冒険者と資本の論理

無虚無虚

〈竜の心臓〉

〈竜の心臓〉の顛末 前編

 冒険者ギルドのギルド長という仕事をやっていると、否応なく色々な冒険者パーティーを見ることになる。中には末代まで語り草になりそうな、とんでもないパーティーもあったりする。今回のはそこまでではないが、結構酷い部類に入るのではないだろうか。

 その日、私は〈竜の心臓〉というパーティーの金等級昇格のセレモニーを行っていた。金等級は容易に取れるものではない。だから金等級に昇格したパーティーには、ギルドが認定証を渡すセレモニーを行い、みんなでお祝いをする習慣があった。

 私はギルドの代表として、〈竜の心臓〉の代表メンバーのベルトールに金等級を証明する金色の楯を手渡した。ベルトールは三十代半ば、もはや冒険者としてはピークを過ぎている。あまり脚光を浴びることがない間接支援の専門家ということもあって、こういう晴れ舞台で注目を浴びることは少なかった。

「おめでとう。苦労が実ったな」

 楯を手渡すとき、私はベルトールにそう声をかけた。

「ありがとう。まあ、いい歳して今更という気もするがね」

 ベルトールはそう答えた。だがそのとき、ベルトールより後ろで控えているはずの他のメンバーの一人、ヘルムがベルトールのすぐ後ろにいた。

 ヘルムは〈竜の心臓〉の前衛で、花形の攻撃役アタッカーを務める若い冒険者だ。金等級パーティーのエースアタッカーとして、うちのギルドの中でも最も注目を集めていた若手のホープだった。だがあまり良い評判は聞かない。性格には色々と問題があるらしい。まあ、そういう冒険者は珍しくないが。

 私が視線をヘルムに向けたのに気づいたベルトールが後ろを振り返った。するとヘルムはベルトールから楯を奪い、ベルトールを突き飛ばした。完全に不意を突かれたベルトールは床に倒れ込む。倒れた彼に向かって、ヘルムは言い放った。

「おっさん、アンタは馘首クビだ。今日から俺が〈竜の心臓〉の代表だ」

 突然のクーデター劇に、その場にいた人間たちの間からざわめきが起きた。すると〈竜の心臓〉の女性メンバーの一人で、ヘルムの愛人と噂されるカミラが後ろからやってきて、ヘルムに何かを手渡した。受け取ったヘルムはそれを私に突き出した。

「何かね、それは?」

「パーティーメンバーの変更届だ」

「今すぐは受け取れないな。事実関係の確認が先だ」

「ギルド長は中立のはずだろ。このおっさんに肩入れするのか?」

「確かに私は中立だ。だから君の言い分を聞いただけで、態度を決めるわけにはいかない」

 私がそう答えると、ヘルムは余裕の表情を見せて、後ろを振り返った。

「だとよ。みんなの意見を聞かせてくれ。おっさんの追放に賛成のやつは手を上げてくれ」

 ヘルムがそう声をかけると、残りのメンバー全員が手を上げた。そのうち半数は、いやいや上げている様子だったが。

「パーティーの総意だ。これなら文句ないだろ」

「いいや、総意じゃない。納得していないメンバーならいるぞ」

 ヘルムは私の視線の向きが変わったのに気づいて、その先を振り返った。そこには立ち上がったベルトールがいた。

「ギルド長、仲裁をお願いしたい」

 ベルトールの言葉に、私はうなずいた。

「わかった。ギルドとしても金等級パーティーの混乱は放置できない。規則に従って仲裁する」


 表彰のセレモニーは、即席の仲裁の話し合いの場に変わってしまった。本来なら仲裁の話し合いは当事者だけで行うが、当時は似たようなトラブルが多発していたので、ギルド長の権限で、その場にいた人間たちに傍聴を許すことにした。

「パーティーは大きく分けると二種類あります」

 冒険者ギルドの人気ナンバーワンの受付嬢、パウラが説明する。彼女の言うことは誰でも素直に聞いてくれるので、私が説明役を任せたのだ。

「ひとつは親方方式と呼ばれるものです。代表メンバーの冒険者が、自分のお金で他のメンバーを雇うやり方です。主にお金に余裕がある冒険者が、自分のためのパーティーを作るときに用いられるやり方です。お金に余裕があり、自分の知名度でメンバーを集められる冒険者はそう多くはいません。ですから、このタイプのパーティーは少ないです」

