いつかきっと来る君を夢見て(さっさと推しを実装しろ)

kayako

前編



 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 私がやっているソシャゲ「エンペラーズ・ストーリア」略して「エンスト」に、私の推しキャラ・ファビット君がようやく実装される……という夢。


 エンストとは、いわゆるお祭りゲータイプのソシャゲだ。

 某有名RPGシリーズで「〇〇エンペラー」というゲームシリーズが存在し、そのシリーズのキャラクターが大集合したソシャゲがエンストである。

 私の推しファビット君は、その中の「ビルドエンペラー」こと「ビルエン」に登場する少年。幼いながらしっかり商人として独り立ちしているキャラだ。

 最初はよわよわだけど、ちゃんと育てればアイテム集めにも役に立つし、戦闘でもきっちり味方を守る騎士になってくれる。そう、愛をもって育てれば!


 だから私はそのファビット君を、めちゃくちゃ大事に育てていた。

 このシリーズでは勿論、あらゆるゲームの中で、いや私の人生でも一番の推しと言える。

 顔はイケメンというより可愛い方。小柄ではあるが底力がある。臆病ではあるけどいざという時頑張れる。こういうタイプはかなり私の好みだし!


 しかし、ゲーム内の他の超絶可愛い美少女キャラやド派手なイケメンたちに比べると、ファビット君はどうしても地味。

 根気強く育てないと弱いままという大器晩成型である為、ファビット君がパーティ入りすることも少ない。色んな動画や配信を見ても、彼が画面に出ることは本当に少ない。

 悲しいことに、人気も全キャラ中ドベに近い。

 まぁ、このシリーズのファン層が男女比ほぼ9:1だし、数少ない女性ファンもイケメンキャラに吸われまくってるとなれば、致し方ないところか……

 そもそもファビット君の加入イベント自体があっさり終了し、それ以外に彼独自のイベントらしいイベントもない。

 何でそんなキャラを好きになったのか?と逆に質問されたことすらあるが、好きなもんは好きなんだから仕方ないだろ!としか。



 そんなこんなで長らくファビット君を応援しながら気長に育てつつゲームを楽しんでいたが、そこへやってきたのが「エンスト」。つまりシリーズ全キャラ大集合のお祭りソシャゲ。

 当然私は、ファビット君の実装を大いに期待しながら、サービス開始されてすぐにこのソシャゲを始めた。

 最初からは無理でも、1年か2年経てばきっと、ファビット君も実装してくれるだろうと。うまくいけば、可愛らしい衣装違いバージョンも2つぐらい来るかも知れない!?と。

 しかし……



 エンストのサービス開始から2年経っても3年経っても、一向にファビット君は実装される気配がない。

 ファビット君と一緒に行動しているはずの仲間たる美少女キャラ(歌い手とシスター)とイケメン少年盗賊は結構初期から実装され、限定衣装バージョンも何回か登場し、イベントストーリーにも何度も出ている。なのに、彼女たちにとっても大切な仲間であるはずのファビット君はイベントにさえ影も形もない……

 エンストの公式にも既に要望を数回出したけど、当然なしのつぶて。


 その頃だったろうか――

 ファビット君がついに実装される!?という夢を見ては、目覚めてガッカリするということが始まったのは。


 エンストは大抵の場合、毎週木曜日から新イベントが開始され、シリーズ内から何人かのキャラクターが新たに実装される。それが誰なのかが分かるのが、その直前の月曜日正午だ。

 だから日曜夜に眠りにつくと、私はいつしか夢を見るようになった。


 最初の夢は、そこまではっきりしたものじゃなかった。

 単に、「新規実装キャラクター」の欄にファビット君の名前があるだけだった。

 記述も「ファビット(ビルエン) レアリティ:★3」という簡素なもの。

 しかし、ただそれだけでも私は飛び上がるほど驚愕し歓喜し――


 飛び上がったその衝撃で目が覚めた。

 慌ててエンスト公式を確認したが、残念ながらそんな記述はどこにもなかった。当然、その週の新規実装キャラにファビット君の名はなし。

 夢に見るほど、私は彼の実装を渇望していたのか。最初はその事実自体にびっくりしたものだが……


 その後もしばしば、私はファビット君実装の夢を見続けた。

 そして厄介にも、回数を重ねるごとにその夢はリアルさを増していく。

 2回目は、超絶可愛らしいウィンクを決めた新規イラストで描かれたファビット君が夢に出てきた。こ、このファビット君が実装されるのかぁ~!?と悶絶していたら目が覚めた。

 3回目は、ウサ耳をつけた可愛らしいファビット君が限定衣装で配布されるという夢。可愛すぎて興奮したら目が覚めた。

 4回目はハロウィンの時期だったろうか。特別イベントでいつもより多く限定衣装キャラが実装され、その中に悪魔の衣装を着けたファビット君もいた。いつもの明るいダボっとした服と違いなかなかセクシーで、黒い尻尾もなかなか可愛らしく、これは彼の人気も急上昇するかも!?やったー!!とバンザイしたら目が覚めた。




 そんな夢を見ながら、さらに2年が経過。

 夢でいくらファビット君が実装されようと、実際のゲームには一向に彼の姿は見えない。

 運営スタッフも初期から何度か入れ替わり、実装キャラの傾向も美少女一辺倒から男女半々、そして少しずつマイナーキャラも織り交ぜられるようになったものの、それでもファビット君は実装されない。

 ゲームシステムも何度か変わり、イベントストーリーの傾向も変わってきた。美少女キャラばかりが出ていたのが、男性キャラもちゃんと目立つようになってきた。というかオッサンキャラが結構目立ってきたのは気になったが……


 当然その間も、私は運営に何度か要望を出した。

 ファビット君が実装されるなら、財布の許す限りはガチャを回す!と、どれほど書いたか分からない。廃課金と呼ばれるユーザーほどの課金は出来ないが、ファビット君が出てくるならば10万円分ぐらいはガチャを回す覚悟はあったし、その為にいつもイベントを頑張ってゲーム内通貨もため込んでいた。

 だが、それでも……ファビット君は影も形も見えない。


 そして5回目の夢はさらにリアルなものに。

 今度はアイテム販売所が新たに追加され、そこの店員としてファビット君が登場する……という夢だ。勿論、配布キャラとしても実装されるという。

 キャラとしても実装された上、販売所に行けばいつでも「お安くしますよ~!」と笑顔で迎えてくれるファビット君。勿論それは、新規に描き下ろされた超絶可愛いイラスト!

 今度こそ夢じゃない、夢じゃないはず! と頬をつねってみた。確かに痛い。結構痛い。

 これは絶対夢じゃない! これまでの艱難辛苦がようやく……!


 ――と涙した瞬間、目が覚めた。


 その時のガッカリ感はハンパじゃなかった。仕事を半日休んだレベルだ。

 次第にリアルになっていく、ファビット君実装の夢。

 それが夢だと分かるたびに、その落胆も酷いものになっていく。

 夢かと疑って頬をつねって実際に痛みもあったのに、なのに何故か夢だったってどういうことだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る