クソゲープレイ録

薄井氷(旧名:雨野愁也)

クソゲープレイ録

 深夜十一時。


 俺は布団に潜り込んで、今日中古で買ったばかりのゲームを起動した。タイトルは『天下無双』。シンプルで良い。ジャケ買いだったから、どんな内容かは確認していないが、恐らくはアクションゲー、格ゲーとかその辺りだろう。


 画面に制作会社のロゴがでかでかと表示された後、壮大な音楽が流れ、やけに達筆なタイトルが表れた。「はじめから」、「続きから」という、お馴染みの選択肢が表示され、前者を選択した。すると、画面が暗転し、数秒後に学生服を着た男が出てきた。


「……ん?」


 学生服? 天下無双とか言うから、てっきり日本の戦国時代か、あるいは三国志とかその辺を想像していたのに。まさかの現代が舞台なのか? ……ああ、分かった。運動部か何かに入って、それで全国大会で優勝するみたいな流れかもしれないな。


 俺はとりあえず、成り行きを見守ることにした。と、主人公らしきその男が喋り始めた。


『俺の名前は天下あめした無双むそう。今日からこの晴夢はれむ学園の一年生だ。希望いっぱいで入学したはいいものの、初日から学校の中で迷子になっちまって……』


 ……は?


 おい、今何つった? 天下無双って主人公の名前だったのかよ! しかもまさかの学園もの? これ、もはやタイトル詐欺じゃねえか! いや、中身確認しなかった俺が悪いのか……。


 まあ仕方ない。一応続きも見よう。意外と面白いかもしれないし。


 そう思って俺は、主人公の話が終わったタイミングで画面をタッチした。画面が切り替わり、一人称視点になる。場所は学校の廊下のようだ。どうやら学校の中を歩き回る必要があるらしい。ひとまずまっすぐ進み、突き当たりを右に曲がってみた。すると、ドンッと音がして、画面が暗転する。


『いたた……ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!』


 何かセーラー服を着た女が出てきた。こちらに文句を言ってくる。曲がり角でぶつかったということか。俺はその女の顔を何となく見た。……正直言って、あまり可愛いとはいえない。格安ゲームだから仕方ないのかもしれないが。


 選択肢が表示された。「ごめんなさい」、「誠に申し訳ありません」、「お前こそどこ見て歩いてんだ」の三択である。……いや、普通最後の選ぶ奴いねえだろ。俺は無難に「ごめんなさい」を選んだ。


『ふん、次から気をつけなさいよね……あら? あなた、案外可愛い顔してるじゃない。名前は? 何年何組?』


 急に女の態度が軟化した。というか、さっき主人公のビジュアル見た限りじゃ、こいつも別にイケメンでも何でもなく、どちらかといえばモブくさいように見えたが。


『私、側野そばの夢子ゆめこ。よろしく。あなたの彼女になっても良いわよ』


 何だこいつ? いきなり彼女になっても良いって。今んとこ主人公を好きになる要素なんてあったか? あ、顔か。だからその顔も別に良くねえだろ。まあ、蓼食う虫も好き好きってことかもしれないが。


 その後、側野とか名乗った女と別れてから、教室とか、職員室とか、トイレとかで何人かの女子キャラと出会ったが、どのキャラにも別に魅力を感じなかった。流石に男子トイレに女が出てきた時には驚いた。しかもそいつ、どうやら主人公のことを待ち伏せしていたらしい。一歩間違えれば通報案件だ。

 で、会う女子キャラがこぞって主人公にベタ惚れするのだ。だが、主人公の方にも特に何か特別女子をきつける要素があるわけではない。女子の方は顔に限らず、性格とか、過去にあったエピソードとかを持ち出して主人公のことを褒めていたが、プレイヤーは主人公のことを何も知らないのである。プレイヤーとしては、主人公とも女子たちとも初対面なわけだから、もっと掘り下げが欲しい。しかしその辺りのフォローが何もないのだ。これでは感情移入しようとしても難しい。


 ……もしかして、このゲーム、クソゲーなんじゃないかと思い始めた。グラフィックも良いとはいえないし、シナリオも雑だ。多分これは、ジャンルとしては女の子をおとしていく恋愛ゲームなんだろうと思うが、肝心の攻略対象に魅力がない。よくこのクオリティで金を取ろうと思えたものだ。


 惰性で話を進めていくと、何か主人公を巡る女子同士の対決みたいなものが始まった。で、どういうわけかダンス対決しようという話になった。


『よろしい。受けて立ちましょう。ではまずわたくしから!』


 女子キャラの一人がそう言うと、いきなり画面が暗転した。そのまま一分くらい待っても何も起きなかったので、バグを疑ったが、やがて画面がゆっくりと明るくなり、体育着に着替えたさっきのキャラが表示された。しかし、かなり画質が荒い。暗転前に出てきたキャラと同一人物か分からないぐらいである。


 かと思ったら、突然音楽が流れ、キャラがもっさりした動きで踊り始めて、ノーツのようなものが画面上方から降ってきたのである。


「は? 何事!?」


 画面の下の方には赤いボタンが表示され、「タイミングに合わせてタッチ!」とか書かれた吹き出しが出てきた。……何? 何か音ゲー始まったんですけど!


 俺は普段、音ゲーというものをほとんどやらない。だから当然不慣れなわけで、全然タイミングよくタッチできなかった。おかげでその女子キャラは対決に負けた。というか、何でいつの間にかその女子の目線に立ってんだよ?


 その後も、謎の音ゲーは続いた。途中でノーツが止まったり、明らかに間違った判定をされたりした。最近の音ゲーはスピード変化とかノーツの追い越しとかあって、難易度が高くなっているらしいが、この程度のゲームでそんな高度な技術が使われているとは思えないから、恐らくノーツの動きが変だったのは仕様ではなくバグだろう。


 ダンス対決とやらは大混戦のうちに終了したようで、女子キャラたちは皆、疲労困憊といった感じだった。そしてその様子を見ていた主人公が、拍手をしながら出てきた。


『みんな、最高だったよ! 決めた、俺はみんなと付き合うことにする! 一人になんて絞れないよ!』


 ……おい、ちょっと待て。お前、まさかハーレムを築くつもりか? そんな現代日本の制度に背くようなこと、許されるわけが……。


『やったー! これで天下くんは、みんなのものね! とりあえず今日は私の家に来てくれるかしら?』

『あー、ずるーい! 今日は私のところに来てくれるって約束したでしょ。ね。天下くん!』

『じゃあ明日はあたしで』


 そして、スタッフロールが流れ始めた。最後に、「Thank you for playing!」と大きく表示された……と思ったら、また画面が暗転し、


『天下、天下ー! 起きろ、今授業中だぞ!』


という男の声が聞こえてきた。……ん? この流れはまさか……。


『……あれ? 今の……夢? まあいっか。俺の高校生活はこれからだ! よし、彼女作るぞー!』


 ……。


 俺はセーブすることなくゲームの電源を切り、ソフトを引き抜いて床に投げ捨てた。

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クソゲープレイ録 薄井氷(旧名:雨野愁也) @bright_moon

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