世界を揺るがす最後の選択肢


ボクは選ばなければならなかった。


──自分を犠牲にして世界を戻すか。

──世界の人々を犠牲にして自分を戻すか。


影は黙ってボクを見ている。いや、見ているのかどうかも分からない。ボクにはもう「目」すら持っていなかった。


代償として失ったものが多すぎる。声も、体も、記憶ですらも曖昧になっている。


でもボクには、ひとつだけ分かることがある。


このままでは、ボクは消えてなくなる。


そして、世界は戻らない。


──そんなのは、嫌だ。


ボクは、ボクでいたい。


けれど、たった一人の世界に何の意味があるのか?


孤独な世界で、ボクは何をして生きていく?


「……」


考えても、もう答えは出ない。


……だから、ボクは、選ぶことにした。


選択


「世界を元に戻す」


ボクはそう思った。


影が動く。


──それがお前の意思か?


そう問いかけられた気がした。


ボクはもう、声を持たない。だから頷くこともできない。


でも、"ボク"の中にまだ残っている"ボク"が、それを望んでいるような気がした。


──ならば、代償を払え。


影がボクに手を伸ばした。


黒い闇がボクを包み込む。


──そしてボクは、これで完全に"無"になる。


それでもいい。


それでも、世界が元に戻るなら。


───


次に目を覚ましたとき、ボクはどこにもいなかった。


だけど、世界は元に戻っていた。


街には人が溢れ、車が走り、学校には友達の話し声・笑い声が響いている。


誰も、世界が滅びていたことを覚えていない。


──ボクのことも、覚えていない。


そう、ボクはもう、"いない"のだから。


ボクという存在は、世界を戻すための代償として消えた。


もう、ボクの名前を知る人はいない。


もう、ボクがいたことを覚えている人もいない。


でも、それでいい。


ボクがいなくても、世界は続いていく。


どこかで誰かが笑ってくれるなら、それでいい。


──ただひとつだけ。


ボクがかつて"ここにいた"証として、どこかの道端の壁に、小さな影が残っていた。


誰も気づかない、気づかれることのない「ただの影」


それは、風に揺られながら、静かに消えていった。


──おわり


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ある日、世界の人間はボクだけになった 小阪ノリタカ @noritaka1103

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