【KAC20254】眉毛の太いブ男が何度も夢に出てくる件

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 そう切り出した同僚の顔は、死神にでも憑かれたみたいに覇気がなかった。

 最近仕事でミスが多いのも、それが原因らしい。


「どんな夢なんだ?」


 運ばれてきたビールに口を付けながらそれとなく聞いてみる。

 同じような夢が9度続いている。

 奇妙と言えば奇妙だが、いい大人がその程度の事で仕事に支障をきたすとは思えない。

 だから問題は、夢の内容にあるのだろう。

 私の予想では、プライベートに関わる夢のはずだ。

 仕事のストレスや家族に対する不満、理由はなんでも構わないが、なんらかの不安が夢に現れ、同僚を悩ませているに違いない。

 夢は深層心理の現れだという話をどこかで聞いた気もする。

 同僚の夢を読み解く事で、彼が抱える問題の本質を指摘できるはずだ。


「それがさ、変な夢なんだよ。いつも同じ男が出て来るんだ」

「男ねぇ。知り合いなのか?」


 職場の人間なら、パワハラを受けているとか、出世争いのライバルだとか、仕事が出来なくて足を引っ張られている、なんて事が考えられる。

 若い男なら老いに対する不安とか、奥さんの浮気を疑っている、なんて事もあり得るかもしれない。

 素人考えだが、良い線をいっているんじゃないだろうか?

 だが、同僚の答えはなんとも歯切れの悪い物だった。


「ん~……。多分違うと思うんだ」

「多分? 知り合いかどうかくらい顔を見たら分かるだろ」

「そうなんだけどさ。なんていうのかな。知り合いじゃないと思うんだけど、どこかで見たような顔ではあるんだよ」

「なんだそりゃ。訳が分からん。どうしてそんな奴が何度も夢に出て来るんだ?」

「そう思うだろ? だから気になって仕事が手につかない。いったいあいつは誰なんだ? どうして俺の夢に出る? 気味が悪くて仕方がないぜ!」


 勢いよくビールを飲み干すと、同僚がお代わりを注文する。

 聞いている俺も腑に落ちない。


「よく思い出してみろよ。きっと知ってる顔の筈だ」

「なんでそう思う」

「そういう話をどこかで聞いた事がある。夢に出てくる人間ってのはみんな、今まで見た事のある顔だって話だ。一度も見たことのない、全く知らない顔の人間は出てこないんだと」

「本当かよ」

「分からんが、とにかく思い出してみろ。もしかしたら、俺も知ってる奴かもしれん」


 同僚とは古い付き合いだ。

 学生時代からの腐れ縁である。

 もしかしたら、大昔に見た顔かもしれない。

 そう考えると俺も、似たような夢を見る事がある。

 学生時代俺をイジメていた奴が出て来る夢だ。

 その手の夢は忘れた頃に現れて当人を苦しめる。

 だったら分かりそうなものだが、こいつは昔からちょっと抜けていると言うか、変わった所のある奴だ。普通なら誰でも知ってるような事、例えば有名俳優や漫画のキャラクターなんかを知らなかったりする。

