第21話『お断り』

「……おい。モニカ。簡単に断られてしまったぞ。これから一体、どうするつもりなんだ」


「ふふ。そうですね。オブライエン一家は、なかなか手強そうですね」


 私たちは事前に想定していたよりも住んで居る人の多い地下街で、彼らのアジトの在処を聞き出せた。


 そして、呼び鈴などがある訳でもない観音開きの大きな鉄扉を叩き、自分たちの依頼内容を告げたところ『やらない。断る』と低い声が返って来た。


 そして……その後、何度声を掛けようが、何の答えも返って来なかった。


 おそらくは聞こえてはいるけれど、完全に無視している。


 その状態のままで、長時間居続けることにも限界があり、私は『ここはもう帰りましょう』と、帰路につくことにしたのだ。


 この地下街は暗く湿っぽいけれど、良く整備されている。


 誰が何の目的に作ったものかはわからないけれど、人が住まうに問題のないような十分な造り担っていた。


 オブライエン一家のアジトがわかりやすく地下街のあの場所にありながら、彼らが捕えられていないのは、あの扉の先がどうなっているかわからないから、手出しのしようがないのだろう。


 地下街には裏稼業の人間が暮らしているのだけれど、小説の中でも盗賊の一人がウィリアムの仲間になるのだけど、この近くのどこかに居るのかもしれない。


 物語上……彼はまだ、表舞台には出て来ないとは思うけれど、ウィリアムにとってはとても頼りになる人だ。


 彼に連絡を取る方法さえわかれば……。


「話も聞いて貰えなかった。これでは、どうしようもなくないか……?」


 隣を歩くウィリアムは表情を曇らせてそう言ったので、私は不思議に思った。


 確かに私たちの話は、さっき聞いてもらえなかった。貰えなかったけれど、今回は収穫が一切なかった訳ではない。


「あら。どうして、そう思うのですか?」


「おいおい。先ほどの出来事を忘れたのか、俺たちは全く相手にされずに追い返されてしまったではないか」


 変装用のフードを少し上げてしかめっ面をしているウィリアムを見上げ、私は肩を竦めた。


「ですが、仕事を請け負うかどうかは彼らが決めることです。私たちはオブライエン一家を護衛として雇うことが出来れば、彼らがエレイン様暗殺に雇われることはなくなりますし、逆に他の暗殺者からも守って貰えます。良い事しかありません……どうしても依頼を受けてもらいたいのならば、日参して誠意を示すしかありません」


「それはそうだが……なんなんだ。あの失礼な態度は。こっちはわざわざ依頼をしに出向いている客だぞ。話だけでも聞いてくれるのが、当然のことではないのか」


 ウィリアムは後ろを振り向いて、嫌そうな表情をしていた。


 何度も曲がり角を曲がっているので、オブライエン一家が住むアジトは既に見えなくなっているけれど、気持ちの問題なのだろう。


 ウィリアムが言いたいことはわかるけれど、世の中すべてが私たちの思うとおりに動いてくれるとは限らない。


「彼らは先祖代々有名な暗殺一家ですし、いくら断ったとしてもどうとでもなると思って居るのでしょう。それは、その通りですし、私たちだって彼らを無理に動かすことなど出来ません……貴方のお立場を考えたとしても、それは変わりませんよ。ウィリアム様」


「っ……それは」


 『ウィリアムが相手だからって、別に向こうが特別扱いしなければならない』という訳ではないと、私はチクリと言ったつもり。


 だって、ウィリアムは王太子で、次の王位継承者。


 現王の血を引く、一番最初の息子。それは、揺るがない地位であるし、彼がたとえ冷遇されていても変わらない。


 それは変わらないけれど、オブライエン一家を動かすには、次の王であるだけではいけないのだ。


 オブライエン一家が何か自分たちに強要するシュレジエン王国を気に入らないならば、出て行けばそれで良いだけなのだから。


 ウィリアムには王族として、いいえ、王太子としての高い矜持があったとしても、それは彼らには関係ない。


「ですので、私たちは彼らを尊重し誠意を示して、警戒心が緩むことを待つしかありません。何度も何度も通っていれば、どんなに厳しい態度の人でも、それなりに親しみが湧くものです。いつか油断してなんらかのヒントが聞けたなら、そこから切り崩していけば良いのです」


「……わかった。モニカの言う通りにするし、俺も彼らの意志を尊重する」


 ウィリアムは王太子としてのプライドもあったのだろうけれど、自分の気持ちは収めてくれたようだ。


 私はほっとして、息をついた。


「ええ。誰かを尊重すれば、私たちも尊重されます。とにかく、何度も通って依頼を受けてくれる条件を聞き出しましょう」


 私の言葉を聞いてから、ウィリアムはなんとも言えない表情になった。


「……ああ。そういえば、モニカ。俺はあの……キャンディスというメイドに、少々話があるんだが、仕事終わりに離宮に来るように伝えてくれないか」


「……はい? ああ。キャンディスさんに、そう伝えておきますわね」


 唐突にこれまで避けてきたキャンディスに話があると言ったウィリアムに、少々戸惑いつつ私は頷いた。


 ウィリアムと話す相手は彼が選ぶ訳なのだから、婚約者だからと私が口を出すことはないし、これからもしない。


 あら……なんだか、胸が痛い。


 どうしたのかしら。おかしいわ。


 慌てて胸を押さえても、心臓がどくどくと高鳴っている。


「なあ。モニカ。この後、王都を歩きたい。駄目か?」


「……ウィリアム様。これは必要がある外出だからと、特別にしているのです。もし、ウィリアム様が王都を歩きたいなら、それなりに護衛の準備も必要ですし……」


「はああ。変装だってしていると言うのに、面倒な身分だな……まあ、今日のところは大人しく帰るか……」


 せっかく外出したのだし、町歩きもしたいと思ったらしいウィリアムは私からすげなく断られると、前を向いてやけに綺麗な横顔を見せた。


 この王子様がやけに美しい外見を持っていることは、最初からそうなのだけれど……。


 あ。まだ……胸が痛い。


 この前に医者に胸が痛くなる状況の話をしたら『いたって全身健康です』と、けんもほろろな対応だったのだけれど……その筋では有名な方だったのに、やぶ医者だったのかしら。


 ……やっぱり、モニカは先天性の心疾患を、患っているのではないかしら。

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