 その場にいた人間は、大人しく説明を聞いている。私の狙い通りだ。

「もうひとつは共同経営方式です。これはメンバーがお金を出し合って、パーティーを運営する方法です。ほとんどのパーティーはこの方法です」

「二種類あるのはわかったけどさ、結局パーティーって誰のものなの?」

 せっかちな観客から質問の声が上がった。パウラが私の方を振り返る。本来、傍聴人には発言は許されないが、パーティーの制度に対する理解不足がトラブルの原因となることが多いので、私はパウラに説明するように合図を出した。

「親方方式の場合は、パーティーは代表のものです。全ての決定権は代表が持っています。代表が引退したり死亡した場合は、パーティーは自動的に解散します。例外は代表が遺言などで、パーティーの資産や権利を誰かに譲渡した場合だけです」

「〈竜の心臓〉は親方方式なの?」

 別の観客から次の質問が出た。

「いいえ、違います」

「じゃあ共同ナントカだとどうなるの?」

「共同経営方式だと、パーティーはメンバー全員の共有物になります」

「だから、その場合はどうなるの?」

「メンバーの変更は全員の合意において行うのが原則ですが、合意が成立しない場合は、多数決で決めることになります」

「ほらな。俺らが圧倒的多数なんだよ、おっさん」

 ヘルムがドヤ顔を決めるが、ベルトールは至って冷静だった。

「説明は最後まで聞くべきだ」

 そう言われたからではないが、パウラは説明を続けた。

「パーティーは、脱退させるメンバーに出資金、つまりパーティーに出したお金を返さなければなりません」

 場が少し騒がしくなった。

「なんでそうなるんだよ!」

 ヘルムが叫びに近い声を上げる。

「パーティーに所属している間はパーティーから便宜を受けられますが、脱退したら受けられなくなります。出したお金を返してもらうのは当たり前ですよ」

 パウラにそう言われて、急にヘルムの顔色が悪くなる。おそらく自分たちがほとんど(ひょっとしたら全く)お金を出していないことに気づいたのだろう。それはつまり、ベルトールの出資金が大きいことを意味する。

 顔色が変わったことに気づいたのは、自分だけではないようだ。周囲のざわめきが更に大きくなる。

「お金を返せない場合はどうなるんですか? 辞めさせられないんですか?」

 やはり心配になったらしいカミラが訊いた。

「脱退させることに決めたメンバーが、借金してでもお金を用意しなければなりません。もちろんお金を用意できないという理由で脱退要求を撤回して慰留することもできますが、それを受け入れてもらえるかどうかは相手次第です。普通に考えれば、そこまで人間関係が壊れたら、それは無理でしょうね」

 自然と全員の視線がベルトールに集まった。ベルトールは他のメンバーに向かって言い放った。

「おまえら、パーティーの運営に興味がなさすぎる。冒険をするだけが冒険者の仕事じゃないんだ。運営を俺に丸投げしているから、いざって時に困るんだ」

 ベルトールはどこからか小さな物を取り出すと、私に向かって投げた。私はそれを宙で受け取る。ギルドの貸金庫の鍵だった。

「〈竜の心臓〉の帳簿が入っている。各自の出資金と、現在のパーティーの資産状況はそれを見れば分かる。それを使って、俺の脱退手続きを進めてくれ」

 ベルトールは私にそう言うと、次はヘルムに向かって言った。

「さっきの紙をギルド長に渡せよ。ひょっとしたら、借金しなくても俺を馘首にできるかもしれない」

 ヘルムは一瞬ためらったようだが、煽られて負けん気が勝ったのか、私にメンバー変更届を再び突き出した。

「メンバー全員が合意したので受理する」

 私はそう言って、ヘルムから届を受け取った。

 そこから先は事務手続きの話が主になるので、私は解散を宣言して、後処理を後日に回した。

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