 流行り廃りに疎いと言うか、なんにせよ常識はずれな所があった。

 だから、嫌いな奴の事をすっかり忘れながら夢に見る、なんて頓珍漢な事をやらかしそうではある。


「そう言われると、みんなも知ってるような顔って気はするんだよな……」


 考え込みながら、同僚はそんな言葉を呟く。


「有名人って事か?」

「んー……。多分? いや、わからんけど」

「ハッキリしろよ」

「それが出来たら悩んでないって」


 苦い笑いを浮かべると、同僚はその男の特徴をあげはじめた。


「歳は……30か40くらい? もしかすると50かも」

「広すぎだろ」

「老け顔なんだよ。いるだろ、そういうの。若いのにオッサンみたいな顔の奴」

「営業部の新人みたいな?」

「そんな感じ」

「他には? ホクロとか、なにか分かりやすい特徴はないのか?」

「あるぞ。物凄く眉毛が太い。しかもそいつが繋がってんの。カモメみたいにさ」


 同僚が小さく両手を広げ、翼の真似をする。

 それで俺はピンと来た。


「それってもしかして、THIS MANじゃないか?」

「ディスマン? なんだそりゃ?」

「そういう都市伝説があるんだよ。眉毛の太い老け顔の男が色んな人間の夢に出て来るんだ」

「それじゃん! まさにそれ! へ~! 都市伝説って本当にあるんだな! それで、そいつを見るとなにかあったりすんの?」

「………………いや、なにも」

「なに、その反応。絶対嘘じゃん。なにかヤバい事起きるのかよ!」

「起きないって。なにも……」

「ここまで来てそれはないだろ? 俺はマジで困ってるんだぞ?」

「わかった、わかったよ! THIS MANを夢に見た奴は……」

「見た奴は、なんだよ。勿体ぶらずに教えろよ!」

「………………死ぬって言われてる」

「なぁ!?」


 同僚がビールをひっくり返す。


「なにやってんだよ……」

「だって! 俺、死んじゃうんだぞ!?」

「ただの噂、都市伝説だ!」

「でも実際夢に出て来たぞ! しかも9度も! どう説明すんだよ!」

「ぐ、偶然だろ……」

「そんな偶然あってたまるか! ヤダよ俺! 死にたくねぇよ!」

「お、落ち着けって! まだ死ぬと決まったわけじゃないだろ!?」

「そうだけどよぉ……」


 同僚ががっくりとうな垂れる。

 都市伝説のブ男を夢に見たくらいで本当に人が死ぬとは思えない。

 が、当事者の気持ちになれば、心穏やかではいられないだろう。

 悩みを解決してやるつもりが、逆に不安を煽ってしまった。

 かける言葉が見つからず、気まずい沈黙が流れていく。

 どうしたもんかと悩んでいると、隣のテーブルで飲んでいた若者グループの一人が話しかけてきた。


「あー。すいません。その話、創作っすよ」

「え? そうなの?」

「っす。THIS MANを題材にした映画があって、夢に出たら死ぬってのはそっちの設定っすね。元々の都市伝説だとただ色んな奴の夢に出て来るだけで危ない事は何も起きないっすよ。まぁ、逆にそれが不気味なんすけど」

「そうなんですか……」

「なんだよ! 脅かすなよな!」

「わ、悪かったって。俺も知らなかったんだ……」

「あとちなみに、THIS MANの都市伝説自体作り物のでっちあげっすよ。なんでも、イタリア人のなんとかって奴が映画の宣伝の為に広めたとか。まぁ、そっちの映画はいまだに公開されてないらしいっすけど」

「詳しいね、君……」

「ゆっくり解説で見たんすよ」


 なんのことだか分からないが、それなりに有名な話なのだろう。

 なんにせよ、彼のお陰で私が煽ってしまった分の不安は帳消しになったらしい。

 せめてものお礼として、私は人数分のビールを若者グループに奢ってやった。


「よかったな。ただの創作都市伝説で。THIS MANの夢を見たのは、CMかなんかで見たんだろう。映画になってるとか言ってたし」


 そろそろお開きの時間だ。

 それなりにオチもついたし、私は話をまとめに入るのだが。


「てか、俺の夢に出てきたの、こいつじゃねぇな」

「は?」


 どうやらネットで調べたらしい。

 THIS MANの画像をこちらに向けて言ってくる。


「確かに老け顔の太眉だけど、こんな顔じゃなかったぜ。全然違う。もっと野蛮というか、濃い顔だった」

「勘弁してくれ……」


 ここにきて新展開とか求めていない。

 私の中では、この問題は終わった気でいた。


「あと、多分警察官。警官の恰好してたからな」

「知らんて……」

「気になるだろ!? ここまで来たら一緒に考えてくれよ~!」

「また今度な。今日はもう時間切れだ」


 あまり遅くなると女房が不機嫌になる。

 会計を前にトイレに行こうと席を立つ。

 その時ふと、居酒屋の壁に設置されたテレビが目に入った。

 内容は2025年3月22日、亀有にあるこち亀記念館で開館記念イベントが行われるといった物だった。


「あっ」


 同時に同僚が声を上げた。

 テレビに向けられた視線がゆっくりとこちらを向く。


「………………おいおい、嘘だろ? 両津勘吉を知らないとか、あり得ないだろ!」

「いや知ってたし! 顔だけは! だから夢に出たんだ! てか、あのニュース見たんだと思う! てか見た! 今思い出した! お前こち亀好きだったじゃん! 今度一緒に行こうぜって言おうと思ってたんだよな! あースッキリした!」


 そう言われると学生時代、こいつの家は厳しくて、禁止されていた漫画を読む為に俺の家に入り浸ってはいたが……。

 だからってそのオチはないだろう……。

 五日目の便秘グソをひりだしたような顔が余計に憎らしい。


「そんな顔すんなよ。ここは俺が奢るからさ?」

「当然だろ!」

「で、いつ行く? 俺は次の休み空いてるけど」

「あのなぁ……。なにが悲しくて休日に男二人でこち亀記念館に行かなきゃならないんだ……」

「とか言って~。本当はちょっと気になってるんだろ? 素直になれよ。な?」

「チッ」

「舌打ち!? 酷くない!?」

「酷いのはお前の記憶力だ。両さんだぞ? マリオよりも有名だろ」

「いや、それは言い過ぎ」

「そんな事ないだろ」

「あるって。USJにこち亀エリアが出来るか? はい論破」

「くたばれ」

「必死乙」

「く、た、ば、れ!」


 学生時代のノリを思い出しながら家路につく。

 こち亀記念館には結局行った。

 お陰で女房に浮気を疑われる羽目になったが。

 アホらしすぎてここで語る気にはなれない。

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