天野さんちは天下無双!

矢芝フルカ

第1話 咲良・帰り道で

「だからね、咲良さくらちゃん。右でポン。左でポン。クルッと回ってぴょんぴょんパッ、だよ」

 結菜ゆいなちゃんがお手本を見せてくれる。

「右でポン。左でポン。クルッと回って……ポン?」

「違う、違う。クルッと回ってぴょんぴょんパッ、だよ」

 もう一度、結菜ちゃんがやって見せてくれる。

 けれど、どうも咲良は上手くできない。


 戸惑う咲良を見て、りょう君が目を丸くした。

天野あまのにも、できないことがあるんだなぁ……」

 と、妙なことを感心する。



 明後日催される「6年生を送る会」で、咲良たち2年生は、ダンスを披露する。


 だが、咲良はどうしても、このダンスの振り付けを覚えることができない。

 勉強良し、運動良しの咲良だが、どうにもダンスが苦手なようで。


(……この動きに意味づけがあるのか? それが分からないから動けなくなるんだ。軍事教練の方がまだ楽だぞ)


 と、心のなかで愚痴を並べるが、口に出せるはずもなく……。


 それに、ダンスに集中できない理由は他にもあった。

 咲良たちを狙う、敵の存在である。


 咲良の家族、天野家は、パパ、ママ大雅兄ちゃんの4人家族だ。

 だがその正体は、地球侵略を狙う宇宙生命体であり、地球人に擬態しm普通の家族を偽装して、地球人を調査する諜報部隊なのだ。


 先日、咲良たちとは別の宇宙生命体が、この界隈に潜入していることをつきとめた。

 それらもまた、地球侵略が目的のようで、競合する天野家に対して、挑戦的な行動に出ている。

 いつ襲撃を受けてもおかしくない状況に、部隊長たる咲良の神経はピリピリしていた。


 しかし今は、小学2年生の天野咲良だ。

 このピリピリを、同級生たちに悟られてはいけない。


「今日は早く学校が終わったし、家で練習するよ」

 咲良が言うと、結菜ちゃんもうなずいた。

「じゃあ、あたしもやる。咲良ちゃんちの前にする? それとも、なかよし公……」

 ふと、結菜ちゃんの言葉がしぼむ。その目が咲良じゃ無いものを見ていた。

 それを追って、咲良は振り返る。

 背後に、中年の女性が立っていた。


「天野咲良ちゃんね?」


 咲良は返事もせず、うなずきもしなかった。

 中年女性は、カーディガンをはおったズボン姿で、すぐ近所の家から出てきたという風情だ。


「お母さんが大変なのよ。おばさんが連れて行ってあげるから、一緒に行きましょう」

 女性は、咲良に向けて手を差し出した。


「おばさんは誰ですか!」

 声を上げたのは結菜ちゃんだ。


「どこの人ですか!」

 重ねて聞く。結菜ちゃんが咲良の手を強く握った。


「おばさんは、咲良ちゃんのお母さんの知り合いなのよ。ねえ、咲良ちゃんは知ってるわよね」

 中年女性……おばさんは咲良に笑顔を向ける。


「……天野、付いて行っちゃダメだ」

 涼君の声が震えていた。


 咲良はそっと、結菜ちゃんの手をほどいて、

「だいじょうぶ。知ってる人だよ」

 と、結菜ちゃんに笑いかけた。


 そしてゆっくりと、おばさんの方へ歩いて行く。


「天野っ!」

 涼君の鋭い声が、咲良の背中に刺さる。


「涼君、結菜ちゃんを……お願い」


 肩越しに振り向いた咲良を見て、涼君は結菜ちゃんの手を取る。

 そして回れ右をすると、結菜ちゃんを引っ張って走り出した。


「えっ、涼君!? 待って、咲良ちゃんが……咲良ちゃん! 咲良ちゃん!」

 バタバタと走り抜ける音と、結菜ちゃんが呼ぶ声が、だんだん小さくなって行った。


「あらあら、お友だちは行っちゃったわね……」

 走り去った子供たちを見送って、おばさんが言った。


「そんなセリフで、地球の小学生を連れ出せると思うなよ。 『いかのおすし』を知らないのか?」

 咲良が、ゆっくりとおばさんを見上げる。


「でも、咲良ちゃんは来てくれるのよね」

 おばさんの口元が引き上がって、にんまりと笑った。



続く

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