「俺は大人にはなりたくないな」と尊が相槌を打つ。「なんでだ」と聞き返すと尊は続けてこう言った。
「縛られるからだよ」
「縛られる?」
「そう、例えば仕事だったり、家庭のことだったりといろんなことに縛られて身動きが取れなくなっちまうじゃん」
「それもそうか」
両親が海外赴任という仕事に縛られている尊の言葉には妙な説得力があった。
そっか、縛られるか、そうか。
僕は少し複雑な気持ちになった。
「まあ、でもこうしてだらだらと酒を呑めるってのはいいことだけどな」
「違いない」
僕達は同時に酒を飲み干した。
月夜に照らされ、大人になった優越感と禁忌を犯してしまった罪悪感と高揚感に溺れながら酒を飲んだ。
これが僕の初めての飲酒だった。
初夜酒 粟野蒼天 @tendarnma
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