転職の勇者【KAC2025】
来冬 邦子
布団は足りているか?
転生したら、レベル1の勇者だった。
目が悪くなるからゲームは二時間までよ、などと言われる元の世界に未練は無い。
このファンタジーな世界でいつまでも面白おかしく生きていこう。
俺は野山を駆け巡りモンスターどもを退治(殺戮)しては経験値と貯金を蓄えた。
千葉県より広いダンジョンも攻略(破壊)した。常にジャンプしていないとダメージを受けつけないドラゴン(中ボス)も倒(虐殺)した。宝箱は他人の家の引き出しだろうが、教会の墓所だろうが、くまなく漁り、魔法のかかった武器や防具も手に入れた。そんな或る日、ひっそりと隠された洞窟の奥の奥で女神と出会った。
「勇者よ、こんなところまでよく辿り着きましたね」
「ありがとうございます。頑張りました」
「わたしは名付けの女神です。お前に望み通りの名をつけてあげましょう」
「マジすか!」
俺はこのゲームの世界に入ったとき、どこからか澄んだ少女の声で「あなたは勇者レベル1です。名前を登録してください」と言われて、ついボケて「アレックス・ロドリゲス、でお願いします」と答えてしまい、毎日後悔していた。
「勇者よ、どんな名前がいいですか?」
「天下無双 でお願いします」
「どこからどこまでが名字で名前か、分かりにくいですね」
「余計なお世話です」
「分かりました。勇者よ、今日からお前の名前は天下無双です。その名に恥じぬように生きてゆきなさい」
やった。これから俺は天下無双だ!
良い気分で地上に戻ったら、いきなり魔王に攻撃されてライフの半分を失った。
もう一度攻撃されたら俺は終わる。どこが天下無双なんだ!
「勇者、天下無双よ。油断したようだな」
「うぬう」
「ひとつ、賭けをしよう。このRPGでお前が出会った者の中にライフが無限の職業がいる。その職業に転職すれば殺されることはない。どうだ。転職するか」
「……転職する」
「よし。何に転職する?」
ライフが無限な奴なんかいたっけ? 少なくとも俺がパーティーを組んだ仲間にはいなかったぞ。治癒の魔法の使える奴? いや、待てよ。……そうだ! パーティーが組めない奴だ!
「勇者よ、そろそろ時間切れだぞ」
「よし! 俺を宿屋の主人にしてくれ」
「宿屋の主人と言ったか。ふむ。運の強い奴め」
俺はキラキラした光に包まれた。そして気がつくと始まりの街の宿屋のカウンターに立っていた。俺のまわりには、これまでに集めた大量の武器や防具や魔法道具が山積みになっている。装備が出来ないから宝の持ち腐れだ。
「おい、おやじ、一晩泊めてくれ」
やって来たのは武器屋だった。
「おい、おい! どうしたんだ、この大量の武器は?」
「いやその、つい最近まで勇者をやってたんで」
「いいものばかりじゃないか。俺に売ってくれよ」
武器も防具も驚くほど高値で売れた。魔法道具も同じように売れた。
俺はその金で宿屋を豪華な和風ホテルに改築することにした。
一階には三つ星レストランのシェフを招いて、バイキング専門のレストランを、地下にはミラーボールの回るダンスホールと旅人の酒場を、最上階には源泉掛け流しの展望風呂を作った。浴場の中央には「トリの降臨」の石像を置いた。
和風ホテル<天下無双>は大好評で、宿泊客の途絶えることが無かった。俺は宿屋の主からレベルアップして、ホテルのオーナーになった。
「オーナー、大変です」
「どうした? 支配人」
「急な御用命がございまして、明日からエルフ様御一行がお泊まりになるのですが」
「部屋が足りないのか?」
「いえ、去年増築してますから、お部屋はございます」
「浴衣は? 履き物は? タオルは?」
「十分に足りております」
「何が足りないんだ?」
「布団でございます」
了
転職の勇者【KAC2025】 来冬 邦子 @pippiteepa
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