届くまで踊り続ける

夏空蝉丸

第1話

 世界情勢は年々厳しくなっているウクライナ、ロシア、中東の戦火は長らく収まる様相をみせない。それどころか、広がる懸念すらある。この暴力が連鎖しかかる世界を何とか出来ないものだろうか。


 男は布団の中で考えていた。自分に出来ることは何だろうかと。ダンスしかできない自分に何か出来ることはないだろうかと。


 男がそんなことを考えたのは、ある事件の影響だ。それまでの彼は、自分とダンスにしか興味がなかった。社会とか世界とか全く興味がなかった。


 ただ、ダンスでの世界だけが彼の意識の中に存在していた。


 そんな彼だからこそ、辿り着ける領域があった。国内では敵なし。まさに天下無双状態だったのだ。


 だが、彼は満足しなかった。まだ、到達できない領域があることを知っていた。と言うのも動画を見たからだ。


 容姿が優れているだけで無い。一挙一動、立ち居振る舞いからして完璧だった。どう動けばこうなるのか。そんな人のダンスは異次元だった。しかも女性だったのに、男より激しく苛烈、それでいて繊細。手足の先まで意識が届き洗練されていた。


 男はどうしても彼女に会いたくなった。どうすれば、その領域に到達できるのか意見を聞いてみたくなった。だから、気が付いたら飛行機に乗っていた。言葉もままならない。彼女のフルネームすら知らない。見ず知らずの男が訪ねていっても追い払われるかもしれない。


 常人なら考えるようなことを男は考えなかった。ただ、どうしても、今の自分を超えたかった。それ以外のことは頭になかった。


 もしかしたら、彼女に会えるまでに何年もかかるかもしれない。男に不安がなかったわけではない。それでも、楽観的でいられたのは、彼女が大学生であることが分かっていたからだ。動画が投稿されたのはそれほど昔の話ではない。動画に映っていた大学に行けば会えると男は勝手に確信していた。


 もし、会えなかったとしても諦める気なんて全くなかったのだが、予想以上に早く彼女の痕跡は見つかった。彼女は大学でも有名人だったのだ。プロではないから、世界的に知られているわけではない。それでも、プロになることを約束されていると周囲から期待され確信されていたのだ。


 男は叫んだ。


 彼女に会えなかったのだ。大学には彼女の姿はなかった。何故ならば、彼女は既にこの世界の住人ではなかったからだ。


 彼女は大学の構内で撃たれて亡くなっていた。撃った人間は彼女に恨みがあったわけでも、彼女のことを知っていたわけでもない。ただ、彼女が通っていた大学がテロの対象だっただけだ。テロリストの国を糾弾する政治家の出身大学と言う理由だけで。


 男は途方に暮れそうになった。だが、彼は自分を見失わなかった。と言うのも、彼は彼女のことをたくさん知ることができたからだ。どんな人間でどんな生まれでどんな成長をしてきてどんなダンスを踊っていたかを。


 男は自分が彼女のようになれないことをすぐに理解した。彼はただ、自分のために踊っていただけだったからだ。自分自身の探求のために、より高みを目指していただけだった。


 それに対して彼女は真逆だった。人のために踊っていた。自分のダンスを見せて魅せるために踊り続けていたのだ。


 男は彼女になれないことをわかっていた。それでも、彼女のように生きてみようと思った。それから彼は踊り続けている。ダンスを人に見せ続けている。戦いの地で誰にも見られなくても、誰かに伝えようと、ただ、無心のままダンスをしている。雨の日も雪の日も。自分のダンスが全ての人に届くまで。


 

 




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